第12話:捨て身
隣国は果たして敵か、味方か。それとも――敵味方の区別も付かぬ程、策略謀略に塗れた戦国時代。
元服後……現代に換算すれば中学生ぐらいの少年達が、「初陣」として槍衾と矢雨の戦場へ飛び込んでいったという。
命よりも名誉――当時の強者達は考えていたが、しかしながら我が子を思う気持ちは、今と何ら変わり無い。
我が子が将来、武勇の誉れを得られるよう。
父親はこう願い、「勝利が目に見えている」戦いに我が子を送った。これにはもう一つ……「無事に帰って来られるよう」と、純粋に子の無事を願うのもあったに違い無い。
現代――天を衝くような高層ビル群、その一角にある賀留多カフェ「こんてい屋」にて、左山梨子は初陣に繰り出した。
対戦相手は近江龍一郎、彼女が心を寄せる年下の少年だった。二人は刀剣によって……では無く、賀留多の
結果は――梨子の敗北となった。
初めてにしては、随分と調子が良いなぁ……梨子は鼻歌でも歌いたい気分で、全く気軽に手番を進めていた。《こいこい》よりも相性が良いかも――そう思いすらした。
好きな札と合わせ取れる《鬼札》、一撃で闘技を終わらせる《イチコロ役》、そして……相手は賀留多闘技によって「揉め事を解決する」男である事、これら三点の留意事項を、梨子は意識の外に置いていた。
彼女は、負けるべくして負けたのである。
これは褒賞ものだ……倒れた敵将の首を掻こうとフラフラ近寄り、「欺されおって」と逆に首を刎ねられたようなものだ。
百戦錬磨の《代打ち》、近江龍一郎の実力を思い知った梨子は、散らばった札を集めながら彼を見やった。
あんな役を完成させたのに、全く驚いていない感じ……まるで「狙った」みたい。
当然、《イチコロ役》の完成は難しい。完成には技術、先見、策謀、運を総動員する必要がある。だからこそ価値があった。
「ねぇ、近江君?」
「はい、どうしました?」
飲み物のメニューを眺める龍一郎は、闘技時とは打って変わって柔和な目付きとなっていた。
「イチコロ役……狙っていたんですか?」
うーん……龍一郎は困り顔で首を捻った。
「狙った、というか……左山さんの警戒が解けたから、『じゃあやってみようか』……って感じですかね」
勘ですけどね――コーラに決めたらしく、龍一郎は店員を呼び止めた。
「さぁ、もう一回やりましょうか。……アイスティー、もう一回頼みます?」
龍一郎のコーラと梨子のメロンソーダが運ばれて来ると、二人は《六百間》に文字通り打ち込んだ。一局、二局……と回数を重ねる内に、梨子が「この場合はこうですよね」と質問しなくなる。習熟のサインだった。
集中は時間と共に高まり、やがて会話も殆ど聞こえなくなった頃である。
数える事もしなくなった某戦目の第一局、梨子は手札が全て〇点札――《総ガス》に有り付けた。
「何か、良い手でも?」
問うて来た少年に、梨子は大人びた表情で頷いた。
「六〇〇点の三分の二。頂きますね」
細則に基づき、梨子は手役に関わる札――この場合は全ての札――を開いて見せた。彼女は四〇〇点を即座に獲得、勝利条件まで残り二〇〇点となる。
四〇〇対〇という点差に龍一郎は眉をひそめるも、すぐに「気を付けて下さいね」と目を細めた。
「三〇点以下は……御破算ですので」
手役とは闘技者にとって、「追い風」では無く――逆風への「慰安」である事を忘れてはいけない。
例えば、同じく手役の存在する《八八》を例に挙げたい。
「
同月札が三枚、それも二組……一度でも《花合わせ》をした者ならば、如何に逆風かが分かるだろう。唯でさえ使いにくい手札を、しかも公開するのだから一層向かい風に拍車が掛かる。
なるほど、コイツはこんな札を持っているのか。だったら邪魔をしてやろう――当然ながら敵はこう考え、あらゆる手で出来役の完成を阻止してくるだろう。
手役とは純粋な味方では無い――梨子は、しかしその事実を知っている。理由は簡単だ。
彼女もまた、賀留多の戦場を生き抜いて来た一人だからである。
「親手は左山さんです、どうぞ」
龍一郎の目が鋭くなる、俄に梨子の……開かれた手札を見やった。
《総ガス》――全てが〇点札、全てを開示するという捨て身の手役を、梨子は胸に抱き留め闘技を始めた。
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