あるかもしれない未来

遠山李衣

第1話

 M駅から約一キロ。途中で中・高等部を見上げて「大学だってここでいいのに」と恨み節をかましながらも、ペダルを漕ぐ足に力を入れた。なだらかながらも、そこそこ長い坂道を上った先にある、某私立大学。無数の墓と雄大な桜島を望む地が香の目的地だ。自転車を駐め、スマホを見た。講義室に行くにはまだ早い。香は深緑色のスカートを翻すと、カレーの匂いが漂う学生会館へと足を向けた。

 香が文芸部の部室に足を踏み入れるのはいつぶりだろう。月末金曜の製本日は来るようにしていたけれど、このところバイトや引越、飲み会で忙しく、随分足が遠のいていた。

 真新しい机に置かれた刷り立ての部誌。前部長考案のタイトルと、猫のイラストがいい雰囲気を醸し出している。OPENの文字が躍るドアのノブに手をかけると、いつもの如く騒がしい声が聞こえてきた。桜田先輩が茶化してタマエ先輩が過剰に反応しているのだろう。有能過ぎるムードメーカーと、地味に後輩から人望のある酒乱。三年コンビは基本元気だ。

 意外にもコンビの姿はなく、二年だけが集まっていた。某名探偵グッズ蒐集家のやず。絵心に恵まれた了一。入部当初から部長の座を狙う李衣。香と同じく島育ちの志期。皆に優しい苦労人蒼色。メンヘラ製造機の儚ちゃん。二年部員と言えば大体このメンバーが集まる。

 ドアを開けると、ちょうど儚ちゃんが頭を抱えて「結婚詐欺に遭った……!」と泣き崩れるところだった。

「え! する側じゃなくて?」

とツッコむのは蒼色。蒼色の言うように、儚ちゃんが結婚詐欺を働くところは想像できても逆はムリ。周りも皆、同様の反応を示した。了一と李衣なんて言葉の毒が強すぎて、ここでは著せない。そういう人間なのだ、儚ちゃんは。メンヘラ製造機の異名はダテじゃない。

「何してんの?」

 振り向くと、伊達さんがいた。いつも通り黒いカーディガン。話を聞いた伊達さんは儚ちゃんの前に立つと、一言二言言った。香には聞き取れなかったけれど、儚ちゃんは「はい、気をつけます。ごめんなさい」と素直に頭を下げた。

 伊達さんはにっこり笑って「高い授業料だだったね」と言うと、窓の縁に手をかける。

「え……」

 香はぽかんと口を開けた。伊達さんが愛用のカーディガンを翻すと、空を舞ったのだ。

「えー! ここ三階!」


 そう叫ぶと、香はハッと目を覚ました。

「夢、か……」

 でも、

「伊達さんなら普通に空を飛べそう!」

 これは夢。でも、もしかしたらあるかもしれない未来。


※この物語はあくまで某部員の夢であり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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あるかもしれない未来 遠山李衣 @Toyamarii

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