三の扉
男子テニス部の
二人はグリップを新調するため、駅前にあるスポーツ用品店に向かう最中だった。
「おや」
まず、その光景に気づいて足を止め、声をあげたのは
「どうした?」
「あれは……、水月さんではないですか?」
「マネージャーか、こんなところで何してんだ」
「今日は部活は休みの日ですし、あの恰好はどなたかと待ち合わせていらっしゃるのでしょうね」
丁寧すぎる口調の
「なあ、
彼女は明らかに落胆した様子で、携帯電話と駅に掲げてある大きな時計とを何度も見比べ、ため息をついているようだ。
なんとなく気になってそのまま二人が様子を見ていると、彼女は携帯電話で誰かに連絡をつけようとしているようだ。が、相手がでないのだろう。何度もかけなおしている。
何度目かにかけなおし、それでも相手と連絡がとれなかったのだろう、ぎゅっと唇をかみしめ、今にも泣きそうな表情で携帯に目を落とし手を動かしているように見える。おそらくはメールを打っているのだろうか。
「……、ドタキャン……、でしょうね、おそらくは。かわいそうに」
やがてメールを打ち終わったらしい彼女は、携帯をバッグにしまうとゆっくり立ち上がり、駅の方に足を向ける。
が、数歩も歩かないうちにその場で肩をふるわせ始めた。そばにいなくても、彼女が何をしているのかは分かる。
彼女は泣いているのだ。
「今はそっとしとけよ。あんな姿、知り合いには見られたくはないだろ」
ですが、と心配そうな
数日後、部活に出てきた
定時に、部活を終え皆が帰途につく中、
「なあ、マネージャー、俺のグリップを見なかったか」
「
「おかしいな。ここらに置いといたと思うんだが、見当たらないんだ」
「ないと困りますよね……。少し探してみましょうか」
「悪いな。帰りは送るから」
「はーい、お願いします」
にこりと笑う
「ありませんねぇ……」
「仕方ない、駅前の店で買うことにするか。マネージャー、帰る前に悪いけどつきあってくれないか?」
「あ、はい、いいですよ。でもどこにいっちゃったんでしょうね、グリップ」
「まぁ、そのうち変なところから見つかるんだろうな。見つかったら教えてくれ」
「わかりました。でも、そういうものですよね、なくしものって」
「新しいの買ったとたん見つかったりするよな。あれは勘弁してほしい」
「ですよねぇ。あれは悔しいです」
雑談を交わしながら駅前のスポーツ用品店に行き、
正直なところ、どのグリップがいいのかはテニスをしない
「ん? どうした?」
「え……。あ、いえ。先輩の真剣な顔ってあんまりに見ないから、ちょっと得した気分を味わってました」
「何だ、そりゃ? 普段そんなにふざけてるか、俺」
「そうじゃないですけど、真剣な顔あまり人に見せないでしょう?」
「まあな。俺の真面目な顔見ても面白いと思うやつもいないだろう?」
「部長は喜ぶと思いますよ?」
あいつがもっと真剣に練習をしてくれれば、とは部長の口癖だ。
「別にあいつを喜ばせてやる
笑いながら、ようやく目当てのものを見つけ、
「さて、俺はこれを払ってくるから、先に外に出ててくれ」
「はい、分かりました。外で待ってますね」
「あ、すみませ……」
その人物と目が合った瞬間、
「おっと、気をつけろよ……。って……、
「
「お前、珍しいところから出てきたな、何してるんだ」
「あ、ちょっと……」
「
「ん……。あぁ、ただの後輩だよ」
「そうなんだ。こんにちは」
にこりと微笑む彼女は青ざめたままの
「……こ、こんにちは」
かろうじて挨拶を返す
「待たせたな……、ってどうした?」
「
「何だ、
「あの、私がぶつかってしまって……」
「そうか。
「いや……」
「彼女、なんだろ?」
モデルのような女子を目で指すと
「あ、あぁ……」
「お前が
「お、お前ら、付き合ってんのか……?」
探るように聞いてくる
「だったらどうした? お前には関係のない話だろ?」
「あ、あぁ……。いや、そうだな」
一方この微妙な状況に退屈したのだろう、それまで黙っていたモデルのような彼女がきゅっと
「ねぇ……、
拗ねたように少し口をとがらせ、甘えを含んだ声でねだる彼女は、まるで女優のようだ。
「あ……、ぁ。そう……、だな」
居心地が悪そうに、早口で、じゃあなとその場を離れていく
「大丈夫か?」
「……。はい」
「……、
こくりと頷く
「でもそう思ってたのは私だけだったみたいです。ただの後輩って言われちゃいました」
はは、と乾いた声で笑う
「ま、本命の彼女の前じゃ、そう言うしかないだろうな」
「きっと暇つぶしにちょうどよかったんですね、私」
考えてみれば、
「そういうのはつきあってるとは言えないんじゃないか? まず、大事にされてないだろ、それ」
「そうですよね……」
「あ……。さっきはありがとうございました。というか。あきら……、耶木先輩になんか誤解されてしまいましたが……」
「迷惑だったか?」
「いえ、私は。ただ
「迷惑だと思ってたら、ああいうことは言わないさ」
他にごまかしようはいくらでもあったけれど、あえて言ったのだから、と
「え……、えと……?」
真意がつかめずに首を傾げる
「お前が嫌じゃないなら、勝手に誤解させておけばいいさ。
「他……。って、……え?」
「ま、とりあえず呼び方は
「え、……。あ、あの
「
「り……。りょ……、うや先輩……」
「今度から、それ以外の呼び方で呼ばれても返事しないからな」
「えっ、あのっ。せ、先輩っ?」
ますますあわて始めた
翌日、部活が始まる前に、部室で
「
「何だ、もう探さなくていいと言ったんだがな」
「確か、この前の日曜日に私と一緒に購入しましたよね。あれがなくなったんですか」
「いや?」
「見当たらんとは言ったが、なくしたとは言ってない」
「……、かわいそうに。いくら口実を作るためとはいえ嘘はいけませんね」
「嘘じゃないさ。ま、ああでもしないと
「わざわざ
「いつまでも、ああいう奴にとらわれてる方が救われない。今回はそれなりに頑張ったぜ?」
「今回は、ですね。その行動力が何故、普段にいかせないのかが、はなはだ疑問ですが……」
「普段から、こんなことするかよ。面倒くさい」
「そういう問題ではないような……」
「お疲れ様です。スコア表を取りたいんですが入ってもいいですか?」
「
ほっとしたように中に入ってきた
「
「あ、良かったです。安心しました。どこにあったんですか?」
「ロッカーの奥に隠れてた」
「やっぱり探してる時は見つからないものですねぇ」
でも良かったと、安堵したように微笑み、スコア表を手に部室を出ていく
「結果オーライってことで、あいつには内緒にしといてくれ」
「はいはい、しかたありませんね。ついでに彼女が入部した時から、君が彼女を気に入っていたことも……、ですよね?」
「よくわかってるな……、って知ってたのか? お前の方がよっぽど食えんし、たちが悪いな」
はは、と笑いながらラケットを片手に部室を出ていく
「まったく……。
数ヵ月後。
ベンチに座り本を読みながら待ち人を待っている。
約束の時間ぴったりに、
目をあげた彼女の視界には、
「
「悪い、待たせたか?」
「いいえ、私もさっき来たばっかりですよ。今日はどこに行きますか?」
「そうだな……。とりあえず屋根のあるとこがいい。外は暑いから嫌だ」
「先輩……。部活の時は何も言わないのに……。というか、もうそんなに暑い季節でもないですよ?」
「日差しが苦手なんだよ、季節関係なく。部活の時に言うと部長がうるさいから言わないだけだ。本当はずっと室内コートで練習していたい」
「うちにそんな設備はないです……」
「他の高校に編入したいよなぁ」
例えば、と
「うわ……。やめて……。冗談でもそういうのは嫌……」
「はは、編入になったらもちろんお前にもついてきてもらうさ」
「ええっ!?」
「さて、行くか」
「え、ちょ……、先輩っ?」
慌てて立ち上がった
二人の顔には先ほどから笑みが絶えない。
数ヶ月前のあの日から、互いに名前で呼び合っているので、すぐに二人がつきあっているとの噂が校内を走った。そのまま、なし崩し的に公認の仲になってしまい、悩む
「噂を本当にすれば別に気にならないだろ?」
だが、少なくとも
それは彼女にはとても心地よく、また信じることもできるものだった。
だが、少し不安になったりもする。
飽きっぽい
だが、その来るかもわからない未来のことで不安になっても仕方ない。
今はこの手のぬくもりを信じていればいい。
……、お帰りなさいませ。
この扉はいかがでしたか?
お気に召せば幸いですが……、ふふ、それはようございました。
え? 他の扉が見たい? この
ええ、私としてもお客様がお喜びになっている姿を見るのが何よりの喜びなので、嬉しい限りです。
かしこまりました。
はい、ではこの四の扉をお開けいたしましょうか。
存分にお楽しみくださいな。
では。
どうぞ、行ってらっしゃいませ。
良い活劇でありますように……。
あなたは甘いお菓子 くれない れん @kurenai-ren
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