二の扉
よく晴れた日曜日に行きつけのオープンカフェで読書をしている最中、ふと目をあげるとその少女が視界に入ってきたのだ。少し距離があり、はっきりとは見えないが、
夏らしい真っ白なワンピースを身にまとい、服と合わせたのであろうミュールとバッグを持つ彼女。それは彼氏とのデートの為の装いなのだろうと容易に想像できる。
が、その彼女が泣いているということは、おそらくドタキャンされたか別れ話をされたかなのだろうと、こちらも想像に難くなかった。
見回しても彼女の周りには彼氏らしい男は見当たらない。
雑踏にまぎれて一人、涙にくれる彼女は、あまりにも儚くそのまま消えてしまいそうに思え、
周りが皆、見て見ぬふりを決めこむ中、坂城は普段はしない行動をとってしまい、また、不思議なことにそのことに驚きもしなかった。
蝶が花に引き寄せられるように、ごく自然に足は彼女のほうに向かっていく。
そのまま勢いで彼女のそばまできたもののなんと声をかけようかと悩みながら、それでも言葉となって出てきたのは何ともありふれたものだった。
「……なぁ、君、大丈夫か?」
近づき、彼女の肩に触れ声をかける
「……、なんだ、
「え……、
そこにたたずんでいた少女は、
親の仕事の都合で、幼いころから転校を繰り返した
「なんでこんなとこで泣いてんだよ」
「だって……」
最初こそ驚いていた
「あー……、ちょっと待て。泣くならあっちでにしろよ? こんなとこで泣いてたら、さらし者もいいとこだぞ、
「あっち……、てどこ?」
「そこのカフェ」
「カフェ……」
「なんか飲むだろ?」
「そんな気分じゃ……」
「ああ、じゃあいらないんだな?」
「……、飲むけど」
「飲むのかよ。ほら行くぞ」
「
「うん……」
幼馴染である
そ の視線を知ってか知らずか、飲み物が来るのを待つ間、
泣くタイミングを外されてしまったのだ。なんだかこれ以上は泣くに泣けなくて、かといって声をかけてきた
やがてウェイターが持ってきたアイスミルクティーを一口飲むと、
「なんで何も聞かないの……?」
「聞いてほしいのか?」
「
「今更だろ。ていうか、学校以外で先輩言うのやめろって何回も言ってるだろ」
くすりと笑い、氷の解けたアイスコーヒーを口に含む
「もう、朋ちゃん、慰める気なんてないんでしょ。なんで声かけたのよ」
「なんだ、逆ギレか? そんなに慰めてほしいんなら、慰めてやってもいいけど?」
しれっとしたまま淡々と言う
「も、いい」
「何だ、いいのか? せっかく慰めてやろうって思ったのにな」
「何か泣いてたのが馬鹿みたいに思えてきた」
「そうか」
そう言えば幼いころから、
哀しいことがあった時、辛いことがあった時。泣いている
おとなしそうな顔に似合わず、激情型の
けれど、たとえ何時間かかろうが、
「デート、ドタキャンされた……」
不意に
「へぇ」
「彼とはもうだめなのかも……」
「
「はっきり言ってくれればいいのに……。自然消滅狙うなんて卑怯だ……」
「なぁ」
愚痴っぽくなった
「何で相手任せなんだよ、お前」
「え……?」
「別にどっちがしてもいいだろ? 別れ話なんて」
「だって……」
「
頬杖をつきながらじっと見つめてくる
「何でも相手任せにしてるから、もやもやするんじゃないのか。ぶつかってみたらいいだろ」
「簡単に言わないでよ……。ぶつかって砕けたらどうするの……」
そんなの立ち直れないじゃないと
「砕けたら俺が拾ってやるから、安心して砕けてこい」
「朋……、ちゃん……?」
「前から言ってるだろ、お前には俺がいるからなって」
確かに昔から
が、その直後にぎゅっと、眉間にしわを寄せ、呆れたようにため息をつきながら呟いた。
「……、ねぇ。このタイミングでそんなこと言ったら、洒落にならないんだけど。っていうか……、それ誰にでも言ってるじゃない」
昔、
「真面目に言ってるから、別に洒落にならなくてもいいし。それに今は誰にでもは言ってない」
予想に反して
昔は、誰にでもそんなこと言ってるんでしょと頬を膨らませる
「いつまでもこどものままじゃないんだし。いまだに誰にでも言ってたらかなり問題あると、俺は思うけどな」
「……、まぁそうだけど。……、いや、じゃなくて、本気にするけど」
「別にいいって言ってるだろ。まぁ、
それはちゃんと今の彼氏にぶつかってきてみろということか、と
「そんな顔されてもなぁ。だいたいお前は何でも人任せにしすぎだろ。自分の気持ちくらい、自分で決めろよ」
「いつの間にか、お説教みたいになってるんだけど」
「そりゃ、説教くらいされるだろ」
何でもお見通しなその態度が
が、由愛の口に三個目のケーキが吸い込まれたときに、おもむろに口を開いた。
「……なぁ、それ誰が払うんだ? つか……、ちょっと食べすぎじゃないか?」
「払うのは朋ちゃん以外に、ここにはいないと思いますが? ついでに食べすぎじゃないですよということを言っておきます」
「……、何で急に敬語なんだ」
「いいじゃん。ケーキで気合い入れるんだから」
「そんなもんで入る気合いなんかすぐなくなりそうだけど……」
「いいじゃん、もう、いちいちうるさいなぁ。朋ちゃんはぁ」
四個目のケーキをほおばりながら憎まれ口をたたく
「昔から変わらないな、そういうとこは」
「仕方ないじゃん、昔から何かする時にはエネルギー補充しないと動けないの知ってるでしょ? って……、ねぇ、朋ちゃん?」
話しながら完食してしまったケーキのお皿を見せながら、
「追加していい?」
「……、お前……。一体、どんだけ食うつもりなんだよ」
呆れ果ててがっくりと肩を落とす
「おい! ちょ、こら、
「もう頼んじゃったもん」
「お前なぁ……」
「いいじゃん。あ、来た来た。二回目だけど、いただきまーす」
「ダメだ……、見てるだけで俺のほうが胸やけがしてきた……」
「見なきゃいいじゃん」
「そうか。それは名案だな。俺、このまま帰っていいか?」
「それはだめ」
軽口をたたきながら、
そこには穏やかでどこか懐かしい時間が、ゆったりと、だが確実に流れ始めていた。
数日後、
「おい、
「ごめーん、もうちょっと」
「もう行かないと、映画始まるぞ?」
「間に合わなかったら次のに入ればいいじゃん」
「……、間に合わせようと少しはは努力してくれ」
「今、してる」
「それでかよ……」
呆れたように腕組みしながら立っている
「よし! お待たせっ」
「じゃあ、行くか」
バッグをわしづかみにし、靴をあわてて履く
「なーんか小さいころみたいだよねぇ。手ぇつないで歩くなんて」
幼いころはそばにいるのが当たり前だった。
その幼いころに分かたれた道が今再び交わり、同じ軌跡をたどりだす。
友人のような、兄妹のような、幼馴染。そして今は恋人。二人は様々な役割を演じながら、それでもそばにいることは変わらない。
これからもずっと、そばにいる。
それは二人だけの約束だ。
……はい、お帰りなさいませ。
扉の中はお気に召しましたか?
そうですか。それならばようございました。お顔もずいぶん華やいでこられましたよ。
え? ふふ。
そうですか。ええ、どうぞ、ご随意に。
今、三の扉、お開け致します。
はい、どうぞ。
お気をつけて、行ってらっしゃいませ。
よい活劇でありますように……。
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