スリーデイズ
坂本(仮)とある賭けをして1日が経過し、僕は朝礼前の教室で彼女を見つめていた。
山田美月、僕の憧れの人だ。
しかし今日は呑気で眺めることは出来なかった。僕は今日から3日間の内に山田美月と仲良くなる必要があった。その賭けは山田美月と仲良くなれなければ坂本(仮)と永遠の友愛とやらを誓うことになるのだ。
その意味は坂本(仮)を中心に生きろということだ。何よりも坂本(仮)を優先し、坂本(仮)の為に生きろということに他ならない。
なんとも馬鹿げた話だ。僕は彼女の名前すら知らない。彼女とは気が合うし一緒にいて楽しいが、やり方が強引過ぎて賛同することはできない。
「いつもみたいにタイミングを測っているのかい?」
いつの間にか近くに接近していた坂本(仮)に声をかけられた。山田美月に近づくタイミングを測っていたことは本当なので黙秘を貫いておく。
「本当に彼女と仲良くなれると思っているのかい?君はこれまでも幾度となく挑戦しようとして失敗に終わっているじゃないか。それが都合よく上手くいくほど人間関係は甘くない」
「そんなことはわかっている。しかし、言われるがまま諦めるのはしゃくなんだ」
本音を言えばこのまま坂本(仮)のために生きてもいいとは思っている。しかし、そこに僕の自由意思があればの話だ。
「でもその結果君は思い知ることになる。彼女は君の思っているような人間ではないことを」
「なんだと?」
「そのままの意味だよ。君は彼女の外見だけしか見ていない。見えない内面は君の妄想が埋めているだけで、内面まで君の期待したものとは限らない」
坂本(仮)の理屈は分かるが、何を言いたいのかよく分からなかった。
「つまりだ、ストーカーのよくある心理で相手は自分になにかしらの感情を抱いていると思っているが、それが好意とは限らない。もしかしたら君は嫌われているかもしれないとも考えられる訳だ」
「えっ」
一瞬何を言われたのか理解できなかった。しかし、よく考えればわかることだ。僕と彼女に接点はない。なんとも思われてないならまだ良いが、嫌われている可能性は否定できなかった。
僕が付け回していることを、彼女が気付いているかもしれなかったからだ。
「もし君が今日の内にギブアップするのなら、君のこれまでの無礼は水に流そう。それと少しサービスもしてあげる」
「サービス?」
その取引に何も期待しないほど僕は清らかではなかった(ストーカーの時点で清らかではないが)彼女はエサに食いついた僕に更に畳み掛ける。
「そうだ、サービスだ。私はそういったプレイは好きではないが、明久君。君のためなら喜んでこの身を捧げよう。どうかな?身体のことならそれなりに自信があるのだけど?」
そう言って坂本(仮)は豊満な胸を見せつけた。その妖艶な雰囲気に(今は生徒がいる教室なのだが)決意が揺らぎそうになるが、手の甲の皮膚をつねって自分にムチをいれた。
「いや、それには及ばない。何しろ僕はまだ諦めてはいないからね」
僕は精一杯の強がりを言った。そうでもしないと簡単に屈服しそうだったからだ。
「君も強情だね。しかし1日はまだ始まったばかりだ。私は放課後まで待っているから気が向いたら私を訪ねるといい」
坂本(仮)はそう言って自分の席に戻った。しかし、イニシアチブは完全に持っていかれた。状況は何も変わってはいないが、僕のモチベーションはごっそり削られた。
思わず坂本(仮)に逃げてしまいそうになった。坂本(仮)に身を捧げてしまえば、きっと楽になれる。全て肯定され、2人だけの閉じた輪で幸せになれるだろう。
しかし、それを良しとしない自分もいた。坂本(仮)に逃げれば楽にはなれる。しかし楽になれるだけで、そこに僕の求めるものがあるとは限らない。
その違和感を感じている内は諦める訳にはいかなかった。本当に屈服するまでは僕に出来ることをしようと思っていた。
しかし、僕は甘かった。あの坂本(仮)が何もしていない訳がなかったのだ。ここまで人の心をへし折りに来るのだ。当然、裏工作もしていると考えるべきだった。
例えば、山田美月に何か吹き込む等ね。
†
昼休み。僕は机に広げた弁当箱に手をつけずに悶々としながら飽きずにも山田美月を見ていた。近づくタイミングを測っていたが、昼休み終了5分前でようやく動くことにした。
話題はなんでも良かった。次の授業を訊くだけでもいい。今回の賭けはあくまで話すことを条件にしているから、揚げ足とりかもしれんが親しくなる必要はなかった。
緊張と焦りでロボットみたいな歩調になってしまったが、ようやく彼女の近くまで来て声をかけようとした時だった。
「はいストーっプ」
近くにいた女子2人に止められてしまった。その雰囲気はどこか敵がい心を感じさせるものだった。
「あんた、例のストーカーだよね」
おさげの娘が敵意丸出しで言った。僕はドキリとした。
「訳が分からないという顔だね。ハッキリ言ってあげようか?美月を付け回しているでしょ?」
「違う、誰がそんなことを……」
「今朝同級生から言われたのよ、名前は……忘れたけど山田美月を付け回している男がいるってね。さっきだって舐めるように見ていたじゃない。言い逃れはできないわよ!」
告げ口をした同級生とは恐らく坂本(仮)のことだろう。僕はこのときマヌケにも罠にかかっていたのだ。
「一応同じクラスのよしみだから見逃してあげるけど、これからは気をつけることね。全校で変態扱いはされたくはないでしょ?」
坂本(仮)はこの賭けを出来レースと言ったが、その意味を今思い知った。この賭けは山田美月に嫌われるだけで成立してしまうのだから、坂本(仮)はちょっと手を加えるだけで良いのだ。
僕が賭けに乗った時点で負けは決まっていたのだ。
僕は一途の望みに賭けて山田美月を見た。もしかしたら彼女はそれを信じていないかもしれないと思ったが、無駄だった。彼女は僕を恐れるように見ていた。
その目を見たとき僕はそれ以上彼女に近づけなかった。嫌われるだけならまだ良かった。僕は、彼女を恐がらせてしまった。
「……ごめん、迷惑かけたな」
僕はきびすを返して自分の席へ向かった。そのとき僕を見ていた坂本(仮)の顔が見えた。さぞ、ご満悦に違いない。
しかし、予想とは違った。
坂本(仮)は、柄にもなく困惑したような顔でこちらを見ていたのだ。
†
放課後、空き教室の窓から外の風景を眺めていた。
心ここに在らずといったところだ。
失恋とは少し違った。むしろ夢から覚めたといったほうが近いだろう。今まで良い夢を見ていただけで、それが覚めただけだ。世界は何も変わっちゃいない。
そろそろ日が暮れる。今日もそろそろ終わる。僕の心境にかかわらず、現実は変わらず1日を繰り返す。
世界から切り離された気分だった。僕はこんなに最悪なのに、世界は変わらず綺麗なのだから。
「ここにいたか」
すると教室の扉から息を切らした坂本(仮)がやって来た。この賭けの勝者である彼女は、勝者に似合わない顔でこちらへ近付いた。
「よう、気分は良いか勝者」
「……いいや、どうかな」
複雑そうな顔をした坂本(仮)は隣の席に座り、僕と向かいあった。
「本当なら失恋した君を私が慰めて、穴の空いた心を私が埋めようと思っていた。そのために細工もした。なのに失意の底におちた君の顔を見たら、何故か、胸が痛んだ」
彼女がそんな痛みに苦しんでいたことに意外だった。
「何故心が痛い?私は確かに目的を達成したのに。なのに今はそれを後悔している。こんな気持ちは初めてなんだ」
僕はその気持ちをなんとなく理解出来た。しかし彼女は人嫌いで、人を好きになったことがあまりないから理解出来ないのだろう。
その痛みの名が罪悪感だと、彼女はわからない。
「僕も今、似たようなものを感じているよ」
「……君は、この痛みがわかるのか?」
「さあ、ただ僕も迷惑をかけていないつもりで山田美月を独りよがりに付け回していた。でもそんなハズはなかった。その結果僕は彼女を傷付け、彼女を恐がらせた。嫌われたことより、それが申し訳なかった」
坂本(仮)はしばらく黙って、そのあと口を開いた。
「私も似たようなものを感じている。私は目的を達成するためにやったけど、そこに君が傷付くことが考えられてなかった。考える必要がないと思ったからだ。でも、君の傷付いた顔を見て、申し訳ない気持ちでいっぱいになったんだ」
そうして彼女はすがるように僕の手を握った。
「賭けの話は忘れてくれ。その代わり、私は明久君に罪滅ぼしをしたい。何をしてほしい?君がしてほしいことを、私はなんでもする。なんでもいいから、私に罰を与えてくれ」
坂本(仮)にそんなことを言われて僕は少し困った。
何故なら僕は坂本(仮)を恨んではいなかったのだから。
今回の件に彼女が関わっていたとしても、元は自分の責任なのだ。僕の日頃の行いがこの結果を生み出した。
それを差し引いても僕は彼女のせいにはできなかった。嫌いにはなれなかった。だから、責任を感じられても困るのだ。
しかし、言葉だけでは坂本(仮)は納得しないだろう。だから、形だけの罰を与えることにした。
「なら、このまま手を握ってほしい」
「……そんなことでいいのかい?」
彼女はあ然としたような顔でこちらを見た。
「僕は今本当に孤独なんだ。世界から僕ひとりだけ置いてけぼりを喰らった気分なんだ。だから手を握っていてほしい。僕が自分を見失わないよう、独りにならないよう、握り続けてほしい」
それは偽りのない本音だった。今は心が冷たくて、感情が鼓動することをやめようとしている。人恋しくて、寂しかった。人の温もりを感じていたかったんだ。
「…………そんなことでいいのなら、私はいつまでも君と繋がっているよ」
彼女は力強く手を握った。とても暖かくて、泣きそうだった。
†
翌日、朝礼前の教室で僕と坂本(仮)はふたりで話していた。
彼女の様子はややぎこちなかったが、気を遣って笑顔で返してくれた。
彼女も気になるのか、遠くから山田美月を守る女子2人からの視線がこちらへ向けていた。警戒しているのか、視線だけで敵意を感じた。
「私のほうから彼女らに言おうか?」
坂本(仮)は申し訳なさそうに提案したが、却下した。告げ口をしたのは彼女だが、嘘は言っていないし彼女に尻拭いさせる訳にはいかなかった。
「でもあまり居心地はよくないだろう?」
心配した様子で坂本(仮)は言った。
「これも報いだと思って受け入れるよ。下手に期待を持ったらまた同じ過ちを犯してしまいそうだ」
僕は彼女を安心させるように言った。坂本(仮)は納得いかない様子だった。
それでふと、彼女の名前が気になった。いつまでも坂本(仮)で通すのもどうかと思ったので、今更だと思ったが(本当に今更だ)彼女から名前を聞こうとした時だった。
「長谷川君!」
横から僕の名前を呼ぶ女子生徒の声が聞こえた。その方向へ顔を向けるとその人物は意外な人だった。
僕も坂本(仮)も驚いていた。その人物は僕が今まで付け回して、先日僕のストーカー行為を知って恐ろしいものを見るような目で見ていた山田美月その人なのだから。
†
昼休み、僕は3年の教室を目指して廊下を歩いていた。隣に坂本(仮)もいたが、どこか気が進まない様子だった。
「なにも直接会いに行くことはないんじゃないか?」
坂本(仮)はこれから会う人物に抵抗があるようだった。
「それでも、確かめなきゃいけないことがある」
そう、その3年の教室にいる人物は山田美月にあることを言ったのだ。
実は僕がストーカー行為をしていなかったという嘘を。
山田美月はその話を信じたのか今朝僕に謝罪の言葉をかけた。本当は訂正するべきだったが、また彼女に嫌われることを恐れ僕はそのまま話を合わせてしまった。
おかげで山田美月との関係は少なくとも0には戻った。教室での居心地も良くなった。しかし、その行為は僕の因果応報と坂本(仮)の自責を台無しにするものだった。
僕は会いに行かなければならなかった。その張本人を。
3年3組のプレートが掲げれている教室に入ると、その人物を呼び出した。
しばらく経ち、美形の男がやってきた。
「俺に何かご用かな?長谷川明久君?」
その名は久保道彦。先日坂本(仮)の説明から知り、ルックスの高さから女子生徒からの人気は高く、成績も優秀。あの山田美月の隣にいたあの男が、山田美月に嘘を言ったのだ。
†
「あれから美月とは仲直りできたかな?」
僕と坂本(仮)、久保の3人は空き教室へ移動した。久保は良かれと思ってと言わんばかりにニヤリと笑う。
「ええ、余計なお世話でしたが」
「そうだったかな?君は美月を好いていたようだったが」
つけ回す程にと小声で言われた気がした。久保はニヤニヤした様子で、こちらの行動は全て筒抜けのように感じられた。
「僕はこれを良い機会と思ってと諦めようと思っていたんです。それをジャマされたのだから文句のひとつくらいは出ます」
「それはあくまで美月に嫌われたから諦めようとしただけだろ?」
「それは否定しませんが、これからもストーカー行為をしようと思うつもりはありません」
「ストーカーが板に付いてるな。別に堂々と美月と付き合えばいいじゃないか」
久保はどうしてか僕と山田美月をくっつけようとしていた。
真意は図れない。
「なんなら、俺が君たちの仲を取り持ってもいい。俺が君を美月に紹介して堂々と美月と付き合えばいい。文句はないだろ?」
確かにそれは魅力的な話だった。昨日までの自分ならすぐに食いついた話だろう。
しかし、相変わらず真意は図れない。
「山田さんとあなたは付き合っているんじゃないんですか?」
「馬鹿を言うな。美月とは幼なじみなだけで、恋愛感情はない」
そうだったのか。そう思えば、2人が仲が良いのも納得できる。
「しかし、何故そこまでして僕に良くするんですか?仮にも僕は山田さんのストーカーですよ?」
僕が久保の立場なら、死んでもストーカーなんぞに近づけさせないだろう(私情が幾分入っていることは否定しない)
「俺もただのストーカーならここまでしない。でも君はその娘と仲がいいだろう?」
それは隣にいた坂本(仮)を指していた。坂本(仮)はどこか気まずそうにこちらを見ていた。
「俺はその娘が気になっていてね。君がその娘と仲良くされると困るんだ、長谷川君」
僕は予想だにしていなかった事実に少し理解が遅れていた。
「俺とその娘は同じ壁新聞部の部員なんだ。その娘はとても優秀でどんな仕事でもそつなくこなした。そのことがとても好意的に感じていた。俺は優秀な人間が好きなんでね。なんとかお近づきになりたかったが、俺はおろか他の誰とも彼女と一緒にいることがなかった。君がその娘と親しげにいるところを見るまではね。俺は信じられなかった。あの彼女が誰かに気を許すなんて。僕は美月がつけ回されていることを置いておいて君たち2人を観察していた。君だけがその娘の隣にいられる。それが俺には納得出来なかった。その頃から俺は君にジェラシーを感じて、その娘に強く惹かれ始めた。こんな感情は初めてだったよ」
久保は興奮しているのか一気に言葉をまくしたてた。意外だったのは僕が久保にジェラシーを感じていたように、久保も僕にジェラシーを感じていたことだ。誇らしいようで、どこか虚しくもあった。
「だから俺は君と取引をしたい」
久保はこちらを見据えて言った。
既にニヤニヤ顔は無くなっていた。
「君と美月の仲を取り持つことを約束しよう。だから君はその娘と関わらないでくれ」
「っ!」
僕はそれを受け入れられなかった。他人から人との関係に口出しされることにムッとしたし、坂本(仮)と関係を断つことは考えられなかった。
「2人で決めてくれ。当然彼女にも取引に応じたものを用意しよう。俺なら、部活内で君を守ることもできる」
坂本(仮)も彼女なりに悩みがあるのかもしれない。久保の口振りからそう予想したが、彼女ならきっぱり断ってくれると期待していた。
「……わかりました。2人で相談してみます」
しかし、坂本(仮)はすぐには断らなかった。彼女は悲しそうな顔でこちらを見た。
その真意は図れなかった。
†
「君は山田美月と付き合うべきだ」
放課後、いつもの空き教室で坂本(仮)と2人でいた。しかし、その空気は穏やかなものではなかった。
「君は山田美月と付き合うべきなんだ」
二度、山田美月と付き合えと坂本(仮)は言う。
「お前にそんなことを言われたくはなかった」
一度関係を破綻させたのは確かに彼女だ。しかし、立ち直ることが出来たのも彼女がいたからこそだ。
僕はもう山田美月を諦めていた。もう一度チャンスが来たとかは関係なかった。僕は山田美月に不実を働いた時点で関係を持つ資格はなかったのだ。これはもう済んだ話なのだ。
しかし、坂本(仮)は自分のやったことの負い目からか、山田美月の件を気にしていた。僕は何も恨んじゃいない、なのに彼女は未だに気にしているのだ。
「山田美月に関しては気にしなくていいんだ。あれは僕の自業自得だっただけだ」
「……それでも、君を傷付けたことに変わりはない。私が何もしなければ、君は傷つかずに済んだのに」
昨日の件を彼女は重く責任を感じていた。
「それに、私が何もしなければ、もしかしたら君は山田美月と上手くやっていたかもしれないんだ。それを、私が潰した」
「だからそれは……」
「でも、幸運にもそのチャンスは訪れた。君はそのチャンスを掴むべきだ。私が人を好きになったから君は不幸になった。だから、私を捨てて君が幸せになれれば私はうれしい」
坂本(仮)は痛々しい笑みでこちらを見た。それが、我慢ならなかった。
「……勝手に決めつけるな」
彼女は目を見開いた。
「僕は全く不幸なんかじゃない。確かに昨日は傷付いたけど、それをお前の温もりで癒してもらった」
僕は感じたことを全て言葉にした。
「確かに今までお前のことを忘れていた僕が言えたことじゃないかもしれないけど、僕はお前と一緒にいるとき楽しかった。お前はそうじゃなかったのか?」
「確かに……楽しかったけど」
坂本(仮)は困ったようにしどろもどろに言った。
「なのに、好きになったから不幸になったなんて言わないでくれ。僕は、お前と離れるって話なら断固お断りだ!」
僕は彼女に知ってほしかった。彼女を好いていて、少しも彼女を責めてはいないのだと。
離れてほしくないことを。
「でも、山田美月はもういいのかい?君は彼女が好きだったのだろう?あれは、嘘だったのかい?」
その言葉を、嘘偽りのない言葉で返した。
「山田美月は今でも憧れの人だよ。でもそれ以上に好きな人が出来ただけだ」
僕は彼女の背中に手を回して安心させるように撫でた。
彼女は安心したように力が抜けて身体をこちらに預けてきた。
†
翌日の放課後、いつも通り坂本(仮)と空き教室で過ごしていた。
久保とは昼休みの内に話をつけてきた。久保は不服そうだったが、坂本(仮)にきっぱり断られたらそれ以上は何も言わなかった。
僕は山田美月と会って話したことを坂本(仮)に話した。
山田美月に久保のことを訊いたらやはり久保に好意を抱いていたようだった。だからという話ではないが、万が一にも僕が山田美月と結ばれる可能性はなかったということだ。ちなみに久保の好みを山田美月に話したらどうやら知っているらしく、彼女は彼女なりに悩んでいるらしい。
「だから責任を感じる必要はないと言いたいのかい明久君?悪いけど無駄だったね」
すると坂本(仮)はいつもの掴みどころのない態度で堂々と言った。
「君は私と一緒にいたいって言ったからね。私はその熱意を信じることにしているんだ。今更安い自責で潰れるほど馬鹿じゃない」
彼女は不適に笑った。それにとても安らぎを感じた。
「そういえば賭けの話は覚えているか?」
「覚えているよ。今更って気がするけど」
「賭けの期限は今日までだったけど、結局僕は山田美月とは仲良くなれなかった。だからひとつ言うことを聞くことにするよ」
今更永遠の友愛を誓うのも何か違うと思ったから、分かりやすい報酬を提案することにした。
「……いや、済まないけど私の願いはもう叶っているんだ。だから特に何かしてほしいことはないんだ」
彼女は困ったように言った。
「なら僕はお前に誠実であることを誓いたい。不実なことをしないと誓う」
「君だけ誓うのは不公平だな。なら私は君を幸せにすることを誓うよ。全身全霊、この身をもって誓わせてもらう」
「普通それは男の言うセリフなんだがな」
そう言うと彼女は可愛らしく笑った。
「こう見えて人を好きになるのは初めてでね。少し浮き足立っているんだ」
彼女は照れたように言った。
僕はふと思い出した。僕は未だに彼女の名前を知らないのだ。それは不実を働くってレベルではないので僕は彼女に訊いた。
「本当に今更だな……ただ……まあいいか。君なら問題はない」
彼女は少し気になることを言ったが、聞き流すことにした。
「私の名は……」
僕は彼女の名を初めて知った。
それを忘れないよう、骨の髄まで刻み込むことにした。
おわり
クロス・ジェラシー シオン @HBC46
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