クロス・ジェラシー
シオン
恋に恋するストーカー
僕は山田美月が好きだ。
どれくらい好きかと言えば、そう、彼女の姿が目に映れば思わず目で追うくらいは好きだ。彼女の行動を逐一観察し、特に必要がなくとも彼女の姿を探すくらいには好きだ。
これを世の中ではストーカーと呼ぶらしいが、この長谷川 明久、そのようなゲスな輩と同じと思われるのは心外だ。我が心は清らかであり、我が行動は愛にあふれている。そこらのストーカーとは訳がちがうのだ。
しかし恋愛に障害はつきものといったところか、僕の恋路は順風満帆とはいかなかった。あの男が、僕のジャマをするのだ。
山田美月の隣にいるあの男は一体何者なのだ?
†
その男は一見山田美月になつかれているように見える。
男が笑えば山田美月も笑い、男にからかわれた山田美月は子供のようにむくれる。あれではまるで恋人ではないか。僕はそれが腹立たしくて仕方なかった。
「あれは久保 道彦だね」
僕が隣の男を睨み付けていたら後ろに見知らぬ女生徒が立っていた。
「久保 道彦。この未知学園3年生の男子生徒で、ルックスの高さから女子生徒からの人気は高く、成績も優秀。学生の模範と言える生徒だね」
「何故お前がそれを知っている?」
その女生徒はまるでギャルゲの友人みたいなセリフで男の情報を説明した。
「というかお前は誰だ?」
親しげに会話を交わしていたが、僕に見覚えはなかった。
「それは酷くないかな明久君。仮にも同じクラスであり、それなりに交流があったじゃないか?」
「んんっ?」
彼女はそう言っているが、僕は本気でその女生徒に見覚えはなかった。
「山田美月に夢中になりすぎて他の女を忘れていたのだろうか?」
「それは色々と問題のある発言だよ、明久君」
彼女は呆れ顔でそう言った。信じられないが、僕は交流のあった彼女のことを忘れていたらしい。
「他の女を忘れるほど彼女に夢中なのかい?私にはそんな魅力は感じないが」
「何を言うんだ。あの人は僕にとって女神同然だ。異論は認めん」
すると彼女は困ったように手のかかる子供を見るような目で僕を見た。まるで僕がおかしいといわんばかりに。
「恋は盲目とはよく言ったものだね。ところで君は彼女と話したことはあるのか?」
「1度だけある。それはこの学園に入学して間もない頃、僕は移動教室の際目的地が分からず校内をさまよっていた。その時、彼女が手を差し伸べてきたんだ。親切にも彼女は目的地の場所を教えて案内もしてくれたんだ」
そのとき僕は山田美月に恋をして彼女から人の優しさを知ったのだ。
「いや、彼女は君と同じクラスなのだから単に移動教室のついでだっただけだろう?」
「お前は何故そんな見方しか出来ないんだ。人の心がないのか?」
「君が色眼鏡で見てるだけだろう」
僕は女生徒と言い争っていたが、その空気は弛緩していて軽いものだった。まるで、昔から仲のいい友達みたいに。
僕が忘れているだけで、本当に友達だったのだろう。
「ところで、なんであの男に詳しかったんだ?」
「それは秘密だ」
彼女はしたり顔でそう言った。
†
「悪いけど、その恋は実らないよ」
女生徒と校内を歩いていたら、会話の流れで急に辛辣なことを言われた。
「そんなのやってみなくちゃ分からんだろ」
「分かるよ。だって君は山田美月とロクに話してはいないからね」
「それはそうだが」
しかし僕は暇さえあれば山田美月を観察している男だ。山田美月のことなら誰よりも知っている。
「確かに遠くから観察することで人の仕草、人柄、リアクション、人への態度などは分かるだろう。しかし、肝心の自分への評価は分かるものじゃない」
「だからなんだよ」
「じゃあ逆に訊くけど、なんで君は観察なんてまどろっこしいことをして直接山田美月と関わらないのだ?」
それを聞いて僕は少しうろたえた。僕は間違っていないはずなのに、どこかで図星をつかれたような気分になって、居心地が悪かった。
「それは簡単だよ。君はただ彼女に嫌われたくないだけだ。嫌われたくないから観察するだけで満足して終わるんだ」
僕は何も言い返せなかった。そのようなことを意図した訳じゃないが、客観的に見ればそれが一番事実に近かったからだ。
「そんな君と彼女じゃ上手くはいかないよ。それよりも、もっと身近な人間に目を向けるべきだよ。例えば……」
「………………んだ」
女生徒が何か言いかけたところを遮るように僕は言った。
「なにかな?」
「それが何だっていうんだ。なら、実際に仲良くなれば良いじゃないか!」
僕が叫んだことに女生徒は驚いた様子だった。
「お前がそこまで僕の恋を否定するなら、僕は意地でもこの恋を成就してやる。見てろ!」
僕は勢いのまま山田美月の元へ向かった。
「……また名前を言いそびれちゃった」
彼女のつぶやきは、僕には聞こえなかった。
†
あれから僕は山田美月のいる教室を廊下から眺めていた。
ここは僕の所属するクラスなのだから堂々と入ってもいいのだが、邪な感情を気にしているのか入る気にはならなかった。
あの女生徒にたんかを切ってきたは良いが、いざ行動に移すと思うように動けなかった。普段の自分の動きを忘れたように動きがカクカクしている。まるでロボットだ。
…………………………
山田美月を眺めているだけで一向に動くことが出来ない。それどころか緊張で余計に身体が固くなる一方だ。これではいかん。これでは上手くいくものも上手くいかん。
僕は気晴らしに先ほど出会った女生徒のことを考えた。名前は未だ思い出せないので、偉そうな態度から仮に坂本と名付けることにした(意味は自分でも分からない)
すると朧気だが坂本(仮)について少し思い出した。僕が山田美月を観察していると横からジャマをしにきて僕をからかうのだ。
坂本(仮)は一貫して僕が山田美月に恋い焦がれることに否定的だった。
何故彼女が否定的なのかよく分からなかった。報われない恋に身を投じる僕を哀れに思ったのか、親切心から来る助言なのか真相は分からない。しかし不思議なことにそんな彼女を僕は憎からず思っているのだ。
気は合うし話すと面白い奴なので、女友達の少ない僕には珍しく波長の合う人種だったりする。
坂本(仮)とは末長く付き合っていきたい友達だ。今の今まで忘れていて、名前も知らないのだから堂々と言えるものではないが。
結局のところ、昼休みは坂本(仮)のことを考えるだけで終わった。僕は今日も山田美月にアタックすることは出来なかった。
「今日もダメだったね」
教室に戻ってきた坂本(仮)はどこか嬉しそうだった。
†
「いつまでこんな茶番を続けるつもりかね?」
放課後、1人空き教室で時間を潰していたら坂本(仮)がやってきて、話していたら会話の流れでそんなことを言われた。
「茶番ってなんのことだよ」
「茶番は茶番さ。君は忘れているかもしれないが、以前も今日みたいに張り切って結局何も出来なかったじゃないか?」
言われなくとも覚えている。僕は幾度となく山田美月と仲良くしようとして、最終的に挑戦することなく終わった。それは確かに不毛とも言えよう。
「そんな君を眺めるのは楽しいが、同時に胸を痛めてもいるんだ。私は君の友人として君に幸せになってほしい」
「幸せを願うなら応援してくれよ」
「それは私が不愉快だからやめておく。私は第一に自分が愉快になることを重点に置いているからね」
なんだそりゃ。つまり哀れな僕を眺めて楽しんでいるだけじゃないか。
そう思うととても酷い扱いを受けている気がするが、不思議と不愉快には感じなかった。彼女のその自分勝手なところを、嫌いにはなれなかった。
「なら、お前は僕にどうしてほしい?」
僕は試すように彼女に問いた。彼女が僕に対してどう思っているか気になった。
「永遠の友愛、何があっても変わらず友人でいてほしい。それ以上のものは求めないよ」
僕は少し驚いた。予想のナナメ上というか、思っていたより純な気持ちだったことが意外だった。
「そんなものでいいのか?」
「そんなものでいいんだよ。それが一番大切なものだからね」
僕は少し不思議に思った。僕はそこまで想われるほどのことを彼女にしただろうか?
「何故そこまで言う?」
それが疑問だった。僕は彼女に何もしていない。
「私はね、こう見えて人嫌いなんだ。人の黒い心、邪な感情が透けて見えて嫌気が差す。だけど君にはそれが感じないんだ。一緒にいて苦にならないからその友情を大切にしたい。それだけだよ」
彼女は僕の目を見て言った。彼女の気持ちはとても伝わった。重く感じるほどに。
「だから君がバカなことをして、哀れに傷付く姿も私には愛おしく見えるんだ。しかし、もし誰かに君が奪われると思ったら、落ち着かなくなる。不安に苛まれてしまう。自分の大切な存在が誰かの所有物になるのが耐えられない。だから……」
彼女は熱っぽく語り、こちらに近づいて僕の顔に手を添えて顔を近づけてきた。
「誰の物にもならないでくれないかな?」
そう言って身体を密着させて自分の物に名前をつけるように、マーキングするかのように肌と肌を擦り合わせた。
「あのさ……やめろよ」
僕はひきつったように声を出した。
「これは友情とは言わないだろ……これじゃまるで」
「まるで?」
「まるで……愛情のそれじゃないか?」
思わず独占欲と言いかけて言い直した。その理由は僕にはわからない。
「それに僕には好きな人がいるし、こんなことをしちゃ不味いだろ?」
「何か困るのかい?」
今彼女は椅子に座る僕の上に乗って手を後ろに回して抱きついている。端から見れば恋人としか見られないだろう。
「もし彼女に、山田美月に見られたら勘違いされる」
「勘違いされてしまえ。それとも、私にこんなことされるのは嫌?」
「嫌……じゃない」
気の合う女の子から好意を向けられたら誰だって嬉しい。
「でも、離れてくれ」
それでも、それを受け入れたら山田美月への気持ちをないがしろにしている気分になった。山田美月に不実を働いている気がして坂本(仮)の気持ちを受け入れることは出来なかった。
坂本(仮)はゆっくりと離れた。
「どうしてもあの女がいいのかい?」
彼女はどこか機嫌が悪そうだったが、僕は気づかないフリをして頷いた。
「気持ちは変わらない……か」
彼女は首をすくめた。だけど、その熱っぽさは変わらなかった。
「でも、私は譲る気はないよ。私は君が大切だから、誰にもあげたくない」
大切だから独占したい。それは友情とは程遠い気持ちなのだろうけど、彼女はそれに気付かなかった。
彼女は獲物を絡めとるように次の一手をうつ。
「だから賭けをしよう。君が3日以内に山田美月と挨拶を交わす程度に仲良くなれればもう君にうるさくは言わない。だけど出来なければ、私と永遠の友愛を誓ってもらう」
この賭けに勝てなければ、事実上坂本(仮)に自由を制限されてしまうということだ。きっと何をするにも彼女の許可が必要になって、まるでリードを繋がれた犬のように可愛がられるのだろう。
人によってはそれはひとつの幸せなのだろう。
「君は勝てるつもりだろうけど、残念ながらこれは出来レースだ。君は決して、山田美月と仲良くなれない。足掻いた結果、私の元に泣きついて来るんだ」
「…………出来る限りのことはするよ」
「君が私の物になることを楽しみにしてるよ」
そう言って彼女は背を向けて空き教室を去った。自己中心的で人を物扱いして、何から何まで最悪の女だった。
しかし、ここまでされても僕は彼女を嫌いにはなれなかった。それがとても救われなかった。
こうして地獄の3日間が始まった。僕はこの3日間で大切なものを失ったし、彼女も沢山傷付いた。その3日間の話を、これから語ろう。
続く
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