三周年の国
小早敷 彰良
第1話
空高くに、花火が上がっている。
同時に聞こえる歓声は、その場にいないことを憐れむような、脅迫的な響きすら持っていた。
老若男女問わないその光景は、それそのものが威容として現われていた。
花火は、真紅に濃紺で、複雑に織り交ぜられた紋様を描いている。
確かあれは、この国の国旗のはずだ。
昼間の青空に色鮮やかな光彩を見せるなんて、流石この国の技術は、時代を先んじている。
建国三周年を祝う花火を見ながら、私は思わず目を見張った。
暑く砂がかった土地に、豊富な資源を有する精密技術の国。それが私の訪れていた国の表に見える性質だ。
私は観光客らしく、スマートフォンのレンズを、その美しい景色に向けた。
撮れたのは、逆光で影になり、ほとんど鮮やかさが感じられない写真だ。
私は苦笑する。これでは、友人に見せるどころではない。
身体の弱い、あの友人の目と耳を喜ばせる為に、素敵な物や話を集めなければならないというのに、これでは先が思いやられる。
あ、でも先程撮った中央市場の写真は悪くないな。
往来で、スマートフォンの画面に魅入っていたのが悪いのだろう。
飛び出してきた小さな影に、私は気がつかなかった。
強かにぶつかり、お互いの荷物がまわりに散らばる。
気付いた時には体勢を崩し、その影を下敷きとしていた。
「何するんだ!さっさと退け、この女!」
「そっちからぶつかってきた癖に、よく言ったナ?」
生意気な言葉に、体重をかけてやると、暴れる身体が少し大人しくなる。
「お、おう、ふてぶてしい女だな」
「初めて言われたヨ」
嘘をつけ、などと身体の下の影は呻いている。
よくよく見ると、それは、幼い子どもだった。
私の国でいうなら、未就学の子供。
彼はポケットがやたらと多い、赤いパーカーを着ていた。フードはすっぽりと被っている。ゆったりとした服装が多い、この国では珍しい格好だ。
上から退いてやると、彼は文句を言いながら立ち上がる。
「これだから祭りの日は嫌なんだ。無礼な奴等がたくさん来る。懐が潤うのはお上だけだってのに」
腕組みする彼を、私は笑ってしまう。
「年寄りくさいこと言いなさんナ」
彼は苛立ち、足踏みをした。
「そんなことより、俺の、サマヤ様の荷物を集めるんだ片言女」
見渡すと、周囲には彼の荷物らしきモノが沢山転がっていた。
「サマヤといったナ、これ全部?」
「そうだよ。これから工場に持ってくとこだった」
掌より大きな星粒のダイヤモンドや、海を閉じ込めたようなサファイア、血よりも赤いルビーなどが道路に散らばっていた。
往来の人々がそれを手に取ることはない。巨大な宝石を身につけている為、この程度では何とも感じないのだろう。
一般的な感性の私は思わず喉を鳴らしてしまった。
「おっと、知っていると思うが、この国の石を持ち出せば即死刑だぜ」
「わかってル」
名残惜しい気持ちを押し殺して、ぼろ袋に集めていく。
地面に落としたせいで、細かな傷が入っているが、誰も意に介していない。
この宝石たちは全て、この国の銘品だ。
加工品以外での国外持ち出しは禁止されている。
原材料としての輸出は禁止。市場も国の整備により活発。職人が集まる理由はそのせいだ。
しかし、これ程の名品だ。狙う者は多い。
技術者や職人、密輸業者が集まった結果、国民は、やたらと手先が器用な者が多くなったのだという。
宝玉で出来た輝かしい国、それがこの国の異名だった。
「話には聞いていたけれど、壮観だナ」
写真を撮ってみれば、ハイファッション誌の表紙の様な、現実感のない絵になってしまった。
この写真は、私が彼に見せたいものとは違う。
一応、画像データを保存しておいてから、子どもに問いかける。
「いやぁ、眼福眼福。そんな無造作に運ぶなんて、もったいなくも感じるナ」
「外部の人間はみんなそう言うんだ。俺たちが普段どれだけ……」
耳を急にそばだてた彼が口を噤む。
「なニ?」
「お前、利用させてもらうぜ」
返事をするよりも早く、彼が煙草ケースを差し出して来る。
「これハ?」
「おねえさん、一本十ラャだよ!」
「十ラャ?」
ラャとはこの国の通貨だ。奇妙な発音をする。
「そう、安いよ!」
「タバコ?」
彼は如何にも手作りの紙巻を差し出して来る。
「待って、突然なニ」
「買わないなら買わせるまでよ」
「観光客に対する押し売り行為は犯罪だ」
むっ、と、現れたのは、黒い軍服。
「国軍の軍人さんカ」
「いかにも」
腰にさした鞭が小さく見える巨漢だった。
彼は言う。
「犯罪には罰を、だな」
「はい」子どもはおとなしく手を前に出す。まるで手錠をかける寸前だ。
「え、この程度で逮捕ですカ? 許してやってヨ」
私は思わず声をかける。
軍人は笑った。
「そんなまどろっこしいこと、宝石絡みでなければしない」
「じゃあ何でス?」
「こうだ」
鞭がしなる音が聞こえた。
私が見えたのは、軍人が鞭を腰に吊るし直す姿と、真っ赤に腫れたサマヤの手首だった。
「悪即解消、だ。合理的だろ」
「はい、ありがとうございます」サマヤは言う。
「この間みたいに宝石の取り扱いを見かけたら、鞭一発では済まなかったぞ。命拾いしたな」
「まさか、宝石になんか、指一本触れませんよ!」
ふんっ、と軍人は鼻を鳴らす。
「そこの観光客も、この国で悪を成せば裁かれると知れ」
頷く私を見もせず、彼はくるりと踵を返した。
「建国三周年の記念だ。今日はもういい。サマヤも程々にしろよ」
「ありがとうね、軍人!」
愛想の良い彼の顔は、軍人が人混みに消えるのを待たず、無表情になった。
「なんカ、すごいナ」
「ああやって国の目が行き届いているから、何とか成り立っている部分もあるからな」
「宝石の扱イ、無認可なんダ?」
彼は答えずに、手首をこれ見よがしに振った。
「腕が痛くて配達が滞るな。手伝ってもらうからな」
「何デ私ガ?」
「お前が俺にぶつからなければ、ああやって見つかることもなかったからだよ」
私は悩む。友人に見せる写真はまだ決まっていない。
そんな私をサマヤは見て、言った。
「写真、道中いくらでも撮ってて良いぜ。市民の姿ってのも面白いんじゃないか」
この子どもは人を動かすのが上手い。私は根負けして、彼に返事をした。
「わかったよ、サマヤちゃん」
「ちゃん付けはよせ。そういえば名前を聞いていなかったな。なんて言う?」
「観光客だ、何とでも呼んデ。名前、つけて良いヨ」
「何じゃそりゃ。じゃあ、バンビってのはどうだ?」
「どうしテ」
「お前の国の国獣だろ。美味いのが良い」
私は思わず笑って、初めて名乗る名前で、歩き始めた。
※
「腰ならペリドット、目なら瑠璃」
「瑠璃を三つくれ。両目用と、予備ね」
「はいよ」
老婆の両目に当てた宝石から、色が流れ出た様に見えた。
「楽になったよ、ありがとう」
薄い緑を目にたたえた老婆は子供に向かって言った。サマヤは笑顔を見せた。
「毎度ご贔屓に」
色が流出しきったクズ石を、私は手に取った。
「宝石を本来無色透明のレアメタルとみたてて、液状の様々な用途に使えるソレを保存する石と見る、カ」
「ああ、この国の宝石の使い方だ。宝飾品も良いが、こっちの方がずっと楽だ」
どうだろうか、と、彼に問いかけるにはあまりにも時間がない。
私は使い終わったクズを写真に収め、地面に放った。
彼は言った。
「一旦休憩しようか」
※
「ここには何しに来たんだ?」
彼が先程露天売りから買った林檎を齧りながら言う。
「病気がちな友達がいるんダ」
「なに?」
「十年くらいの付き合いの友人でサ、ここ数年はベッドから離れられないくらイ」
「ははーん。だから珍しい写真を撮って見せたいってことか?」
「まぁ、それもあル」
私は選んだ果物、すいかをしげしげと眺める。信じられないことに種なし、皮なしだ。食べられる無味の薄紙、オブラートに包まれており、手が汚れる心配もない。
「本当は、この国の医療技術を知りたくてきタ」
先程彼が宝石を使って行った医療行為は緘口令をくぐり抜けて、誤解とともに他国へと伝わっていた。
「できることは少ない。何ならお前の国の市販薬の方が良いことが多そうだ」
「そうみたいだナ」
私は項垂れる。彼を写真で楽しませるのは一瞬のことだが、医療技術を身につければ。彼の身体を治し、半永久的に楽しませることが出来ると思ったのに。
上手くはいかないものだな、と私はため息をついた。
「しかも、その力を持った宝石そのものは、サマヤとは別の人が作っているんだロ」
「そう。こればっかりは原理を知った飾人(しょくにん)しか出来ない。飾人は国が厳重に保護してるから、技術継承どころじゃないさ。こっちは生産物の恩恵にあずかるだけ、楽だろ?」
「そうだよナ」
私は再度ため息を吐いた。
彼は問う。
「飾人に会いたいのか?」
「会いたいというか、なりたいヨ」
「その友達の身体を治す宝石を作ってもらえば、目的は達せられるんじゃないのか?」
「目的は達成された時点で、次の目標が出来るものだかラ」
「ま、門戸は広いから、気がすむまでいれば良いんじゃないか?」
彼はにっと邪悪に笑った。
「才能があれば生き残るさ、きっと」
「気の遠くなる話だナ、そりャ」
私はすいかの最後の一口を、口の中に放り込んだ。
「ま、悪戦苦闘をあの友人が楽しんで笑ってくれるだろウ」
※
「郵便だよ。今日はベッドから出て良いのかい?」
「ああ、今日は調子が良いんだ」
配達人が、痩せた男に分厚い封筒を手渡した。
「今日もあの子から手紙だよ。今度は砂漠のあの国にいるんだと」
「また遠くまで行ったな」
「まったく、お前を置いてふらふら遊んで、なんてやつだろうな」
良いんだよ、と彼は言った。封を切った手紙に目を通す彼の顔は、耳までさけんばかりの悪い笑顔に歪んでいる。
「彼女、苦労してるみたいだ。最高に面白いな」
「苦労すればお前が喜び、成功すれば彼女に利益が入る」
配達人は首を振った。
「どっちにせよ利益があるなんて、おめでたいやつらだな」
三周年記念で発行された封筒と切手に、細かな宝石の飾りが煌めいた。
三周年の国 小早敷 彰良 @akira_kobayakawa
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