目覚めぬ悪役令嬢は王子が来るのを待っている

ひより

第1話

 私は三年前、悪役令嬢に転生した。しかし、小説とかにある転生ものとは少し違った。


 私は、眠っている悪役令嬢に転生したのだった。


 私が転生した世界は、人気の乙女ゲーム「私の素敵な王子様たち」の世界。

 このゲームは、この国の第1王子、第2王子のどちらかと恋に落ちるゲーム。

 乙女ゲームにしては、攻略キャラが少ないが、町娘の主人公と二人の王子との三角関係が話題を呼んだ。ゲームの期間は学園に通う三年間で、卒業式でどちらかの王子と結ばれる。


 そして、それぞれの王子には婚約者がいる。一人は私。第一王子の婚約者である、リリアリナ=アーバルナイツ侯爵令嬢。

 もう一人は、カテリアーナ=ウォルシュヴォルツ侯爵令嬢。

 主人公は、二人の悪役令嬢に阻まれながらも王子たちとの愛を育んでいくのだ。そして結ばれる方の王子の婚約者は、エンディング直前に婚約破棄される。


 そして現在はエンディング直前。もうすぐどちらかの悪役令嬢が婚約破棄される。

 しかし、私はこの三年間自室のベッドで眠っていた。そう、この三年間一歩も外に出ていないのだ。


 私が転生した時には、既にリリアリナはベッドで寝ていた。

 理由は入学式に行こうとして、家の階段を踏み外して転げ落ちたからだ。そして頭を打ったリリアリナは、そのまま三年間眠りについた。ゲームでは主人公の邪魔をしていた元気なリリアリナ。しかしゲームとは違い、一日も登校出来ないまま、本日卒業式を迎える。

 なんて切ない。

 では、寝ている悪役令嬢に転生した私は、この三年間何をしていたのかと思う人もいるだろう。

 私自身は寝ていたわけではない。リリアリナの体は寝ているが、私の意識は起きている。幽体離脱したような感じで、透明な私はリリアリナの体の側にいたのだ。

 透明だから他の誰にも気付かれない。話すことも出来ない。何も触れられない。

 外に出られたら良かったのだが、この部屋からは出られなかった。

 なのでこの三年間、すごく暇だった。


 唯一の楽しみは、時折誰かが来るのでその人たちを観察したり、会話を聞くことくらいだ。

 一番の楽しみは、隣国の王子のリュゼルク王子の訪問だった。彼は留学生としてこの国に滞在している。以前、彼の国に赴いた際に交流があり、倒れた私を心配してよくお見舞いに来てくれていたのだ。

 そう、婚約者の第一王子よりも。

 私は彼が次はいつ来るかと、次第に心待ちするようになった。

 そして、彼に恋をした。意識はあっても透明な私は、彼に触れれないし声もかけられない。それがすごく辛かった。


 そして第一王子は、形だけ何度か見舞いに来てくれてはいたが、リリアリナに興味はない。主人公にメロメロなのだ。もういっそのこと、今すぐ婚約破棄してくれてもいいと何度思ったことか。

 お見舞いに来てくれた人たちや使用人の話から、多分主人公は第一王子と結ばれる。ライバルキャラ不在で難易度が格段に下がった第一王子は、攻略しやすかったのではないだろうか。


 すると、扉が開いた。第一王子だ。


「リリアリナ……」


 彼は私の側に来た。その隣には、主人公がいる。ああ、婚約破棄を言いに来たのね。


「君は眠っているから、言っても分からないかもしれないが、アーバルナイツ侯爵に言う前に君に言うのがやはり筋だと思うからね」


「リリアリナ様……ごめんなさい」


 別に悪いなんて思ってないでしょ。良いからさっさと言って帰りなさいよ。


「私は彼女と結婚する。第一王子として、いつ目覚めるか分からない君とは一緒にはなれない。彼女と結婚して、この国を守っていくよ」


 私がこんな風になったから、良い言い訳が出来て良かったわね。


 そして二人は話し終わると、部屋を後にした。


 これでこのゲームも終わりを迎えるわね。私はこの先どうなるのかしら。何の為に転生したのかしら。この部屋から出れなくて、誰とも話せないし、何も出来ない。


 寂しい。寂しいよ……。誰か私を見つけて‼︎


 暫くすると、またドアが開いた。


 リュゼルク王子だ。そうか、卒業したら王子は国に帰る。彼ともお別れだ。

 この三年間で一番の楽しみだった、リュゼルク王子。


 いや。今日でもう会えないなんて、いや。


 彼は寝ている私の側に腰掛け、私の手を握った。


「先程、アーバルナイツ侯爵から聞きました。その……婚約破棄をされたと」


 ああ、第一王子はお父様に言ったのね。そして見舞いと、国に帰る挨拶をしに我が家を訪れたリュゼルク王子は、それを聞いたのね。

 でも王子。私は全然辛くはないんです。

 第一王子のことはどうでも良いですから。私が辛いのは、貴方との別れなんです。


 すると、リュゼルク王子は私の目をじっと見て、握っている手に力を込めた。


「こんな時に言うのもなんですが、私は明日国に帰ります。今しか言えないのです。聞いてください」


 ?リュゼルク王子は何を言うつもりなのだろう。


「好きです。ずっと前から貴方のことが好きでした。でも、貴方には既に婚約者がいた。叶わぬ恋だと思っていました。でも、諦めきれなくて、何度も貴方に会いにお見舞いに来ました。この三年間、貴方との時間が一番の幸せでした」


 私は泣いた。嬉しくて泣いた。彼の背中に抱きついたが、すり抜ける。私は透明人間。寝ている悪役令嬢。


「リリアリナ嬢、私と結婚してください。一生目覚めなくても、私は貴方の側にいたいのです」


リュゼルク王子は瞳にうっすら涙を浮かべながら私にプロポーズした。


 目覚めたい。目覚めて、私も好きと言いたい。貴方の訪問がなによりの楽しみだったと言いたい。

私は今までで一番、強い意志で目覚めたいと心から叫んだ。


 ドクンッ


 私の心臓が大きく鳴る。

まるで私の気持ちに呼応するかのように全身が熱くなる。

 気がつくと私はリリアリナの体の中に入っており、リリアリナは目を覚ました。


「わたし……」


「リリアリナ‼︎」


 リュゼルク王子は私を抱きしめた。私は王子の温もりを感じ心が温かくなった。


「リリアリナ……私は君が好きだ。生涯、君の側にいたい。結婚してくれないだろうか」


「……はい。ですが、私はずっと眠っていた身。ゆっくりと歩んでいきたいのですが……構いませんか?」


「……ああ。勿論だとも」


手を差し出すと、王子は微笑みそう答えてくれた。



 こうして眠っていた悪役令嬢は、婚約破棄され隣国の王子と結婚することになった。

 私が寝ている間に経験したことを話したら、リュゼルク王子はどんな顔をするかしら。


 私たちには時間がある。これからはずっと一緒居られる。いっぱい聞いてくださいね。いっぱい話してくださいね。

 そして、いっぱい愛してくださいね。


 こうして私の物語は始まったのであった。

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