ユス・イェッグ

里場むすび

3年目にして帰郷し、

 私、ニーシャが幼馴染のロスと一緒に街のにあるお義父さんの家に帰ってきたのは、私達の旅が始まってから三年目のことでもあった。

 三年前の襲撃によって荒れ果てた大地も多少は回復したと見えて、春の草花がそこら中に生えていた。畑もすっかり元通りで、何もなかったかのようだ。

「おぅい! ロス、ニーシャ!」

 そのこと安堵していると、家の方から私達の名を呼ぶ声がする。お義父さんだ。

「師匠!」

 と言って、ロスはお義父さんに向かって走りだした。私もロスの後ろを走って行く。

「久しぶりだな、ロス。どうだ? 修行は。マコトに任せっきりじゃあないだろうな」

 するとロスは苦笑いを浮かべる。

「お義父さん。ロスはそうならないよう気を詰めてるくらいなんだから、そういうこと言わないでよ。ロスも、しっかり否定しないと」

「そうかニーシャ。そりゃ悪かった」

「うん。ありがと、ニーシャ」

「ま、なんにせよ二人とも元気そうで何より。さ、家に入れよ。今日はアヅマが帰ってきてる。久しぶりに、四人で話そう」

 お義父さんが言うと、反応する声が一つ。

「アヅマ?」

 マコトだ。

 お義父さんはうなずいて、

「……ニーシャと同じく俺の娘ってわけじゃないんだがな。ロスの姉で、五年前、隣国の大学に行ったきり、ずっと連絡も寄越さなかったバカ娘だよ。そいつが久しぶりに帰ってきたんだ。……卒業はしたらしいんだが、まあいい。せっかくだしマコト、お前も会ってけ。ひょっとしたら、ということもあるしな」

「?」

 お義父さんの浮かべるその表情の意味を、私はすぐに知ることとなった。


 その日の夜。眠っているところを同室のアヅマに起こされて目を覚ました。

「なんか、ヘンな連中が近づいてきてる」

「ヘンな連中……? 名前は?」

 アヅマには魔眼【無不呼メシュ・ルゥ・ラ】がある。これによって、アヅマはあらゆるものの名を知ることができるのだ。

「……えっと、なんだろ……なんかたくさん重なってて…………っ!」

「どうかした?」

 アヅマの気配が一気に張り詰めたものになった。

「……畑に植えられてた植物の名が、見えなくなった」

「意識しないから見えないんじゃなくて?」

 アヅマの魔眼は意識しないと名が見えない。今回もそれなんじゃないか、とそう思いたかった。

 でも、アヅマは否定して、

「違う! ……間違いない。消えてる」

 名が消える、ということはつまり、その名の持ち主が死んだということだ。

「それって」

「最悪、三年前と同じことが起きてるのかもしれない……その場にいたわけじゃないし、断言はできないけど」

 アヅマはそう言うけれど、でも、私はほとんど確信していた。……時々聞こえる、耳障りな金切り声。忘れるはずもない。

 三年前にも聞いた、あの音がしていた。


「来たか【蟲壺】」

 外に出ると、既にマコトが魔剣【夕月夜懐時ブルゥムズ】を持って立っていた。

「お義父さんは?」

 私が訊くと、

「突撃していった。今度こそ首魁を退治するって」

 マコトが答えた。

「なるほど、誰か操ってる奴がいるかもってことね」

 アヅマが言う。

「姉さん!? はやく逃げないと……」

「大丈夫だよ、ロス」

 手を振って術式符を出現させ、笑ってみせる。

「ちょっと、こーいうことは勉強してたからさ」

 アヅマは迫り来る蟲に向けて術式符を投げた。蟲に触れると爆発が起きて、更に爆発が連鎖し、それが続く。

「……ご覧の通り。後方支援なら任せて」


 私とロスはお義父さんの元を目指した。お義父さんは蟲の首魁と戦うことで、なぜ私達を襲撃するのかを聞こうとしているらしい。

 アヅマは一人でもなんでかできそうだったので、私達はアヅマの作った道を駆け抜けながら、お義父さんのもとへと走った。三年間の旅で、【蟲壺】――蟲に遭遇し、戦ったことだって何度かある。小型の蟲はもはや強敵ではない。

「よしっ! これならマコトに頼らなくても――!」

 ロスが言った時だった。

「ロス! 前!」

 私が防御壁を張ると同時、真正面から巨大な呪弾が飛んできた。私達の周囲の蟲をも蹴散らしたそれを放ったのは、

「あれ、は」

 三年前に私を喰らおうとした巨大なムカデ型の蟲だった。あの時は間一髮のところをマコトに助けてもらったけど……今回は、

「ニーシャ、

 ――違う。

「分かった!」

 私は詠唱を開始する。

「――我が名は剛きを看る者。発せよ我が魂呪こんしゅ看剛ユス・イェッグ】!」

 唱えると同時、私の意識は一気に己の内側へと向けられる。自分の持つ力、それを強く意識して、隣にいる少年の存在を認識する。他には何もない。そんな錯覚すら覚えたまま、力を流す。道はできていてる。自分の力を彼に供給する。

「――ッ!」

 ロスが跳躍した。この状態の時、私は力を貸し与えた相手の動きが自分のことのように分かる。時には心臓の鼓動や感じていること、考えていることだって。

 どうやらムカデは、自分の目の前から突然消えたロスを探しているらしい。だが、探す場所が見当違いだ。見つかるはずがない。

 ロスはムカデの真上にいるのだから。

 雄叫びを上げて、ロスはムカデに斬りかかる。

 思い出されるのは、三年前のことだ。

 ――村を焼かれ、家族を失って、それが悔しくて、強くなりたくて、師匠に弟子入りして、でも結局、自力ではどうにもならなかった。

 ――あの時、マコトが【夕月夜懐時】と一緒に来てくれなかったらきっと僕も、ニーシャも、生きてはいないだろう。

 ――でも、嫌なんだ。

 ――都合よく誰かに助けてもらうのは。もう嫌だ。

 ――だから、今ここで、僕は、僕はニーシャを守るんだ。そして、ニーシャのために、強くなると決めた三年前の自分に誇れる今をここに、作るんだ!

「はぁぁぁぁぁ――っ!」

 ――今はまだ、一人では倒せない。でも、ニーシャの力を借りてこいつを倒すことができたなら!

 ロスの持つ【夕月夜懐時】の矛先が、ムカデの頭を貫いた。

 決着だ。

 すぐに私は発魂呪ほっこんしゅを解き、貸した力を返してもらった。

 感覚や思考が同調するというこの術の副作用は正直、あまり好きではない。

「ありがと、おかげで倒せたよ」

 もっとも、鈍感なんだか肝が太いのか、ロスに気にした様子は一切ないけれど。

「じゃ、先行こう。あとのは力を貸さなくてもなんとかなりそうだし」

 宵闇の中、蟲の群れの終わりは、私達のすぐそこまで来ていた。


「あれ……なに」

 果たして、終端部にいたのは、巨大なアリのような形をした蟲だった。口と尻の両方からどうやら毒液を出しているらしく、それが畑や土地を侵食し、不毛の土地に変えていらしい。

「ニーシャ、あれ、親父さんじゃないか……?」

 マコトに言われてアリの頭部を見ると、確かにそこに、お義父さんが立っていた。お義父さんはこちらに背を向けて、剣を持ったまま構えるでもなくただぽつんと立っていた。

「お、お義父さん……?」

 言うと、お義父さんはこちらを振り返って、アリの頭から一直線に私達の前へと飛び降りてきた。

「……逃げられた」

 お義父さんは頭を掻いて言った。

 私達を見て、

「ロスに、ニーシャ、か。無事で何より。ところで、アヅマとマコトは?」

「? なに言ってるのお義父さん。マコトは、ロスと身体を共有してるんだから心配しなくたって――」

 その時だった。

「ダメ! そいつ、お義父さんじゃない!」

 アヅマの声がした。

「え――?」

 私は油断していた。

「――っ」

 気がつくと、心臓を掴まれていた。そして、身体に突き入れられた右腕からおびただしい数の蟲が湧き出る音がする。あの不快な金切り声を立てて、私の、身体の中に入り込んできて――

「開け! 【夕月夜懐時ブルゥムズ】」

 ――結局、今回も私はマコトに助けられることになった。


 二日後、みんなで旅に出ることにした。先日の襲撃のせいで畑や家の周囲の土地が荒れに荒れてしまったうえ、連中の襲撃理由も不明。とにかく、二度も襲撃されたここにこれ以上住むことは危険だというのが全員の共通認識だった。

「そんじゃ出発するか」

 右腕を失ったものの、元に戻ったお義父さんが言う。

「ロス? 流石にもう、真琴まこと起きてるよね? 三日前の『綺麗になったな、意外と』って言われた分、まだ殴れてないんだけどさぁ」

「それで一番損するの、絶対僕だよね?」

 アヅマは、どうやら別の世界――というか生まれ育った世界で幼馴染だったマコトに久し振りに再会した時に言われたことを未だに根に持ってるらしい。ロスには気の毒だけど、そろそろマコトは観念するべきだと――

「歯ァ喰いしばれ真琴ォ!」

 ――|当人もそう思っていたらしい、アヅマは嬉々としてロスの顔を殴った。

 三年前に襲撃された際、ロスの身体に宿り、マコトは魂に同化した魔剣【夕月夜懐時】で大型の蟲を倒した。それ以来、ずっとロスの身体に居着いているのだ。

 そのためロスには気苦労が絶えないのだが、それでもなんだかんだ二人とも仲は良い。

「――で。どう、ニーシャ? 何か異常はない?」

「自分で感じる限りでは、特に」

 そして私、ニーシャはマコトが操られていたお義父さんの腕を切り落した直後、猛烈な勢いで傷口が塞がっていったらしく、いまだに体内の蟲が取り除けていない状態だ。もっとも、それで今のところ大きな異常が出ているわけではない。

 アヅマが視た限りでも、問題になるような異常はいられないと言うし、きっと大丈夫だろう。

「……お前、ほんとにその目も肌のアザも、なんともないのか?」

 お義父さんが訊いた。私は首を横に振る。

「なんとも」

 問題にならない、なっていない程度の異常ならばあった。

 身体の左半身に、胸部を中心として不思議な文様のアザができたこと。左目の瞳が、翡翠色から紅に変わったこと。それが、異常といえば異常だった。

「……とはいえ、今のところ何も問題になっていないのならそれでいいだろう。【夕月夜懐時】の能力の余波をくらって、蟲の能力がある程度弱体化しているのかもしれないしな」

 マコトが頬を抑えながら言った。

「それだといいんだけどねぇ」

 アヅマがうなずきながら、溜息をこぼす。

「しっかし、これからどうなるのやら」

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ユス・イェッグ 里場むすび @musmusbi

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