乖離

城崎

登校

入学式ということもあり、時間に余裕を持って家を出た。ガラガラと玄関の開く音が、1つではない。視界の先に、同じように扉を開いている彼の姿があった。その胸元には、自らと同じエンブレムが朝日を浴びて光っている。向こうの彼は、おはようと口の形を動かした。私はそこから目線を逸らして、一瞬だけ外へ出て行くことを躊躇う。少しだけ時間をずらして出直そうと思ったが、出直せば遅刻してしまう自分の姿が安易に想像出来た。仕方なく外へと出て、白線の内側へと入る。彼は律儀に、右側の白線へと入ってきていた。

「おはよう」

目の前の彼は、改めてこちらへと朝の挨拶をする。先ほど返されなかったことが不満だったらしく、表情に少しの怒りがこもっていた。仕方なくおはようを返せば、それで良いのだとでも言うように頷いたのち、前を向いて歩き始めた。その少し後ろを、同じように歩き始める。

「なんで高校までついてくるのよ」

聞こえないだろうと思って呟いた言葉だったが、彼の地獄耳はしっかりとその言葉を捉えた。

「別についてなど行ってない。ただ偶然にも、僕の行く先に君がいただけで」

「屁理屈」

そう嫌味ったらしく言った私の言葉は、無視されてしまった。聞こえなかったのかもしれないし、本当に聞こえないふりをしているだけかもしれない。

「君と出会ってからもう4年目か。どうだろう。3周年記念に、写真でも撮るっていうのは」

「どうやったらそんな思考が出てくるのよ」

「記念と言えば写真だろう」

「意味分かんないし、アンタと写真なんて撮らないし」

「どうしてだ?」

「入学早々、変な噂が広まったら困るじゃない! お願いだから、私の理想の高校生活の邪魔はしないで!」

彼との過去のことを思い出し、ついつい語気が強くなってしまった。だというのに、どうして付かず離れずの距離で歩いているのだろう。いや、それは彼のためにわざと遅く行くのが癪なだけだ。

「ほう? その理想とやらを、聞かせてもらおうか」

夏の図書館。同じ本を手に取ろうとして見かけた、現在では自らも身につけているエンブレムの輝きを思い出して頬が赤くなっていくのを感じる。その彼に出会うために、図書館で日々を過ごす。あの本を手に取ろうとした彼ならば、こんな本を読むだろうか。ジャンルなんてこだわりなく、タイトルの良さに惹かれたのだろうか。そう思いながら、読書に励む。そんな理想を話せばきっと彼はバカにしてくるだろうから、先に鼻で笑ってやった。

「そんなこと、アンタに話してやるわけがないじゃない。そういうアンタこそどうなのよ?」

「僕は、特に理想なんかないよ。強いて言えば、現状が続くことが望みかな」

「そう。その欲のないところ、アンタらしいわね」

そこで彼は突然足を止め、数歩後ろを歩いていた私は思わず彼にぶつかりそうになった。なにするのと声が出る前に、こちらへと振り返った彼と目が合う。その目は、冬よりも低いけれどまだまだ高くて青い空を見上げた。

「その先輩が、まだ在籍しているといいけど」

どこか含みのある笑みを口元に浮かべた彼は、また前を向いて歩みを進める。在籍という言葉に、そういえばと冷や汗が出そうになった。彼は一体、あの時何年生だったのだろう。果たして、彼に出会うことは出来るのだろうか。含みのある言い方をする彼に聞けば答えを知れそうな気がして口を開いたけれど、やっぱりやめた。これはれっきとした、理想の生活への妨害だ。彼の思い通りにはならないと、白線を飛び越えて彼を追い越した。

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乖離 城崎 @kaito8

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