「終幕2」
「御子は火に包まれた稲城の中でお生まれになりました。
ですから、
だから、私も毅然とした態度を貫く。
「母なくして、一体この子をどうして育てればよいのだ。」
「乳母をつけ、湯に入れる役を決め、お育てするのが良いでしょう。」
私は決めた。
もう、彼のもとには帰れない。
帰らない。
それでも
これほど離れているのに、目の前に彼がいるかのような力強い瞳が。
だがそれは
男として、そして1人の人としての、瞳だ。
「では私は、誰を愛せば良い?
お前を永遠に愛すると決めたのにっ!!」
卑怯だと思った。
ずっと子どもを出汁にして私を連れ出そうとしていたというのに、何を今更、と。
もし、もっと早くこの言葉を聞いていたら、私は揺らいでしまっていたかもしれない。
だが今は、炎と、高い
彼の元に行きたい私の心を、喉から今にも飛び出そうとする愛の言葉を、断ち切ってくれる。
私は決意していた言葉を、述べた。
「
彼女たちには、昔会ったことがある。
素直で忠誠心が強く、両親の言うこともよく聞く、穏やかで優しい姫たちだった。
「このお二人は、忠誠心の強い方です。」
私とは違う。
こんな醜い姿になってまで、天皇の思いを裏切る私とは、違う。
天皇の妻としてのおこないを、きちんと知り、きちんと努めていける2人だ。
「お妃にお迎えなさいませ。」
私は全てを押し隠して、そう言った。
私にはその時未来が見えた。
その2人が子をもうけ、次の国を導いていくことを。
天皇の手に、立派な、そして生命力の強い御子が抱かれる日を。
私はもう、彼の国に必要ない。
ふと、母を思い出した。
彼女もこうして、全ての思いを隠していたのだろうかと。
彼女もまた、人の子だったのであろうか、と。
天皇はしばらく俯いておられた。
雪がひどくなってきた。
早く戻られなければ、風邪を召されてしまう。
「分かった。」
目があう。
その頬は濡れていた。
天皇たるものが涙などそうたやすく流してはならないのに。
反逆者に涙するなど、認められるはずがないのに。
「さらば、美しき春の姫。」
彼が突然勝気に笑ったから、私はうろたえてしまう。
「だが案ずるな!」
その姿は、あの春の日と何も変わっていなかった。
武装に固められようと、たとえ雪景色でも、彼の周りには桜が舞っていた。
命漲る、春の帝。
(私の・・・
「私は約束はたがわぬ!」
いけないと思っているのに、足元がぐらつく。
まるで魂がこの身体から今にも抜け出して、彼のもとに飛んで行ってしまいそうだ。
「もう一度言う!」
彼は剣をしまい、背筋を伸ばして、私を見、勝気な笑顔で言った。
吹雪に負けぬ声で。
「永遠に愛すると誓おう。
どんな時も、
誰よりも、
たとえ互いに命果てようとも。」
そして私に背中を向け、陣へと戻って行かれた。
馬の足跡はすぐに雪に埋もれ見えなくなり、彼の背中も白に溶け込んでしまった。
そして炎が私と天皇の間に激しく燃え上がる。
私はその場に座り込む。
気にした兵士が、防寒用に用意していたのであろう布を恐る恐る掛けてくれる。
しかしそうもしていられない。
彼も決めた。
決めたのだ。
今までずっと迷っていた彼が決めたのだ。
だから、稲城を焼く炎の勢いが今までとは比べ物にならないほど強くなった。
私は震える体を叱咤し、櫓を降りる。
兄に伝えねばならない。
時が来た、と。
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