事実は小説よりも奇なり
「まぁ1年くらい桜が咲かなくても良いじゃぁないか!」
早紀は窓の外、中庭を見て明るく言った。
「鈴が言っていたみたいに、彼等にも彼等の生き方がある。
入学式に咲けだなんて、まぁ人間様のおしつけだわな。」
その言葉は新鮮だった。
ソメイヨシノは人の手で作られた木だ。
多くを背負わせ、利用してきた木。
そして彼らは草木として生きると誰もが思い込んでいる。
その全てが押し付けだとしたら。
彼らの思いは、いつ、どこに消されたのだろう。
まるで一斉に散る花吹雪のように、それは失われたのではないか。
「いや、何を非科学的な。」
思わず口走ると、早紀が口の端をあげた。
「忘れるなよ、沙穂。
事実は小説よりも奇なりという言葉がある。
まだこの世の中に科学でも証明できないことが溢れている。
その1つがこの佐保で目に見える形をとったに過ぎない。」
博識な早紀の、知的な瞳がきらりと光る。
正にその通り過ぎて返す言葉もない。
「なーんてな!」
これだから彼女の作品は面白いのだ、と思う。
あはは、と笑いながら階段を上る膝下スカートを追いかけようとして、窓の外に見えた人影にはっと窓に駆け寄る。
抱えた紙が風に煽られて、数枚散った。
「沙穂、どうした?」
早紀が戻ってきて一緒に窓の外を覗く。
「・・・兄貴先生だ。」
その呟きに早紀も目を瞬かせる。
「本当だ。
一緒にいるのは生物部?
あれ、緑スリッパって1年だよね。
1年生の部員なんていた?」
私は見覚えのある横顔に首を振る。
既知の様に親しげに話す2人。
兄貴先生は、1年生の授業なんて持っていなかった。
部活顧問も生物部だけだったはずだ。
「違う、彼は・・・」
考えている時間はない。
あの2人は、何か知っているに違いないのだ。
「ごめん!
終わったらすぐいくから!!」
私は持っていた紙束を早紀の持つ紙束の上に無理矢理積んだ。
「おっとっと了解!」
早紀の返事は階段を駆け下りながら聞く。
急げ急げと気持ちは逸る。
脱げかけるスリッパに顔をしかめながら、私は最後の3段を飛び降りた。
そのまま明るい渡り廊下へ走りでる。
中庭にはプラトンとアリストテレスが池の中で議論を続けていた。
つまり銅像以外に人は居ない。
(さっきまでいたのにっ!)
渡り廊下を挟んで中庭と反対側には西門がある。
振り返るとゆっくりと並んで歩く見慣れたーーだが並んでいるのはひどく新鮮な2人の背中が見えた。
どきりと心臓が激しく脈打った。
ごくりと唾を飲んでから、2人の後を足早に追う。
「じゃあ予定通り明日の夜ーー」
兄貴先生が静かにそう言って、それから私に気づいて振り返り、破顔して手をあげる。
その様子が夢で見た、
「あっ先輩。」
杉本くんが続いて私に気づき声をかけた。
私は身体が自由になったような気がして、2人の側に歩み寄る。
「先輩も、明日の夜空けておいてくださいね。」
当然のように杉本くんが言って、兄貴先生が頷く。
「・・・あの・・・」
2人を代わる代わる見る。
聞きたいことは沢山あった。
でもどれも、言葉にならない。
それは私が現実と非現実の間で揺れているからか。
狭穂姫に感化されたからか。
「じゃあな、染井。」
兄貴先生は右手を軽く上げて、花の咲かない桜並木を下っていってしまった。
まるで咲いているかのように、その枝を見上げながら。
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