中央
「こっち、コピー終わったよ。」
かけられた早紀の声に私も手元の紙束を揃えた。
「じゃあ上に行こっか。」
私達が抱える紙束は、文芸誌4月号だ。
これからクラス数である30冊分組んで、ホッチキスで止める。
文芸部は当然部室なんてもっていないので、作業はいつも空き教室で行う。
今回は今日まで遥が所属する2年10組だ。
遥は教室の鍵を借りて先に上がり、印刷が済んだ分を組んでいるはずだ。
古びた階段をのんびり上がる。
所々ひび割れが見える壁。
歴史のある分、このご時世にありながら耐震性という面では危険と隣り合わせだ。
「でも真面目って顔に書いてあるみたいな沙穂が出されたお題を見送るなんて珍しいね。」
早紀がこちらを振り返って茶化すように言った。
かく言う早紀も真面目を体現したような人で、膝下のスカートがひらりと揺れる。
当校、自由な校風で校則はない。
それでもスカート丈が膝下である我々は、性分としか言い様がない。
4月号に載せようと春休みの始めから書きはじめていた原稿は読み返す程度で完成だったが、問題は学食で部長である遥が宣言した「桜」を題とするテーマ小説だった。
こちらは咲かないソメイヨシノで頭がいっぱいなだけに筆が進まず、日付をまたいで悩みつづけたが結局今回は見送ることとしたのだ。
出されたお題には全て取り組んできた私としては、苦渋の決断である。
「うん。」
部員は皆、咲いた桜、咲かない桜、散った桜、様々を書いた。
未提出は今回、私だけだ。
「てっきり咲かない桜をテーマに書くのかと思ったよ。」
「それが
暗い気持ちが表情に表れたのだろう。
両手が塞がっている早紀は膝で私の脇を軽く突いた。
「ま、そういう時もあるさ!
沙穂は真面目だからさ、なんでも考えすぎちゃうんだよな。」
明るくそう励ましてくれる様子に、笑顔を浮かべて頷いてみせる。
でも明日は始業式。
そして明後日は入学式、つまりタイムリミットだ。
咲かない理由はソメイヨシノの意志で、いつかは咲くつもりはあるということだけは分かっている。
だが、こちらとしては入学式に咲いてくれねば困るのだ。
(桜咲いたら一年生だっていうのに。)
その常識を覆す入学式は避けたい。
昨日ソメイヨシノに触れた時、狭穂姫は彼らから穏やかな、だが固い決意が流れ込んできたと言っていた。
ーまるで私が慰められたように感じたのです。
大丈夫、必ず咲くから、と。
佐保姫が言っていた意味が分かりました。
彼らは、何かを心に決めている。
・・・私が何か、深く関係するかもしれない。ー
そう言う狭穂姫は酷く辛そうな表情をしていた。
私も彼女の予想が正しいように思う。
今年の佐保は、不思議だ。
普通ではあり得ない事が溢れている。 その中央に間違いなく、私達サホが居るのだ。
ー
佐保姫の歌うような言葉を思い返す。
今ここには、橘先生も、杉本君もいる。
そして、兄貴先生がいた場所でもある。
さらに言えば、狭穂姫の悲劇の地である。
全ては偶然だ。
人にも科学でも分からないような何か意思が働いたのか、偶然これだけのものが揃った。
ー自然は
草も木も獣も、何かに固執することなく、あるがままに生き、時が来れば死ぬ。
ですが、人間は違いますね。
様々な人の為、目的の為に生き、そして死ぬ。ー
ソメイヨシノが、狭穂姫のために何かをしようとしている可能性がある。
だがそれは、私にはとてもじゃないが見当もつかない。
というのも、昔からこの佐保にある者が狭穂姫のために働くのは納得がいくのだ。
佐保の
だがソメイヨシノは江戸時代に作り出された桜、生前の狭穂姫とは一切縁がない。
(その上、草木はあるがままに生きると佐保姫も言っていたし・・・)
ソメイヨシノが春に咲くという
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