涙の二人
佐保姫と別れて、私は佐保高校へ行くことにした。
ふと近くの桜の木の下で誰かが佇んでいるのが見えた。
満開のそれは、ヤマザクラだ。
自然と涙が溢れる。
桜涙病なのだ、仕方がない。
だが遠目かつ涙で霞んだ視界でも、その人が誰かすぐにわかった。
声を掛けられるくらい近づいてから、私は涙を拭い、小さく手を振った。
「杉本君、どうして・・・。」
その先は言葉にならなかった。
彼はじっと俯きながら片手に持った本を読んでいる。
さらりと風に揺れる短髪に、桜の花弁が舞い降りる。
通った鼻、詰襟から伸びるすらりとした首筋、意外とがっちりとした肩。
以前見たのと同じく、男性らしく節張ってはいるものの、細く長い指がページをめくる。
静かに涙を流しながら、読んでいる姿は不思議とどきりとするほど、美しかった。
彼はゆっくりと顔を上げ、指先で涙を拭った。
「ああ先輩。」
少し掠れた声は、泣いているからか。
「杉本君どうして・・・ここに?」
さっき失った言葉の先を紡ぐ。
私の声も少し掠れていた。
「僕の家、この近くなんですよ。
先輩の姿が見えたから、ちょっと待っていたんです。」
彼がいつも通り穏やかに微笑む。
ころりと涙の雫が頬を滑った。
その言葉にどきりとする。
まさか佐保姫神社での一連のことを見られたんじゃないだろうかと、冷や汗が背中を伝う。
「ええっと、」
「学校、行くんですよね。」
いつからいたのか、何か見たのか、聞こうとしたけれど、杉本君の問いかけに私の言葉は消えてしまった。
「え?・・・うん。」
格好悪いと思いながら、私は一応そっぽを向いて、鼻を啜った。
「一緒に行きませんか?
僕も今から行くところなんです。」
唐突なお誘いではあるが、行先は一緒なのだ。
断る理由もない。
「うん、そうだね、そうしよう。」
傍から見たら涙を流している高校生の男女だなんて、なんだか変なペアだと思われるに違いない。
だが幸い朝早いためか、そんな私たちを見止める人はいなかったし、桜から遠のけば涙も止まり、いつも通りの二人に戻った。
「本当に厄介ですね、
杉本君が鼻の頭を掻いて、少し恥ずかしそうにしている。
不覚にも可愛いな、と思ってしまった。
「そうだね。
でも私は来年でおしまい!
杉本君は更にもう一年あるね。
頑張りたまえよ。」
ぽん、と彼の肩を軽く叩いた時、心臓が小さく音をたてた。
立ち止まってしまった私を不思議そうに杉本君が振り返る。
「どうかしましたか。」
「ううん、なんでも。」
慌てて彼の隣まで歩みを進める。
心臓が高鳴る、というのが正しいのだろうか。
懐かしい思いと、嬉しさが綯交ぜになった不思議な感情が胸を支配する。
「でも、来年も続くとは限りませんよ。」
「え?」
自分の気持ちにばかり考えが行っていた私は、かけられた言葉の意味を理解できずに立ち止まった。
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