気づき
離任式から土日を挟んだ月曜日、今日は4月1日エイプリルフール。
朝起きてノートに書き留めるのが習慣になりつつある。
今日見た夢は「都」というタイトルで書き始めた。
それにしても、詳細な地名が出てきて少し戸惑う。
「佐保」が出てきた時は、佐保高校に通っているからそんな夢を見たのだと思っていたのだが、今度は「
「纏向」は何年か前に遺跡が発掘された地域場所であったはずだ。
ニュースになっていた記憶がある。
「磯城」郡といえば川西町、三宅町、田原本町の3町からなる郡である。
いずれも奈良県内だ。
少し考えてから、やはり気になるので改めてインターネットで検索する。
「
第11代垂仁天皇の宮跡らしい。
「
3世紀後半から4世紀前半のころの都らしい。
桜井市と言えば邪馬台国の候補地だの、山の辺の道だの、古代ロマンの地であることは確かだ。
だがこの現代では、過疎化の進む田舎でしかない。
とはいえ奈良県内どこも似たり寄ったりの市町村が多いのもまた事実ではある。
法律だの条例だのがあるため高い建物も立てられず、どこを掘り返しても遺跡が出かねない当県は、それはもう、発展しづらい。
ただでさえ県庁所在地周辺は鹿と大仏が治める広大な奈良公園なのだ。
県外就業率が全国1位だの2位だのであるのも、致し方ないだろう。
かく言う私も大学からは県外を希望している。
当然といえば当然の流れだ。
佐保高校が高い偏差値を保っているのも、県外の有名大学に通学しやすい立地故である。
通える場所に大学がなければ、片田舎の奈良県のしがない公立がここまで奮闘するはずがない。
そこでふと、前回のノートを繰ってみる。
(嘘・・・。)
てっきり自分の妄想だと思っていただけに、ヒットした時の衝撃が大きい。
古事記や日本書紀に登場するらしく、日子坐王、つまり開化天皇皇子の妃で、子に
読みにくい名前ばかりで頭がいたくなる。
これ以上の詳細はよくわからないが、何より
私も毎日通学途中に近鉄橿原線の車窓から眺めている。
水の張った堀の中にこんもりと緑生い茂る
沙穂姫に話を戻すが、彼女について調べると必ず
兄である彼と共に、天皇に対して反乱を起こしたらしい。
となると、夢で出てきた
この名前を調べると予想通り
しかもこの反乱、最後は
これも夢の内容と一致する。
流石に背筋が寒くなってきた。
紛れもない、彼女の夢を見ていたことになる。
「ちょっと、時間いいの?
部活じゃなかった?」
母の声に我に返る。
時計を見ると7時を回っている。
春休みだからのんびりと9時スタートだが、家をあと30分以内に出なければいくら走っても間に合わない。
なにせ奈良の田舎は電車の本数が少ないのだ。
たとえ部員数がたったの2人だとしても、遅刻は許されない。
「よくない!」
慌てて叫んでシャーペンを筆箱に入れて鞄に入れる。
ノートも少し迷った末、鞄に入れた。
結局調べていたから時間があるときに夢の内容を書き留めておかないとせっかくなのに忘れてしまう。
そうは思いつつも、どこか気持ち悪さも否めない。
私は正直歴史に疎い。
古典の授業も夢見半分に聞いていて、テスト前に慌てているのが常。
本だってミステリーやSF、近代までは読むが、時代小説はからきしだ。
そんな私が、夢で見たような内容を知っているはずがない。
ではなぜ、こんな夢を見たのか。
ふと、今年咲いていない桜のことを思い出す。
あれから3日経ったからといって、咲き始めているとは思い難い。
(両者に何か関係があるのだろうか・・・いや、そんなはずはない。)
そう心の中で独り言を言ってから、これは古典で習った反語表現だ、と気付き何となく気分が落ち込んだ。
「ごめん遅れた!」
「あ、おはよ。」
机の上に広げた資料を眺める部長が振り返る。
「どうしたの、今年は桜も咲いていないのに。」
今日は春だというのにカーテンが開いている。
それもそうだ、私が見たくない桜の花が、今年は咲いていないのだ。
締め切る必要もない。
それがどこか新鮮ではある。
にやにや笑いながら皮肉を言う部長に頭をもう一度下げる。
「ごめんなさい。」
「まぁいいけどね。
2人だけだし。」
3人いた先輩方が卒業すると、部はすっかり寂しくなってしまった。
水の音が響く生物室も余計に広く感じる。
「でも珍しいよね、沙穂ちゃんの遅刻。」
「うん。」
自分でいうのもなんだが、余裕は見ておくタイプなので遅刻は基本的にはしない。
その余裕がなくなるときというのは、自分の好奇心に勝てない時だ。
時間を忘れて何かに没頭したとき、私は遅刻する。
前に部活に遅刻したときは確か1年の時。
江戸川乱歩を電車で読んでいて、降り過ごした。
言い訳ではないが、江戸川乱歩は神懸かっていると思う。
作品を読んでいる途中で止められないのだ。
頭の中に映像をぶち込んでくるその腕力に、抗えなくなってしまう。
それこそ目ん玉かっぴらいて、次の文字を必死に追ってしまう。
しかも中毒性があって、例え短編集であっても1話読み終わっても次の話をすぐに読み始めてしまう。
だからその本1冊読み終わって以来、彼の作品は読んでいない。
あれは危険だ、生活を破壊する、麻薬だ。
私は荷物を空いた椅子に乗せ、少し迷ってから口を開いた。
「変な夢、見るんだ。」
「夢?
グループ研究のヒントになりそうなやつ?」
「ごめん、違う。
何か、古事記とか、日本書紀とか、そういう系。」
「え、何それ。
沙穂ちゃんそういうの好きだったっけ?」
部長が驚くのも無理はない。
私は超がつくほどの理系であることは友達の会田でも有名で、文理分け万歳の人間である。
「そんなわけない、そんなわけない。
むしろ苦手。」
「だよね。」
部長は声をあげて笑った。
本当に、私がそんな夢を見るなんて笑ってしまうくらいの話なのだ。
「じゃあなんでだろうね。
歴史番組見たとか?」
「見ないよそんなの。」
「本読んだとか?」
「読むわけない。」
「だよね。」
部長はまた笑った。
「他人事だから笑っていられるんだよ。
毎日寝るたびに同じ設定の夢ばっかり見るの、なんだか気持ち悪いんだから。」
「そう?
何かレアな体験じゃない。
文芸部で書いてみたら?」
私が締め切りに追われている姿をよく見ている彼女の発想は、私が初めて夢を見た日と同じ。
だがこれが当事者になると、回を重ねると話が変わってくる。
そんな私の気持ちが表情に現れたのか、部長はごめんごめん、と謝った。
それから窓の外を見て、ぽん、と手を叩いた。
「もしかして咲かない桜と関係あったりして!
って、そんなわけないか。」
私と部長は仲がいい。
考えが似ていることが多いのだ、気楽だし、言葉足らずでも通じることが多い。
「あ、これテストで出るやつ、反語だ反語!
ね、沙穂ちゃん!」
私を励ますつもりで明るく一人芝居をしているのだろうが。
「ありがとう部長。
残念ながらその台本は既に、朝から自分で一通りやっているよ。」
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