「最期」
桜に包まれながら、私は目を閉じる。
兄はもう逝ったようだ。
これで全てが終わる。
涙が溢れた。
心が苦しい。
炎で焼かれているかのような、激しい痛みが心を襲う。
もう兄はこの世にいない。
もう誰にも私の声は届きはしない。
どれほど助けを求めようと。
どれほど我が運命を呪おうと。
「私はこんなところで・・・死にたく、な、かった!」
かすれた声しか出ない。
本当はこの佐保全土にわたるほど大きな声で叫びたいのに。
悔しくて涙が溢れる。
でも、誰も聞いていないからこそ叫べるのだ。
もう誰も、私の言葉で傷つけることはない。
私の固執が、滅びを呼ぶこともない。
誰も、これほど近くにいた兄でさえも最期まで私を佐保の
心の底から何よりも佐保を愛し、佐保の為に生き、そして佐保に殉じると信じて疑わなかった。
全てが焼き尽くされんとする今、彼らにこの心の底に押し隠した裏切りを知られることはない。
真の望みを知られることは、もうないのだ。
私は噛み締めた唇を解く。
血が口内に入り、生暖かい鉄の味が広がる。
私の命が叫ぶのだ。
「私は、生き、たい!!!!」
桜が咲き誇る。
満開だ。
美しい、匂い立つような絶景。
だがその絶景が私の心をなおも焼き尽くす。
「桜が見たい!!
私は、生きて、佐保の桜が見たい!!!」
桜に手を伸ばすも、それは届くことのない、幻。
その向こうに、愛した男の背中が見えた気がした。
豊かでしなやかな、緑の黒髪と、凛とした力強い背中が。
共に桜を見たいと心の底から願う男の背中が。
「待って!!!」
どうして私はただの一度も伝えなかったのだろう。
あの人が何度も囁いてくれた言葉を。
「私は貴男と、生きたい、生きて、桜を見たい!
そして、
手放してはならない、手放したくないと、強く思った。
自分の魂を、この身体を、この佐保を、決して離したくないと震える手で床に爪を立てる。
剥がれた爪から血が伝い、床に赤い染みをつくる。
この血のように戻らない事があると、私は知っている。
匕首を手にしたあの日、全ては失われたのだ。
一度流れ落ちたものは、戻ることはない。
私の命も、当然の事。
この炎の桜に包まれて、私は還るべきである。
わかっている。
わかっているのだ。
だが、それでも、望まずにはいられない。
否、そんな生易しいものではない。
渇望だ。
歯を食いしばり、地に爪を立て、醜い短髪の頭を振り乱し、定めに抗う、
(それでも私は、私は・・・!)
「
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