4月8日
「舞い降りる」
(これが本当に最後。)
私は腕の中の子を抱きしめる。
ふにゃふにゃとしたその温もりは身じろぎをして淡く笑った。
これが最後だと
だからここまで周到に準備したのだ。
お互いに。
老爺に伝えさせた言葉の通り、
予想通り、大軍を率いてだ。
日は傾き、もうすぐ空も焼ける事だろう。
煙の臭いが身体にしみついている。
辺りにも煙の臭いが満ち、だからこそ真冬であっても温かい。
炎は神聖で、優しく、そして無慈悲である。
「姫。」
老爺兵のすがるような視線に微笑む。
「大丈夫、心配いりません。」
私はここから逃げたりしない。
最後まで、佐保と共にいると決めたのだ。
どれ程心の奥が疼こうと、もう、2度と逃げない。
「開門!」
最後の瞬間だ。
腕の中の温もりは眠っている。
どうかこのまま、全てが終わるまで眠っていてくれたらと、強く思う。
最後になるこの抱擁に名残など生まれてはならないのだ。
(この子にも、私にも。)
私は城の外に出る。
目の前の
その姿は圧巻だ。
この国を1つにまとめあげる力。
地方の佐保の様な自然とともに生きる里を淘汰し、人間としての力でこれからの国を作り上げると決めた民。
(私は失われる佐保。
だが私は、怯んではならない。)
空からふわりと白いものが降ってきて、まさか、と思う。
それが幼い子の頬につき、溶けたため、桜の花びらではなく雪なのだと気づき、少しだけ落胆する。
こんな寒い冬に、桜など咲くはずはないのに、私は最後にこの佐保の桜を見たいと、そして我が子に見せてやりたいと思ってしまった。
死を覚悟しなければならないというのに、私はまだ、未練を抱えている。
(だめだ、この先捕らえられない為には、固い決意が必要なのだ。)
私は目を瞑り、深呼吸をする。
そして再び目を開け、正面を睨みつける。
手をかざすと、私の前の炎が小さくなった。
その中を、我が子を抱えて歩く。
パチパチと爆ぜる炎は、熱く、熱く、温かい。
手の中のぬくもりのようだ。
そして大軍に恐れたと思われぬよう、胸を張り、しっかりとした足取りで、歩み出る。
そして私は、胸にありったけの息を吸い込む。
軍の奥にいる、矢の届かぬほど向こうにいる、天皇にまで届くように。
「もしこの御子を天皇の御子と思召すなら、お引き取りください。」
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