学食にて


「きつねうどんください。」


 力なく食堂のカウンターで食券を出す。

 あまり食欲はあまりないが、食堂は2時に締まる。

 3食きっちり食べることがモットーの私は、食欲が出るのを待つのはあきらめて、食べやすそうなうどんを選ぶ。

 今日の夢ももちろんあの沙穂姫のもので、どこか雲行きが怪しかった。

 実はそれを少し引き摺っていたりする。


「日替わり定食くださーい。」


 その横でウキウキと食券をだす鈴。

 食堂で部活途中の彼女に会ったのは偶然だ。


「テンション高いね。」


「お昼だからね!

 しかも今日の日替わり定食、オムライスやし!」


 きらきらと目を輝かせてプレートにスプーンをのせ、お茶を入れる姿に、思わず苦笑する。

 新年度に向けて職員会議が続いているらしく、残念なことに橘先生は夕方まで捕まらない。

 昨日の野外調査フィールドワークのまとめを午前中から1人でしていたのだが、結果はなかなか興味深いものだった。

 だが残念なことに、行き詰ってはいる。


「ね、鈴。

 生物部入らない?」


「唐突やね、私パス。

 今入っている部活だけでも忙しいし。

 今日も新入生歓迎会の練習してたんだから。」


 鈴は琴部とESS、それに料理部を兼部している。

 部活の数の多い佐保高では兼部は当たり前で、3つの部活を兼部している鈴は文化部としては平均といったところだ。


「どうしよっかなぁ。」


 私は頭を掻いた。


「何が?」


「教頭先生から生物部に、桜を咲かせるようにって依頼があったの。

 生物部は今年部員数2人でしょ、部活運営費削減必至なわけ。

 で、桜が咲いたら総務に掛け合ってくれるっていうの。」


「あーら、足元見られちゃったわけだ。」


「そういうこと。

 でもなかなか難しくてさ。」


「精一杯やって、咲かないなら咲かないで仕方ないやん。

 沙穂のせいじゃないし。

 マイケルのご飯がなくなるのはかわいそうだけど、新しい生物部の、橘先生だっけ?

 ポケットマネーでなんとかしはるでしょ。」


 そこで食堂のおばちゃんが笑顔できつねうどんと日替わり定食をプレートに乗せてくれる。


「ありがとうございます!」


 嬉しそうに席にプレートを運んでいく鈴は、あ、と声をあげて振返った。


「ご飯、おいしく食べないと罰当たるよ。」


 彼女の言うとおりだ。

 きつねうどんに罪はない。

 もやもやを吐き出すようにため息をつくと、笑顔を作っておばちゃんにお礼を言った。

 鈴の後をついてプレートを運び、彼女の向かいに腰かける。


「いっただっきまーす!」


「いただきます。」


 やはりどんなことがあってもご飯はおいしいものだ。

 食べ始めればお腹は空き始め、2人とも無意識に無言になる。


 こつん。


 スプーンがプラスチックのお皿にぶつかって音を立てた。


「にしても、やっぱり桜が咲かないのって寂しいもんだね。」


 やっとお腹が落ち着いて、鈴は話す余裕ができたようだ。

 私は癖で窓に向かって背中を向けて座っているが、鈴はちょうど窓が見えており、例年であれば盛りの桜が見られるはずなのだ。


「うん。」


 私にしたらうっとおしいことこの上ない桜だが、咲かないとなるとやはり寂しい。


「だって、今年咲かないっていことは、来年も咲かないっていうことだよね?」


「そうかもしれないね。」


「温暖化の影響とか?

 ほら、桜って冬寒くないと咲かないし。」


「その可能性も考えてみた。

 でもまだそこまで影響は出ていないよ。

 あと100年くらいは大丈夫じゃないかな。」


「じゃあ冬眠から目覚めていないとか。」


「それもちょっと考えてはみたの。

 植物だと休眠って言うんだ。

 環境に適さない時期に成長を止めることで、ちょうど冬に枯木立になってしまうみたいなこと。」


「ちょうど今の桜みたいに?」


「そう。

 でもさっき言っていたみたいに、この休眠から目覚めるには、春になって暖かくなるのと同じくらい、冬の寒さの中に置かれることも大切で、そのあたりは共に今年もクリアできている。

 ちなみに夏の日照時間も花の付きに影響するんだけど、そっちもオーケー。」


「うーん、じゃあ土をなんかいじったとか?

 ほら、下手に追肥したとかさ。」


「朝から教頭先生に会ったから聞いてみたけど、何もしていないって。

 それに校内だけならまだしも、佐保一帯の土を変化させるってかなりだよ。」


 そっかぁ、と言いながら鈴はオムライスの残りを口に運ぶ。

 彼女の思いつく理由は尽きたらしい。

 残念だ。


「専門家じゃないと流石に無理なんじゃない?

 本当になんで佐保なんやろう。

 ひどい。」


 毎年校内で花見をするのを楽しみにしている鈴は私以上にショックだろう。


「でも・・・。」


 鈴はそこで少し考え込んでから、食堂前の桜を見つめて口を開いた。


「咲かない・・・それを樹が自らの意思で選んでいたとしたら?」

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