救い難いおバカ姉弟の話

ユメしばい

異世界転移病

 ここに救い難いバカ姉弟が二人いる。


 弟は現在、この世界ではもっともポピュラーな病気、異世界転移病というものにかかっており、姉は、発症から三年後に異世界に転移してしまうという、なにかしらの抗い難き強制力をもった病を患った弟の看病を毎日続けている、というシーンからこの物語は始まる。


 そしてその弟は、今日で三年目を迎え、この世界と今生の別れをはたして、異世界へと旅立つ。


 ある病院での一室で。


「ねえ、お姉ちゃん……」


「なあに、たっちゃん」


「いよいよ、今日、だね……」


 なぜこいつは虫の息なのか。健康体そのものなのに。


 姉の長閑のどかは、リンゴを剥く手を止め、突然わっと泣きはじめ、


「たっちゃんが……私の愛しいたっちゃんが……いなくなっちゃうなんてっ……お姉ちゃんこれからどう生きていけば……」


 と言ってまた大声で泣きはじめる。ハッキリ言って隣の病室に迷惑だ。

 そして弟は、病状とはまったく関係のない咳を繰り返し、


「お姉ちゃん、僕のことは心配ないよ……異世界に行っても、頑張る……ごほっごほっ」


 先ほどの繰り返しになるが、こいつは健康体そのものである。その場にいたらはっ倒したくなること間違いなしだ。


「たっちゃん!」


 長閑は動揺した様子ですぐさまナースコールを押し、


「誰か先生を、今すぐ先生を呼んで!」


 でナースと共に先生がやってきた。

 先生の面を見れば一目瞭然だが、相当うっとおしそうにしている。


「またですか、今度はどうしたんです?」


「たっちゃんがいきなり咳き込みだして」


 先生は深い溜息を吐き、


「この子の健康状態は至って正常ですと何度も言ってるじゃないですか。こっちも忙しいんでいい加減そういうのやめてもらえませんか」


 そうだもっと言ってやれ先生。てかなんで入院させた? どんだけ心広いんだあんた。医者の鑑か。


「健康な子が突然咳き込むわけないじゃありませんか! それに……あ、先生、これ!」


 弟の体にうっすらと光の膜が形成される。


「もうすぐ転移がはじまりますね。やっとですか。これでひとつベッドに空きが出る」


 長い間お疲れ様でした先生。こんなバカ姉弟のために。


「先生、弟はこのあとどうなるのでしょうか!」


 だからどうもならんて。


「異世界に転移するだけです。我々はもう行きますので、終わったら呼んでください」


 弟がふたたび咳を繰り返す。


「こんなに咳き込んでるのに見捨てるなんてあまりにも無責任じゃありませんか!」


「健康状態は問題ないって言ってるじゃないですか。おとなしく転移を見守ってあげてくださいよ」


「さ、最低の病院ね……わかったわ、もう頼まない……出てって、ここから出てって頂戴!」


 もう先生ブチギレていいッスよ。遠慮せんとぶちかましたってください。


「はいはい、ではお大事に」


 先生は大人である。私ならとっくにブチギレているところだ。


 静まりかえった病室で長閑は、光を帯びた弟の手を握り、


「まったくひどい先生だわ。三年もこの病院にかかるんじゃなかったわ、ねえ、たっちゃん」


 先生やっぱぶちかましたって!


「フフフ、でも1日もかかさず先生とさっきみたいなバトル繰り広げてたよね、お姉ちゃん」


 バカか。


「そうね……今思い返せばいい戦いだった。なんだか憎めないのよね、あの先生」


 先生に代ってどついたろか。


 小さな個室にささやかな笑い声が響き渡る。


 だめだ、アホすぎるわこいつら。


「たっちゃん、向こうにいったら何がしたい?」


「う~ん、やっぱり冒険かな。すごく強くなって、向こうのお姫様とか魔王を助けるんだ」


 絶対強くなれんて断言したるわ。てか倒してなんぼの魔王助けてどないすんねん。


「まぁ、立派ね! たっちゃんが勇者として暗躍する冒険の日々が目に浮かぶようだわ」


 暗躍する勇者なんか聞いたこともないわ。弟にどんな期待しとんねん。


「職業は何するか決めた?」


「うん、憧れのドワーフにしようと思って」


 ブウウウウウッてそれ職業ちゃうから。てかフツー人間かエルフ選択するやろ、誰が好き好んで髭もじゃになるねん。


「まぁ素敵! それで向こうお姫様を助けて結婚するのね!」


 絶対ムリやて。


「お姫様はもちろんエルフ。僕エルフと結婚するのが夢なんだ」


 エルフとドワーフめっちゃ犬猿の仲やぞお前! どう考えても釣り合うか! よしんば助けたとしても速攻で願い下げくらうわ!


「でも、行き先は決めれない。向こう側の世界がどんな世界かは、行ってみないとわからない。そう、これは、量子の不確定性原理の問題と似てるわ。この時空には、目に見えない数多の時空が存在し、並行した世界が様々な形で連面と形成されている。私、たっちゃんのことが心配だわ」


 脈絡意味不明やし、話飛んどるし、まったく不必要な説明や。

 てか、お前が思っとる以上にこの弟アホやのにそんなん言ったところでわかるわけないやろ。


「僕のことは大丈夫だよ、お姉ちゃん。僕は立派な勇者になって活躍してみせるよ」


 いーやお前は向こう行ったら絶対なんかやらかす。肝心なときに財布落とすとか。


 弟の体が徐々に透過度を増していく。


「そろそろ、みたいだね……」


 その言い方がムカつく。


「いやっ、たっちゃん、まだ行かないで!」


 お前も。


「寂しくなるね、でも行かなきゃ ……」


 言っとくけどお前の意志決定はそこにまったく介在してへんからな!


「でも安心してたっちゃん、私もたった今、異世界転移病に感染したわ」


 ブウウウウウッて感染するんかいやそれ、初めて聞いたぞ!


「ほんとうにい!」


「だから私も三年後、たっちゃんを追いかけてそっち行くわ」


 お前転移先ランダム言うとったやろが!


「よかったぁ。じゃあ三年後、向こうで記念パーティーを開かなきゃね」


 あ、やっぱぜっんぜん話聞いてなかったわこいつ。こういうやつめっちゃ嫌いや。


「ゴブリン語マスターしててね」


 ゴブリンあえて選ぶ意味って何い?


「うん、ドワーフの名に賭けて」


 ゴブリンめっちゃ敵やぞお前! て完全にドワーフなる気やし、アホかお前。


 こうして弟は、姉に看取られながら、無事、異世界へと転移した。


 そしてさらに三年後、長閑は弟と同じ病院で同じように三年間を過ごしたのち、晴れて異世界へと転移した。


「たっちゃゃゃん!」


「お姉ちゃゃゃん!」


 ゴブリン姉とドワーフ弟が、三年ぶりの再会をはたして抱き合うという構図は、絵師に頼んでも即刻断られるに違いないほど不気味であった。


 違う種族でなぜお互いがわかったのか、というツッコミはすでに無粋なのかもしれず、仲睦まじい二人がこうして再び出会えたことを祝福すべきではないか、と、散々文句をつけたにも関わらずそう思えてくるのだから、不思議なものである。


 作者の諸事情もあり、色々の説明や問題を抱えたまま、というかほったらかしたままの形で、このくだらない物語は終わるのだが、あとのことは、ご想像にお任せしたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

救い難いおバカ姉弟の話 ユメしばい @73689367

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ