第13話「ガラパゴス諸島とガラケー」

車は病院の駐車場に停められた。

車を降りるとㇺワっとした夏特有の湿気を帯びた熱気に包まれ、途端に次郎は顔を顰める。


「まだ五月だっていうのに、まるで真夏のようだよね。厭になる……」


柳匱もこの暑さには辟易しているようで、うんざりとした様子でため息を吐いた。

その時、柳匱は何か思い出したような素振りでスーツの内ポケットに手を突っ込んだ。


「そうそう。これを渡しておくよ。一応会社名義で契約しているから、多少の私用利用は構わないけど、節度を守ってね」


そう言って手渡されたものは、長方形のカードのような形状をしたものだった。

受け取ると思ったより重く、裏はメタリックなシルバーで表が真っ黒だった。


「何ですか、これは?」


見慣れないものを渡され、次郎は不思議そうな顔で柳匱を見ている。


「何ですかって、スマホだよ。スマートフォン!」


「す……まほ?」


言われても次郎にはこれがさっぱり分からない。

これに柳匱も驚いた様子で顎に手を当てて困惑している。


「ンー…もしかしてスマホの記憶も失ってるのかい?」


「よく分からないけど、そうなのかな。全然分からないし。つかこれ、何に使うんですか?」


「主に電話だよ」


すると次郎は合点がいったように目を輝かせた。


「あー、もしかしてケータイっすか?」


「そうそうそう!何だ知ってるじゃないの」


ようやく話がかみ合ったとばかりに柳匱はホッとした。


「いや、でも俺が知ってるケータイと全然形が違うから分からなかったんですよね」


「形が違う?」


次郎は頷く。


「はい。俺が知ってるのはもっと、こうパカパカってなってて、ボタンがある……」


「あぁ、つまりガラケーの事を言っているのだね。君は」


「が……がらけー?」


「うん。所説あるけど、正式にはガラパゴス携帯って言ってだね、語源はガラパゴス諸島で、このガラパゴス諸島は独自の進化を遂げた島だ。よってガラケーとは日本で独自の進化を遂げた携帯電話という認識になっているのだよ。君の知っているケータイは多分それだろう」


「へ…へぇ」


ちなみにその独自の進化とは、「ワンセグ」や「おサイフケータイ」等の機能の事だ。


「しかし君のような若いコがスマホを知らないとはねぇ」


柳匱は思案顔でブツブツ言っている。


「ねぇ、社長。これどうやって使うの?」


しかし次郎は見たこともない珍しい玩具を手に入れたように好奇心一杯の様子でスマホを見ている。


「あぁ、こうして手に持っただけで点灯するから、こう指先を画面に滑らせてごらん。後でロックの仕方は教えるから」


「うわわっ、マジ魔法みてぇ。これマジでケータイかよ?ねぇ、電話する時はどうすんですか?」


「後でそれも教えるよ。今は病院が先決だ。もうスマホは仕舞って。あ、ちゃんと電源オフにするんだよ」


「ちぇっ」


まだ遊んでいたかったらしい次郎は軽い舌打ちをして柳匱の背中を追いかけた。

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