第12話「辿れない記憶」

翌朝。

窓から降り注ぐ眩しい陽光に照らされ、次郎はゆっくりと伸びをして目覚めた。


「ふぁ~ぁ。もう朝かぁ。全然寝たって気がしねぇ……」


あの後、柳匱が帰ってから寝ようとしたのだが、どうも寝られず書棚にある本を読んでみたり、外の様子を眺めてみたりしているといつの間にか空が薄っすらと明るくなっていた。

その内、六時になると皐月が起きたのか、パタパタと階下を行き来する足音が聞こえ始めた。

その時、何故か次郎はその生活音にホッとした。

柳匱が言っていた他人の気配が落ち着くとはこういう事を言うのかと、その時ぼんやり思った。

一人きりではないという安堵感というのだろうか。

そこで次郎はその音を聞きながらようやく眠りにつく事が出来たのだ。


気付くと時刻は九時。

どうやら三時間くらいは寝たらしい。

布団を片付けて、バスルームへ向かう。

昨日は色々あって風呂にも入らなかったので、軽くシャワーで汚れを洗い流した。

脱衣場には新品のタオルや歯ブラシ等がきちんと収納されている。

それは皐月がいつ柳匱がふらりと帰って来てもいいように整えているからなのだが、今はそれを有難く使わせてもらった。


一通り支度を整えてから階下へと降りる。

昨日皆で食事をしたリビングに入るが、そこには皐月の姿はなく、キッチンへ行くと冷蔵庫に可愛らしい付箋メモが貼ってあるのを発見した。


「これは……」


そこには自分は学校へ行くという旨と、食事は冷蔵庫の中にあるという事。

そしてテーブルに家の鍵を置いてあるという事が書かれていた。


「あいつ、学生だったんだな」


女の子らしい丸文字を眺め、次郎は冷蔵庫開けてみる。

中にはサンドイッチとサラダがあった。

それらに感謝しつつ取り出し、コップにミルクを注いで少し遅い朝食を摂った。


そして何となくテーブルの上のリモコンを手に取り、テレビをつけてみた。

大型の画面の向こうは朝のワイドショーが流れており、芸人のスキャンダルなニュースを特集していた。


「あれ……この芸人、こんな年だっけか?」


その芸人の顔を見て、次郎の表情が変わった。

自分の記憶の中ではこの芸人はまだ新人で、大学を出たばかりなはずだ。

それがここに報道されている芸人はその記憶の中のものよりもっと年齢を重ねているように見えた。

それに決定的に違うのは彼が既婚者だという事だ。

報道はその芸人の不倫を扱っていた。


「何だよ……、何か変だな」


何だか怖くなった次郎はテレビをオフにした。

その時だった。

表のインターホンが鳴ったのは。


「おわわっ…だ…誰だよ。皐月もいないのに」


もし新聞か何かの勧誘だとしたらどう対応したらいいのかと考えながら次郎はモニタを覗いてみる。

そこには明るい笑顔の柳匱が手を振っている様子が映っていた。



               ◆◆◆◆◆◆


「おはよう。次郎くん。昨日は眠れたかい?」


「……まぁ、三時間くらいは」


揺れる車中。

柳匱の運転で昨日言われた通り、病院へ行く事になった。

柳匱の車はイタリアの高級車で、次郎は乗っているだけで緊張した。


「大丈夫かい?そこのコンビニで何か眠気覚ましでも買ってく?」


「あー、いえ。平気っす」


次郎は眠気を噛み殺しつつ、隣の柳匱をチラリと見た。


…………すげー、派手な服。


どこか高級ブランドのものなのだろうか。

柳匱は派手なスーツな柄物のシャツを纏っている。

その美貌も相まって、ホストの帝王のような恰好だと内心思った。


次郎はというと、昨日着ていたもの以外の服を持っていないので、昨日と同じ服装だ。


「後で君の着替えとかも買わないとね」


「え、別にいいですよ。当分は」


次郎の様子を察したのか、柳匱がそんな事を言ってきた。


「いやいや困るでしょ。遠慮はいらないよ。これからバリバリ働いて返してもらうから♡」


「………まじか」


そうこうしている間に、道の端に大きな白い建物が見えてきた。


「あれがこれから行く病院だよ。沖総合病院っていうんだ」


「……沖…」


そう言った途端、次郎の鼓動が強く脈打った。

何故だろう。何も辿る事の出来ない記憶。

だが今次郎の中で何かが動いた。

次郎は自分の手を強く握りしめた。


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