第10話「カレーライスで歓迎会」
「はい。次郎さん。盛り付けたお皿をテーブルに置いて下さいね」
「へぇへぇ」
ピンクにヒラヒラの付いたエプロン姿の皐月は山盛りに盛られたカレーライスの皿を次郎へと手渡す。
「おい、次郎。そっちの席は皐月に近い。お前はここで喰え」
それを見ていた同じくヒラヒラエプロン姿の太郎が不機嫌に顎先でキッチン付近の床を示した。
ムキムキマッチョな体躯に若奥様風のヒラヒラエプロンは害悪としか思えない組み合わせである。
「なっ…、んなとこで食えるかっ」
「そうですよ~。太郎さん。仲良くしてくださいね」
「ううっ」
皐月が無害な笑みで太郎にもカレーの皿を手渡す。
太郎はそれを受け取ると、顔を赤くしてそそくさとそれをリビングへ運んだ。
あれから柳匱と話し合って、しばらくの間、次郎は日常生活に慣れるまで皐月の家に居候する事になった。
皐月の現在の住まいは過去に柳匱と共に暮らした思い出の家だという。
現在柳匱はこの家を出て事務所近くのマンションに移っているらしい。
そういうわけで皐月と二人で暮らすという事になるのだが、次郎が借りるのは柳匱が書斎として使っていた二階の部屋で、中は小さなキッチンやバス、トイレ等が独立して入っている特殊な部屋だ。
だから夜はそこから出ないという約束で同居が決まった。
今日は初日という事で夕飯を太郎も交えた三人で作って一緒に食べようという事になった。
三人でスーパーで材料を買い出しし、あれこれ言い合いながら作るのは楽しかった。
驚いた事に皐月も太郎も料理の手際が良くてとても手慣れていた。
それに比べ、自分は何をするにも二人の指示を仰がないとどうしていいか分からない。
多分、自分は記憶を失う前は料理をしなかったのだろう。
こうして出来上がった料理はカレーライスとヨーグルトサラダ、ブロッコリーの冷製スープになった。
「じゃあいただきましょうか~」
皐月が並んだ料理を前にそう言った時だった。
表でインターホンが鳴った。
皐月はすぐに出ていく。
「おい、皐月。そう軽々と出ては……」
太郎が慌てた様子でその後を追ったが、すぐに畏まった様子の声が響いた。
「やぁ、次郎くん。元気にしてるかな?」
「社長?」
現れたのは手に大きな荷物を持った柳匱だった。
リビングで二人の様子を見ていた次郎は突然の客に目を見開いた。
「うん。君に引っ越し祝いをと思ってね」
そう言って出されたのは手にしていた大きな袋だ。
思わず受け取った次郎だが、それを見て驚く。
「布団…ですか?」
「そうそう。やっぱり新しいものを使った方がいいと思ってね」
袋の中は寝具の五点セットだった。
「わざわざ済みません」
「ううむ。いいのいいの。それよれ何か美味しそうな匂いがするね」
柳匱は鼻をヒクヒクさせた。
「あっ、柳匱さま。今れカレーをお持ちしますっ」
すぐに太郎がキッチへと走っていく。
「え、いいのかい?」
「はい~。今日は次郎さんの歓迎会なのですよ」
皐月が嬉しそうに次郎の方を見る。
「……いや、別に頼んてねーし」
そう言った瞬間脳天に衝撃が走った。
「いっ……っっっっっぅぅ。何だよっ」
涙目で振り返ると、そこにはお玉を持った太郎が立っている。
恐らくその手にしているお玉で殴ったのだろう。
「社長の前で無礼な口をきくな。皐月の前でもだ」
「へぇへぇ…ったく、何なんだよ」
コブになってないか頭を摩りつつ、次郎は太郎の隣に渋々座る。
そしてそれを合図に食事は始まった。
「うん。美味しいね」
スプーンを一口、柳匱は幸せそうに微笑む。
次郎も食べてみたが、カレーはとても優しい辛さで野菜も肉もトロトロで柔らかく美味しかった。
所々野菜の切り方が歪なものもあったが、それは次郎が切ったものだろう。
それすらも気にならないくらい、今夜皆で食べたカレーは美味しかった。
「本当に美味しいですね~。次郎さんが一生懸命にお手伝いしてくださったからですね」
「うぐをっ?べ…別に一生懸命になんてなってねーし」
皐月が満面の笑みを浮かべている。
急に居心地が悪くなった次郎はカレーを乱暴にかきこんで噎せた。
「ふっ。バカな奴」
太郎が薄く笑った。
「う……うるせーっ!」
すぐに笑いの花が咲いた。
記憶はまだ少しも戻りはしないが、それでも彼らのおかげで少しはその不安は和らいだ。
………俺は一体何者なんだろうな。
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