第9話「期待されない命」
「まさかお前が覇王を手に入れるとはなぁ。大番狂わせもあったものだ」
薄闇の中、ぼんやりと月明りに鈍く光るグラスを手にした男はフッと吐息を漏らした。
「はぁ……まぁ」
僕はどう反応していいかわからず、取りあえず曖昧な笑みを浮かべた。
男はそんな僕の様子を見ても大した気にする様子もなく、再びグラスの酒を煽る。
彼は言わば僕の「親」とも言える人物だ。
この全てのバカげた計画の立案者。
表の顔は内閣総理大臣として、日中は忙しくしているはずだが、その裏ではこんな恐ろしい計画を進めている。
だが僕には関係ない。
僕は最初から期待される事なく始末されるところだった「出来損ない」なのだから。
しかしそのレッテルが僕には有難かった。
それは何もしなくてもいいという事だからだ
僕たち「ノーネーム」はある計画の為に生み出された。
生後二週間を過ぎても「名前」を与えられなかった赤ん坊は「ノーネーム」となる。
普通はその時点で存在が消えるのだが、僕たちは特殊な方法で生を受けている為、消える事はない。
勿論、生後二週間以内に「名前」を与えられると、普通の人間としての人生を送る事も出来るのだが、僕たちはある「目的」の為に造られた。
それは「覇王」の名前を手に入れ、その「器」になる事。
「覇王」の名前は全ての名前の頂点に立つ最強の名前だ。
全てが思いのままになる最強の名前。
それを使って彼は何をしようとしているのだろうか。
僕には関係ない。
彼は僕を一瞥し、口元を歪ませた。
「まさかお前が手にする事になるとはなぁ。……全く。厄介なものだ」
「…………」
彼は心底忌々しいといった様子でため息を吐いた。
今、僕の身にはその「覇王」の名前が宿っている。計画は成功したはずだった。
だけど僕は「ノーネーム」ではなくなった。
よってその名前は簡単には剥がせなくなった。
あの日、僕は………のおかげで「ノーネーム」から「人」に戻れたのだ。
………が僕に「佐藤一郎」という名前をつけてくれたのだから。
嬉しかった。あの日の事はずっと忘れない。
だから僕は……。
「ふぅ。やはりお前は何を言っても手ごたえのない人形のままか。まぁいい。こちらで対処法を考えるまでは好きにしてろ」
男は立ち上がり、部屋を出て行った。
僕はそそくさと立ち上がり、短い出張を終えるべく荷造りを始めた。
早く帰りたかった。
そして婚約者の顔を見たかった。
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