第7話「その名に込められし力は…」
「それじゃあ、名無しくんの名前だけどねぇ……どうしようか?」
半ば意識を失ってぐったりとした少年を太郎が担ぐようにして運んでいる。
そして宮殿のような豪奢な内装の部屋を移動して、社長室と呼ばれる至って普通の事務室のような部屋に通された。
地下なので当然窓はないのだが、明かり取りの間接照明が至る所に設置されおり、中々風情のある印象だ
後は読書家なのか壁面には様々なジャンルの本が並べられ、そのサイドにはファクシミリを兼ねたコピー機が二台と薄型液晶テレビとキャビネット棚が一台配置されていた。
その中央には黒い革張りのソファと大理石のテーブルがある。
とくに大理石のテーブルは、少しでも乱暴にカップを置けば容易に傷が出来てしまいそうだ。
とにかくここの会社はあの宮殿風の広間を見てもわかる通り、下らない些細な物にまで金を使っている。
正直こんな怪しい業種の会社が儲かっているようには思えないのだが……。
「あの…、自分で考えた名前じやなくて、この中から好きなの……っとかくらいは選択の自由はあるんですか?」
「勿論。元々そういう会社だからね。格好いい名前の力で運気を底上げ出来る。だけどそれなりのお金が必要だよ?」
「はぁ。やっぱりソコっすか」
彼は皐月の淹れてくれた番茶をすすりながらため息を吐いた。
やはり現状、自由に気に入った名前をつける事は無理なようだ。
「わかりました。じゃあ、出来るだけ普通めな感じでお願いします」
「普通ねぇ。……普通が一番難しいんだけどなぁ。まぁ、さっきも言った通り苗字は間宮でいいとして……だね」
柳匱はテーブルに青く輝く巻物のようなものを広げ、手には筆を持ち、うむうむと唸っている。
あの巻物が放つ青い光はなんなのだろう。
彼は口を挟みたいのを堪えて、柳匱の反応を待っている。
その時、急に何か閃いたのか皐月がサッと前へ出てきた。
「太郎さんの二番目ってことで「次郎」さんがいいと思います」
「なっ………!」
これには奥でソファに座っていた太郎もぎょっとしてこちらを振り向いた。
「じ……次郎だぁ?ヤダよ、そんなダセー名前っ」
「いやいや、そうでもないですよ~」
それを聞いた柳匱はポンっと手を叩いて、すぐに純金で出来た算盤を弾く。
「うん。これなら大体予算内…どころかおつりが出るくらい余裕があるね」
「げぇっ……」
よりにもよってあの太郎と御揃いの名前になるとは。
彼はげんなりと肩を落とした。
「良かったですねぇ。次郎さん。これからよろしくお願いしますね」
「へ?それってもう決まったのか」
「いえいえ、それは今からです。この特殊な硯で墨を引いて、この回顧録と貴方の額に名前を記す事で名前と肉体が結びつくのです」
「なんだよそれ。耳なし芳一的な怪談みてぇなノリは」
「大丈夫ですよ。まさか君を全裸にしてその肌に墨を入れるわけではないですから」
「それ絶対厭です」
「ははははは。奇遇だね。僕も厭だよ」
「…………」
その夜、社長室にて柳匱は彼の額に特殊な墨で「間宮次郎」の名を記した。
その墨はとても熱く、煮えたぎるようだったが、すぐに肌に浸透したかのように消えた。
そして青く光る回顧録にも同じ名を記した。
「はい。これで終わり」
全てが終わり、ようやく柳匱はにっこりと笑った。
「おめでとう。これで君はこれから間宮次郎くんだ。どうです?フワフワっとした感覚が消えてませんか?」
「へ?あ~、確かに。そういえばさっきまで何か気を抜くとフラ~ってなりそうだったのに、今は身体の中心に重りが入ったかのように安定してる感じだ」
言われてみて、次郎はその身体の変化に気づいた。
確かに先ほどまでは、強く意志を持っていないと何かに意志が引っ張られるような感じがしたのだが、今はそれがない。
「それは名前がない不安定な状態だったから、今名前を得た事によって身体を構成する気の巡りが正常に戻ったという事だね」
「へぇ、それじゃあ接着剤が復活したって事ですか?」
「そゆこと」
柳匱は親指を上へ向けて笑った。
「良かったですねぇ。次郎さん」
「あ…あぁ。あの…助かった……その」
「私の事は皐月とお呼びください。次郎さん」
皐月は自分の事のようにニコニコしている。
「ああ。サンキュな。皐月」
「はい。次郎さん」
……「何か付き合い立てのカップルを見ているようだねぇ。太郎君」
「社長っ、それは冗談でもやめてください」
太郎が心底厭そうに抗議した。
どうも太郎は皐月が絡むと狂暴になるようだ。
「何だよ、次郎」
「別に~。つかもう呼び捨てかよ」
太郎が恨みがましい目でこちらを睨みつけてきたが、次郎も逆に睨みつけてやった。
「よしよし。では君の借金はとりあえず会社でもつ事にするよ。皐月に君の借金を背負わせるわけにはいかないからね。今後は給料の中から天引きの形で返済してもらう。それでいいね?」
「あ。はい。それは本当に助かります」
次郎は改めて深々と頭を下げた。
出会ったばかりで恩人である皐月にお金を借りて、負担をかけさせたくはなかったのでそれは本当に有り難かった。
見た目よりも柳匱は案外頼りになる人物なのかもしれない。
次郎は内心そう思い、これからの事に思いを馳せた。
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