第6話「もう一人の沖壬護」

明けの明星が煌々と輝く夜空をバックに、荘厳たるラヴェルの旋律が室内を満たす。


広いセミダブルのベッドの上には精緻な意匠を施された銀盆の上に置かれたワイングラスとキューブ型のチーズ。

そして女神のような白く美しい裸身が横たわっていた。


それを美術品でも扱うかのような繊細な手つきで腰から臀部にかけての魅惑的なラインを優しく辿る。


その女神のような裸身の持ち主は眠っているのだろうか、その手つきにうっとりと長い睫毛を伏せている。



「勝者というものは本当に恐ろしいものだな………」


「んっ………なぁに?どうかしたの」


男の呟きに女が反応を返す。


「すまない。てっきり眠っているものだと思ったよ」


「貴方が執拗に身体を撫でまわすのだから、眠っていられるわけないわ」


「すなまい……」


「バカね。言葉のまま受け取らないでよ」


身を起こして女が男の顔を引き寄せる。

軽く触れるだけの口付け。


微かに残るロゼの残滓ごと絡めとる。


「ねぇ、「壬護」。明日はパリに行くのよね」


「何だまた土産でも欲しいのか?ミコト」


「違うわ。今更私に欲しいものなんてないわ。だって私は既に欲しいものは手に入れたのだから」


女……ミコトは赤い唇を綻ばせた。

沖壬護は高校卒業後、父親の経営する病院を継ぐ事なく自ら輸入家具を扱う会社を立ち上げた。

経営は順調で、子会社でけでも全国に三十はある大企業に化けた。

その若輩ながらも卓越した手腕は各経済界を圧巻した。

若きリーダーとなった沖壬護は正に破竹の勢いで突き進んでいた。


それに近々学生時代から交際していた婚約者である長尾ミコトと正式な結婚が決まっている。

仕事やプライベートでもそのでもその勝負強さはかなりのもので、何事にも負け知らず。

彼に弱点などどこにもないとさえ噂されていた。



「一度勝者を味わえばもう抜け出せない。本当にそうだね……「壬護」」


壬護はもう一度一面に広がる夜景を見ながら呟いた。






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