32.変更 へんこう


「どうした、貴様がわざわざ地上に出てくるとは珍しい事もあるモノだな」


 そう、普通『河童かっぱ』と聞けば、大抵が『水面にいる』はずである。それなのに、なぜかその『河童』は私たちの目の前にいる。


「本当は僕だってこんな風に地上に出たくはなかったですよ。でも、ちゃんと言っておくべきかなと思って……」


 ふて腐れた表情になっているのは、月夜さんの表情に対してだろう。


「どっ、どうかしたんですか?」


 ただ、このままでは『河童』も頭の皿が乾いて色々と大変な事になりそうだが、それ以上犯人たちに見つかるリスクがある。だから私は、月夜さんを差し置いて河童に尋ねた。


「ああ、そうだった」


 そこでようやく、河童は思い出したような表情を見せ……。


「一人の女の子が別のところに移動したようです」


 何気ない表情のまま、いきなりそんな事をぶっちゃけた――。


「ほぉ」

「いっ……移動?」


 確かに、エリカは行動力のある方である。だから、今までも「何かしら行動を起こすかも」とは思っていたけど……。


 まさか、それが『今』だとは――思ってもいない。いや、そもそもその『少女』が『エリカ』と明言されたワケじゃない……けど。


 ただ私はどうしても、河童の言う『少女』が『エリカ』としか思えなかった。


「…………」


「ふむ、そうなると……少々面倒になるな」

「え」


 一体どういう事なのだろうか。


「私は、先ほどまで少女たちが『一カ所にいる』という事を前提に考えていたのだが……そやつの話を聞く限り、一人の少女が別の場所にいるという事が明確だ。つまり、その少女の分。人員を割かねばならぬというワケになる」

「…………」


 今の河童の話は多分。本当なのだろう。


 しかし、そうなるとそちらの方にも人員を割いて彼女を保護しなければならなくなる。


 それこそ、彼女を人質にされようモノなら、もっと面倒に事になりかねない。


「さて、どうしたモノか……」


 さすがに月夜さんもコレは想定していなかったのか、考え込む様に顎に手を当てると……。


「よしっ、そちらの少女の保護にはマウとコフ……それに『烏天狗』に行かせようではないか」


 しかし、すぐに頭を切り換えたのか、月夜さんはそう断言した。


「えっ、でもそれだと……」


 この話を伝える『伝令役』が必要になる。


 ただ、ここにいる『烏』に頼むという事になるのだろうけど――。


「ほぉ、心細いか?」

「えっ、あっ……」


 そんな私の心情が分かるのか、月夜さんの目の奥は笑っている。


「なぁに、気にすることはない。こやつがここを離れたとしても、また別のヤツがここに来る」

「そっ、そうなんですか?」


「貴様に何かあっては『烏天狗』の名が泣くと思っているようだからな」

「……」


 ――それは意外だ。


「まぁ、あやつらは『一度話した相手は友人』と思っている節もある上に、私とも知り合いでもある。貴様に何かあれば、私から何か言われるとも思っているやも知れんな」

「…………」


 むしろ、友人どうの……というより、月夜さんが絡んでいるから……という方が合っているような気がするのだが……。


 なんて思ったが、他の烏がいてくれるのなら、安心だ。


「烏天狗がおれば多少の事はどうにでも出来るであろう」

「……」


 普段、結構な言い合いをしている仲だが……それは意外と『軽口を言い合える程の仲が良い』という事なのだろう。


「……して河童、貴様は私と行動してもらうぞ」

「……まだ仕事あるんですか?」


「フン、当たり前だ。この程度で終わらせるはずがなかろう」

「えー」


 どうやら『河童』は『詮索』を担当していた様だ。


「とりあえず、貴様はこの倉庫の横に流れる川に潜め、川に近づいたヤツらに水をかけるなり引きずり込むなり好きにやるがよい」

「……はぁ、分かりましたよ。正直、ここ最近。川とかにゴミを捨てていく人もいたんで、ちょっとした八つ当たりをさせてもらいますよ」


 なんて、河童そんな皮肉の言葉を聞いてしまうと……正直、悲しい気持ちになった。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「では、合図を出し次第……頼む」

「はっ、はい!」


 私は月夜さんの言葉に返事をしたが、烏も私と同じように……返事の代わりに羽を羽ばたかせた。


「じゃあ」

「……行くか」


 そして、河童は近くの池に潜り……月夜さんは……そのまま倉庫の前に突っ込んで行った。


『……なっ、なんだ?』

『うわっ!』

『うっ、うわぁ! お前何して!』


 月夜さんが突っ込んで行ってすぐ、そういった『男性たちの声』が聞こえてきた。


「……?」


 しかし、最初は騒がしい声が聞こえてきたモノの、誰も「誰だ!」といった声は上がっていない。


 その上、数分も経たない内にそんな男性たちの声は止んだ。


「……」


 最初、私はそのことに違和感があったが、すぐに「あっ、そういえば月夜さん。狐の姿のままだった」という事を思い出した。


 それならば「誰だ!」という声がないのも理解出来る……。


 ――出来るはずなのだが、一体どういった状況になっているのかまでは……さすがにこの位置では全然分からない。


 それに、声が聞こえなくなってきた……という事は、どんどん奥へと進んで言っているという事なのだろう。


「……」


 もちろん、月夜さんや河童の状況も気になるが……それ以上に、エリカの様子も気になる。


 本当に、無事なのだろうか……。怪我などしていないだろうか――そんな不安が頭で浮かんでは消え、浮かんでは消えていた。


『うわぁ!』

「っ!!」


 突然の叫び声に体をビクッとさせたが、すぐに水しぶきの音が聞こえたから……多分、河童が川に落としたのだろう。


「……っ!」


 すると、何やら花火の様な『音』が聞こえてきた。コレが月夜さんの言っていた『合図』だと思った私は、すぐに近くにいた烏を飛ばした。

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