31.早朝 そうちょう


 誘拐されたエリカたちが保護されたのは、実は『お昼前』だった。


「……」


 そこから遡る事数時間前の早朝――。


「ふむ、どうやら時間通りに来たようだな」


 月夜さんにそう言われたのだが、私としては「来たようだな……」じゃないと言いたい気分だった。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 朝……それもいつも学校に行く時間よりも早い『時間』に、どこから現れたのかいきなり烏に額を突かれた。


「イッ……ター!」


 そして、その烏の足元には『烏天狗の使いの烏を送るから、その烏と一緒に来い』という手紙が巻き付けられていた。


「……」


 もちろん、手紙の内容は目を通したが……その烏は私が「えー」という言葉を発すると、さらに突いてこようとしてきた。


「わっ、分かった。行く、行きます!」


 そんな烏に連れられ、私は烏に案内されるがまま、指定された場所まで走ってきたのだ。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「……私が部活動に所属していなくてよかったですね」


 それくらいの愚痴はこぼしても良いのではないか……と思い、私は思わず口にした。


 これがさらに『強豪』などと呼ばれる部活動であれば、それこそ『休日』の今日、こんな場所に来られなかっただろう。


「フン、貴様の予定など知らん……と言いたいところではある。だが、貴様がおらぬと色々と面倒になりそうなのでな」

「面倒……ですか?」


 一体、どうしたのだろうか。


「貴様は普通の人間であろう。私は犯人の連中に灸を据える。だがそうなると、捕まえられるヤツらがおらん」


 現に河童にコフとマウ、烏天狗の協力もあり、犯人たちの居場所を見つける事が出来ているが、全員が全員。中に入ってしまっては、連絡も出来ない。しかも、彼らは『あやかし』だ。


「あれ、捕まえてもらうために湊さんと協力するって話でしたよね?」


 たとえ犯人たちを懲らしめる事が出来ても、捕まえることは出来ない。


「そんな事は分かっている」


「えーっと……じゃあつまり?」

「まだ分からんのか、貴様にはここで私からの合図を待ち、自身の使えるあらゆる手段を使ってあやつら……警察を呼べばよかろう?」


「……」

「なんならそこにいる烏を使っても良い。貴様は気付かも知れんが、こやつらも分かるヤツには分かる」


 月夜さんの言っている「分かるヤツには分かる」という『分かるヤツ』というのは、つまり『見えるヤツ』昨日会った『みなとじょうさん』の事を言っているのだろう。


 確かに、湊さんの連絡先なら教えてもらってはいるが……。


 月夜さんの言っていた方法の方が安全ではありそうに思う。電話をしている時に、犯人に見つかる可能性も否定は出来ない。


「それはそれとして……」


 月夜さんが見ている『倉庫』こそ……誘拐された少女たちがいる場所。ただ、普段はあまり近寄らない。


 それこそ、私たちはおろかここら辺に住んでいる人ですら、ほとんど立ち入らないくらいだ。


「ほぉ、ここに阿呆どもはいるというワケか」


 一応、その倉庫からは離れた場所にいるが、やはり目の前にすると……なぜか緊張してしまう。


「こっ、ここに……」


 しかも、使われなくなって結構……どころかかなり経っているようで、外装もボロボロになっている。


 私たちは物陰で隠れながら潜みながらヒソヒソと話していた。


「ふむ、傍から見れればただのオンボロ倉庫に見えるが……というところか」

「え?」


「見てみるがよい」

「……??」


 様子を窺っていた月夜さんの言葉に、私も月夜さんと同じように倉庫の方に視線を向けると……。


 そこにはいるはずのない人影がちらほら見える。


「なっ、なんで……ここに人がいる事自体珍しいのに」

「ヤツらは大方『見張り』というところだろう。だが、阿呆はやはり阿呆だ」


「?? どういう事ですか?」

「……貴様もヤツらと同じく阿呆なのか?」


「え、心外です」

「…………」


 私は思わず思った事をそのまま言っただけなのだが、なぜか月夜さんはキョトンとした表情のまま私の方を見ている。


「え……なっ、何か?」

「フン、貴様も言うようになったな」


 月夜さんはなぜかニヤリと笑った。


「そっ、そんな事は……」

「まぁよい。貴様も言った通り、ここに人はほとんど寄りつかない。だが、今は目立つ様に『見張り』がいる。もはや『ここ』にいると言っているほどにな」


 確かに、今の状況は月夜さんの言っている通りだ。しかし――。


「でっ、でも警察もそれは調べていれば分かることでは?」

「そこまでは私も知らぬわ。だが、一度捜査上に上がり、警察の手が伸びてきていると知れば、当然対策は取るモノであろう?」


「……」

「一度は捜査上に上がったが、異変がなければ引く。今はその引いてしまった後……といったところだろうがまぁ、この方が都合がよい」


「そうなんですか?」

「こやつらが警戒していない今、仕掛けてこそ『奇襲』になるのであろう?」


 確かに、警戒されているよりは警戒されされていない方がやりやすい。それこそこんな『奇襲』を仕掛けようというのならの事だ。


「……そうですね」

「ふむ、それでは……」


 そう言って月夜さんが行動に移そうとした瞬間――。


「すみません。ちょっといい……でしょうか」


「え……?」


 どこから現れたのか『河童』が私たちの前に立っていた……。

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