29.実行 じっこう


「…………」


 この部屋に来てから「眠くなったら眠る」その逆ならずっと起きている……。時計なんてないから時間の流れも分からない。


 それに、ここには窓がない。


「……」


 でも、私の心は決まった。


「スースー」

「スースー」


 あの『選択』を示してくれた二人は眠っている。それならば、今が好機かも知れない……そう思った。


 今、行動をすればこの二人に迷惑はかからないはずだ。なぜなら今、二人は眠っているのだから。


 起きていたら、二人もしくはどちらかが疑われてしまう可能性もあったが、眠っていては指示が出せない。


 だからこそ、今が行動を起こすチャンス……と考えた。


「……よし」


 私は、そう意気込んで偶然通りかかった目出し帽を被った人を呼び止めた――。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「……」


 移動中、私のすぐ後ろをついてくる目出し帽の人の手にあるのは『銃』だ。


 ただ、それが果たして『本物』なのか、はたまた『モデルガン』なのかは私には判断が出来ない。


 それに、そもそも私が男性に勝てるほどの腕っ節はない。何か格闘技や武道でもやっていれば、多少は話が変わったかも知れないが、それはそれである。


 そもそも、何か心得があったとしても、この相手がごくごく普通の一般人とも限らない。


 そうなると、結局のところ。男性と女性の力の差が結果として出てしまう。


「…………」


 だからこそ、こんなところで下手に抵抗するのは得策ではない。とりあえず、問題はここではなく、目的の場所に行ってからだ。


 でも、出来ると判断したらやろう。無理だと思ったら、すぐに止めよう。


 ――私はそう心に決めていた。


 先輩が提示してくれた『作戦』が出来るか出来ないか、それを決めるのは私だ。


 そもそも出来かどうか……その可能性があるのが私なのだから、やるかやらないかくらい、私が決めても文句はないだろう。

「……」


 犯人は、私たちがトイレに行っている間は、ドアの前にいる。さすがに中に入ってくる……なんて事はしてこない。


 ただ、あまりにも時間がかかったらさすがに入ってくるかも知れない。だから、作戦を実行するかどうか決めるのは、入ってすぐだ。


「……手短に済ませろ」


 私は、トイレのドアの前でその人からそう言われ、黙ってうなずき、そのままドアを開けた。


 さぁ、ここからが勝負だ――と、言わんばかりに入ったモノの……。


「さて、どうしよう」


 洋式様のトイレのフタを閉じ、それを足場にして登る事は出来る。ただ、このフタがどれほどの強度があるのか分からない。


 それに、フタを足場にして登っても、一瞬だけ壁を登らないといけない場面どうしてもある。


「……」


 ――果たして、滑らないのだろうか。


 最初に先輩からあの作戦を聞いた時、そんな疑問が浮かばなかったワケではないが、こうして改めて見ると……どうにも滑りそうだ。


「うーん……」


 窓を開ける……くらいは簡単に出来そうな気がするが……あの窓をくぐる……となると、少々骨が折れそうだ。


 それに、ここで怪我をしては、とても助けなんて呼びにいけない。


「…………」


 これは断念するしかないか……そう思っていると――。


『お嬢さん、お嬢さん』


 何やら、私を呼ぶ声が……なぜかその窓から聞こえてきた。


 いや、窓が閉まっているのに聞こえてくる事自体おかしい。


 しかも『普通に声をかけられている』という感じがしない。


『ここ、開けて』

「……」


 それに正直、相手が何者なのか分からないのに果たして反応していいモノだろうか……と、思った。


『早く早く、見つかっちゃうよ』

「……」


 しかし、その相手の言うとおり迷っている暇はない。それになぜか窓の外から『あなたを助けないと主様ぬしさまに怒られてしまいます』という声まで聞こえている。


 私にそんな自分の事を「主様ぬしさま」なんて呼ばせる知り合いはいないし、もしかしたらあの二人の内にどちらかの知り合いなのかも知れない。


 それに、ここまで言うのであれば、多分。協力者だろう……と思い、私はトイレのフタを足場に背伸びをした。


「ん、もう……少し……で、ヨシ」


 どうにか窓の鍵に手をかけ、開けると――。


「え? なっ、何?」


 すぐに『白い何かが』二つ塊で窓をすり抜け、私の前に現れた。


「…………」


 突然現れた『白い二つのかたまり』の正体はどうやら『二匹の犬』の様だ。


 しかし、確か犬は猫とは違い、高いところから落ちても華麗な着地は出来ないはずである。


 それが、この二匹は何事もなかったかのように普通に着地し、私の方を見ている。ただ、その様子は何やら急いでいるように見える。


『私たちが窓まで引っ張り上げます』

『あなたは先ほどと同じように手を伸ばして下さい』


「えっ、えぇ?」


 目の前にいる二匹と『犬が普通に話しかけてきている事』に私が思わず動揺していると、二匹の内の一匹が『早くして下さい!』と、私を急がせた。


「わっ、分かった」


 とりあえず、今は時間がない。


 私はさっきと同じように背伸びをし、目の前の壁に足をかけると、いつの間にか窓の方に戻った二匹の犬が器用に私の伸ばした手を引っ張り上げる。


 すると――――。


「おいっ! まだか! どれだけかかってんだ!」

「……!!」


 扉を「ドンドンッ!」と乱暴に叩く音に、鍵がかかっているにも関わらずドアノブを「ガチャガチャ」と回す音。


 さらに、男性の大きく乱暴な声。


 それが私をさらに焦らせる。いつ開くのか分からない。開けられた後の事を考えると……なんて考えてしまったのが悪かった。


「あっ!」


 一瞬、犯人たちのことに気を取られてしまった私は、手をかけていたはずの窓枠から手を滑らせてしまい、もう一方の犬たちが咥えていた手も……。


『っ!』


 突然かかった力により外れてしまい、私はそのままなすすべなく後ろに倒れていった――。

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