20.天狗 てんぐ


「さて……」


 月夜さんはそう言って、私の方を振り返った。


「――今回会いに行くのは『天狗』だ」

「てっ、天狗ですか」


「ああ、もっと詳しく言えば『烏天狗からすてんぐ』だな」

からす? 烏って……あの?」


 それは真っ黒く、下手をすれば私たち『人間』よりも……賢い『鳥類』と私は思っている。


「貴様はあまり『あやかし』について詳しくはないと思っていたが、まさか知らないとは思わなんだな」

「いっ、いえ『天狗』はまだ分かりますよ? あの真っ赤なお面をつけている『あやかし』ですよね?」


 私の知っている『天狗』は『赤いお面』を付け、空を自由自在に飛び回り、扇の様なモノを持っている和装の……鳥の羽を持った人間……。


 ただそう言ってしまうと、正直な話。かなり曖昧な想像でしかない。


「まぁ、そうだな。ただあやつは『あやかし』という存在……というより『妖怪』という方がしっくりくるだろうがな」

「妖怪」


 そういう言われる方をすると、今から「会いに行く」その『烏天狗』がとても『すごい存在』に……と思える。


「本来であれば、あやつに会いに行くのもい……はばかられるところだがな」


 今、完全に「嫌だ」と言おうとしていた様に思ったけど、すぐに言い直した辺り「さすが」だ。


「…………」


 それにしても、月夜さんが会いに行く事自体を嫌がるのは初めてだ。


「……」

「……」


「そんな事はどうでもよい」

「そっ、そうですね。こんな話をしている暇……ないですよね」


 私としては「なんでそこまで嫌なんですか?」と、聞きたいところだが、月夜さんは「嫌だ」とまでは言っていない。


 それに、こんなところで雰囲気が悪くなるのも困る。


「……」


 後になって調べたのだが『烏天狗からすてんぐ』は、大天狗と同じく山伏装束で、烏のようなくちばしをしており、自由自在に飛ぶことが可能だとされる『伝説上の生物』の様だ。


 そして、小天狗、青天狗とも呼ばれ、一応『烏』と名前がついているはいるが、実は猛禽類もうきんるいと似た羽毛に覆われているものが多く、剣術に秀でている。神通力にも秀で、昔は都まで降りてきて猛威を振るったとも言われている。


 ただこの時は、そんな数々の話なんて一切知らなかった。


 まぁ……だからこそ、会った時にあれだけ普通に会話が出来ていたな……と、今になって思っている。


「そう言うな……ともかく急ぐぞ」

「はい」


 月夜さんとしても『犯人捜し』には『烏天狗』に頼んだ方がいいという事は多分。分かり切っているからこそ「自分自身は苦手意識があるが、背に腹は代えられない」というワケなのだろう。


「ところで、娘よ」

「はい?」


「貴様、今日は動ける服装なのだな。それは……『じゃーじ』というモノか?」


 一瞬、「えっ? なんのこと?」と言いそうになった。


 だが、それはただ月夜さんの『ジャージ』の発音が私たちが使っているようなモノではなく、片言かたことだったからである。


 それにしても、月夜さんが『ジャージ』という単語を知っている……という事自体驚きだけど……。


「あっ、ああ。昨日は結構はし……歩いたので、動きやすい方がいいかと思いまして……」

「ふむ、なるほど。それで少し遅れた……というわけか」


 それを言われると、私も「うっ」となる。


 しかし、私の言っている事も事実で、昨日は制服のまま背の高い草をかき分けたり、長い階段を上り下りしたりで結構大変だった。


 なんとか転ぶことはなく制服が土汚れなどはなかったものの、汗はかいたし、靴は汚れてしまった。


 それに、鋭い草で手も切ってしまった事も考慮して万全の態勢を整えてきたのだ。


「まぁよい。自分の身は自分で守らねばな。その心意気は褒めるとしよう」


 月夜さんはそう言うと、スタスタと昨日と同じように歩き出した。


「…………」


 昨日の様子から察するに、私から「どこに行くのですか?」と聞いても「着けば分かる」と言われるだけだ。


 まだ『誰』と言うことだけでも教えてくれたから良かったけど……。


 帰りの体力も考えて、ここは下手に会話をしようとはせず、月夜さんの後をついて行く事だけ考えればいいだろう。


 そもそも私自身がこの辺りの事をあまり知らない……というか、興味を持っていなかった事もあって、月夜さんを見失ってしまうと、私が迷子になってしまう可能性もある。


 それは非常に困る……。月夜さんに迷惑がかかるだけでなく、確実に何か言われてしまうのは目に見えている。


「…………」


 それにしても、相変わらず月夜さんは『歩いている』が、私はそんな月夜さんに置いて行かれないように必死に『小走り』でついて行った。


 しかし、なぜか月夜さんは、昨日とは違い、待ち合わせにしていた蔵の……さらに奥深く、つまり私の家とは反対の方へと進んで行っていた。


「??」


 この時の私は「どうしてこっちに行くのだろう?」不思議に思っていたが、今は月夜さん以外に信じられる人もいない。


 だから、とりあえず月夜さんを見失わないように必死に後をついて行った。

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