21.表情 ひょうじょう


 私は、今まで蔵よりも奥に行った事がない。


 しかし、私が行った事がなくても、月夜さんがそうだとは限らない……というか、行った事があるはずだ。


 さっきの口調から、月夜さんも何度か烏天狗かるすてんぐには会っている様だし、実際に会っていなければ『苦手』とか『嫌い』とか分からない。


 会わずに分かるのはせいぜい『自分と合いそう』とか『合わなそう』とか、それくらいアバウト……感覚的な事くらいだろう。


「……」


 ただ、結構奥深くまで進んできたように思うのだが、月夜さんは一向に歩みを止める気配がない。


 それにしても『烏天狗からすてんぐ』だけに限らず『あやかし』や『妖怪』が果たして一カ所に留まっているモノだろうか。


 いや『烏天狗』に限らず『鳥類』の中には、自分たちの住処を一カ所に決めず点々としている種類もいた。


 それを考えると……果たして行ったところで会えるのだろうか。


「…………」


 なんて、私のいらぬ心配なんてつゆ知らず、月夜さんはスタスタと先を進んで行く。


 ここまで奥深くに行って迷ってしまうと……もう、どうしようもない。だから、月夜さんを見失うわけにはいかない……。


「……っと」


 突然、月夜さんが何の前触れもなく立ち止まったため、私は月夜さんの背中にぶつかりそうになった。


「……おや、珍しい顔だな」

「貴様は……相変わらずの老け顔だな」


 月夜さんは明らかに、私ではない『目の前にいる人物』に声をかけた……なんて優しい感じではなかったが、話しかけた。


「…………??」


 しかし、肝心の『話しかけた人物』が月夜さんの大きな背中が邪魔をして、私からは全然見えない。


「はぁ、お前さんがドーンと立っているせいでせっかくの若いお嬢さんの姿が見えていないよ」

「そうしなくてとも貴様は、おなごの話しかせんではないか」


 そう言い合いながらも月夜さんは「はぁ」という盛大なため息をつきつつ、どいてくれた。


「こっ、こんばんは」

「おお、よくこんな辺鄙へんぴな地に来てくれた」


 月夜さんがどいてくれたおかげで、私は初めて『烏天狗』をこの目で見る事が出来たのだが……。


 目の前にいる『烏天狗』は『烏』という割には人間の顔をしているが、羽は『烏』のモノだ。


 服装は『和装』だという辺りは、私が知っている『天狗』と同じである。ただ、赤いお面は付けていないけど……と思いながら、私は『烏天狗』を見上げた。


「なぁに、そんなかしこまらなくてもい……」

「全くその通り、こやつにそんなかしこまった態度は取らんでもよいわ」


「……お前さんは本当に年を取らんなぁ」

「貴様は随分年をとったように思うがな?」


 月夜さんは仁王立ち……かつ、腕組みで、いつもの話し方をしつつもケンカ腰とも取れる姿勢。


 自分で「苦手」とか口では言っているモノの、実のところはそこまで嫌ってはいないのだろう。


 その証拠に、月夜さんの表情はどことなく明るい。


「……」


 どうやら烏天狗もそれが分かっているのか、言い合いをしながらもそれ自体を楽しんでいるように見える。


「…………」


 ただ私としては老け顔とかどうでも良く、そもそも目の前にいる烏天狗がかなり『大きい』と思う。


 それは器量とか度量とかそんなのではなく……ただ単純に体の大きさが……規格外に大きい。


 よく見ると、どうやら烏天狗は座っているように見える。座っている状態で、私や月夜さんが見上げているのだ。


 その時点で、烏天狗がどれだけデカいのかよく分かる。


「全く、お前さんの見た目は本当に出会った時から変わらん。少しくらいワシと同じ……いや、ワシよりも年をとってもおかしくないはずなんだがなぁ」

「フン、そんなの事なんぞ知らん」


「……え?」


「どうした?」

「どうかしたか?」


 今、聞き捨てならない言葉が聞こえたような……。


「えっ、あの……つっ、月夜さんの……方が?」


 私は思わず烏天狗と月夜さんを交互に見比べてしまった。


「ほら、お前さんが『呪い』と言えるほど年をとらんから、ワシが老けて見える。そこまで老けて見えたくないのかねぇ」

「老けて見えたくないかと言われれば、当然見えなくはなかろう?」

「……」


 それは……その通りだろう。


「……貴様は違うのか?」

「ワシか? そりゃあ『老い』は嫌ではある。しかし、その『老い』が時間の流れを教えてくれているようにも思える。だから、そこまでではないな」


 烏天狗は「思った事をそのまま口にしました」という何気ない感じだった。それこそキョトンとした表情を見せていたようにも思える。


「……」


 この時、私もそう言える様に……ただ「年をとったな」と悪く思うのではなく、時間の流れを良いように思えるような年の取り方をしたい……と思えた。

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