19.視線 しせん
――犯人はまだ捕まっていない。
この『捕まっていない』という事実こそ、この慣れない状況が学校に通っている生徒たちに緊張感を与え、人によっては疲弊しているのだろう。
警察の人たちも頑張って捜査しているのは、私を含め、みんな当然頭では分かっている。
「……」
分かりきっているのだが……それでも知らないうちに不安になってしまうのが『人間』だ。
それこそ、テレビや新聞や……どんな形であれ『犯人が捕まった』というのを自分の目で見ない限り安心する事が出来ない。
――悲しいが、そうしないと不安から脱することが出来ない。それが『人間』というモノなのだろう。
「……」
こんな私たちの姿を月夜さんが見たら「これだから人間というモノは……」と、また言うのだろうか。
でも、私は言い返す事なんて出来ないし、否定も出来ないと思っている。
ただ、その月夜さんが『あやかしを使う』なんて『普通じゃない』やり方をして犯人を探していると言う事を知っている。
その事実を知っている上に、自分の目でそのやり取りを見ている。
だからなのか……少しだけ「見つかるかも知れない」という希望が出てきて、そのおかげで思いの外、私は冷静でいられた。
「……」
ただ、所詮。私の出来る事なんて……それこそ何もない。これは月夜さんだからこそ、出来る事なんだ……。
なんて、分かりきっている事実に、今更ながらショックを感じつつ外の景色を教師から眺めていたのだが……。
「……ん?」
なぜか、私はふと何か……そう、誰か『人』の視線を一瞬感じた。
「…………」
しかし、その『視線の主』を探そうととりあえず周辺をキョロキョロと見渡したが……今の時間は授業の間の休憩時間だ。
この時間帯の教室内に『人』がそもそも少ない。
しかも、ここにいるのは『私のクラスメイト』だ。そんな、私が変に感じるような視線を送って……というか、そもそも私の方すら見ていない。
ただ感じたのが『一瞬だった』という事もあって「クラスメイトじゃない」とは言い切れないのだけれど……。
「……気のせいか」
そう思うことにして、普通に過ごした。
結局、その『変な視線』はその日。それ以降一度も感じる事なく、授業も無事に終わり、その日はそのまま学校を後にした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そして、昨日と同じ蔵で月夜さんとは待ち合わせだ。ただ、この時の私はかなり焦っていた。
「はぁはぁ……」
そう昨日と同じ……だったはずなのに、なぜか帰った時の時間は昨日よりも遅かったのだ。
昨日急いで行ったにも関わらず「遅い!」と言われてしまった。それなのに、今日はそれよりも遅い。
それはさすがに焦る。
「あっ!」
昨日と同じ森の中、ポツンとそびえ立つ蔵の前には一人の男性。月夜さんが立っていた。
「すっ、すみません。はぁ……お待たせしてしまって」
「…………」
肩を上下させながら息を整えながら謝罪したのだが……月夜さんはただ黙って私を見下ろしている。
「……」
明らかに怒っている。だからこそ、この沈黙が逆に辛い――。
「あっ、あの」
「今日は……」
そう言っている月夜さんの視線は私の手元を見ている。
「え」
「いや……気にするな」
月夜さんはそう言って私から視線をそらした。
「……??」
最初、私は「一体どうしたんだろう?」と思っていたが、すぐに『持っていたおにぎりのこと』を言っているのだと気がついた。
「……」
まさか、月夜さんがそこまで『おにぎり』が気に入ったとは、正直以外で思ってもいなかったのだが……。
ただ実は、一応『おにぎり』は持ってきてはいたのだが、今日は昨日持ってきたようなカバンに入れていなかった。
だから多分、月夜さんからは見えていなかったのだろう。
「さて、少々時間を取ったが」
いや「時間を取った……ってほんの数分だよね?」なんて、ツッコミは胸に秘めて……。
「娘。今日もサッサと終わらせるぞ」
「はっ、はい!」
「ふむ、それではさっそく……」
「あの。でっ、でもどちらへ?」
「……貴様は気にしなくていい」
「……」
やはり。昨日もそうだったが、月夜さんが私に行き先を教えてはくれない。
「……と、言いたいところだが、昨日は『誰に会うか』という事は言っていたからな。それくらいは教えてやってもよかろう」
「あっ、ありがとうございます」
私の周りで普段こんな口調で話す人がいないから、月夜さんの様な人からこういう言い方をされると……どうしても『ありがたみ』を感じてしまう。
まっ、まぁ月夜さんも神社に住んでいるから……いや、言葉遣いとそれは関係ないか。
それに、月夜さんは『あやかし』と呼ばれる存在で、その中でも『妖狐』という存在だ。
しかし、犯人もまさか『あやかし』に探されているなんて、夢にも思ってもいないだろう。
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