烏天狗
18.食事 しょくじ
「はぁ……」
帰って来て自分の部屋に戻ると、私はすぐに布団の上に寝転がった。
「あっ……宿題」
そういえば帰って来てすぐに出て行ったから、宿題の事すらすっかり忘れてしまっていた。
『今日のところは……』
月夜さんがそう言っていたと言う事は、確実に『陸』や『川』だけでは終わらせるつもりなんてサラサラない……という事なのだろう。
しかし、他に何があるのだろうか。
「……」
パッと思いつくのは、あらかた行った様に思うのだけど……。
ちなみにそれだけ忙しかったから、祖母からもらっていたおにぎりを食べる……なんて余裕はあの状況ではなかった様に見えたのだが……。
河童と会った場所から家に帰る途中――。
『娘、貴様。あの蔵にいた時にぎり飯を持っていたはずよな?』
『えっ、はい』
突然そう月夜さんから切り出された。
『……食べぬのか?』
『え』
いや、食べたいんだけど……。
そう、出来れば家に着く前に食べてしまいたい。せっかく祖母が作ってくれたのだ。
持って帰るのは出来れば避けたい……というのが本音である。
『ふむ、そろそろよい頃合いだとは思わぬか?』
『えっと……』
それはつまり……。
『つっ、月夜さんも食べたい……?』
――と言う事なのだろうか。
『……』
自分からあえて「食べたい」と言わないあたり、ツンデレ……とまでは言わないが、月夜さんもなかなか素直ではない。
『じゃあ、食べましょうか?』
『ふむ、貴様がそう言うのであれば、そうするとしよう』
私の言葉に、月夜さんはそれだけ言って適当な岩場に腰掛けたのだが……私の差し出したおにぎりを手に取ると「にぎり飯とは、実に懐かしいモノだな」と、小さな声で呟いた。
「……」
その小さな呟きを私はあえて聞こえないふりをして、自分のおにぎりを頬張っていた……。
月夜さんもやはり色々あったのだろう。それこそ、あの『狐祭りの由来』だけではない、たくさんの……。
それにしても『自分の名前を犯罪者に使われる』というか、まだ『可能性がある』というだけ……とはさすがに言わないが、普通はここまでしないと思う。
いや「許せない」と思っても、なかなか行動に移せる人はいない。
「……」
行動力がある……と、言えばそうだろうが、それ以上に『彼』自身が『あやかしたち』にものすごく『信頼』だけでなく『恐れられている』という事には驚きだ。
ただ……だからこそ、この『行動』が出来るのだろう。
「…………」
しかし、今日。最後に話をした時見せたあの『怖い笑顔』を見てしまうと……。
「もし、犯人に会ったら……」
月夜さんは果たしてどうするのだろうか。
本人は『一網打尽にする』とか『目に物を見せてやる』みたいな事を言っていたが、あの表情を見てしまった後では……本当に犯人と対峙した時……果たしてどうするつもりなのだろうか。
――それを考えると、聞くこと自体かなり怖い……から、結局聞けなかった。
「……宿題しよ」
私は頭を左右にブンブンと振り、そんな考えを忘れるように手つかずになっている宿題に取りかかった。
「……」
その日、出来る限り『その事』を考えないようにしていたからのか、思いの外集中する事が出来、いつもとほぼ同じ時間に寝ることが出来た。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「…………」
突然いわゆる『普通の日常』が壊れる……とか、奪われる……という表現をテレビ番組などで見た事がある。
ただ、そういった番組でフィーチャーされるのは大抵『被害者』か『被害者家族』だ。
でも、エリカが誘拐されてから分かったのだが、ごくごく『普通の日常』が変わってしまうのは……被害を受けた家族だけではない。
その周囲の人たちにも悪い影響が出てしまう……。
「……」
頭では分かっていたはずだったのだが、どうやら『頭だけ』理解していて、実際は何も分かっていなかったのだと……。
朝、登校する時に学校の前でドンと仁王立ちしている警察官を見て、そう感じた。
「……」
誘拐事件が発生してからというもの、学校内の空気はピリピリしている。
それもそうだろう。朝、学校の前には警察の人がいるのだ。今の状態で頼もしい……という気持ちよりもあるとは思うが、それ以上に怖いという気持ちになる。
しかも、まだ犯人は捕まっていない。
だからこそ、この慣れない状況が学校に通っている生徒たちに緊張感を与え、人によっては疲労している様に思えた。
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