17.協力 きょうりょく


「フン、そんな他の輩が決めたパロメーターなど興味はない。それより、河童」

「なっ、なんですか」


「貴様は水が繋がっておれば自由に行き来が出来るのであったな?」

「えっ? ええ、この周辺の水はこの川以外ありませんから」

「え」


 その河童の言葉に思わず反応してしまい、すぐに自分の口元を手で覆った。


「……貴様、そんな事も知らずにおったのか?」

「うっ」


 月夜さんにそう言われるのが分かっていたから、すぐに口元を覆ったのだが、どうやらその月夜さんにはバッチリ聞こえてしまっていたようだ。


「でっ、でもここはたくさんの川が流れているので」


「……」

「……」


 なんて私の苦しい言葉に対し、月夜さんは「はぁ……」と盛大にため息をつき、河童に対し「おい、説明してやってくれ」と言わんばかりに目配せをした。


「あっ、あのですね。この地域に広がるたくさん川は大体がこの川に繋がっています。そして、最終的には海に繋がっているのです」

「へっ、へぇ」


 河童はそもそも『人間』と話すこと自体慣れていない雰囲気はあるモノの、丁寧に教えてくれた。


「へぇ……ではない! 貴様、ここに来たのがつい一週間ほど前などであればまだ分からんでもない。だが、貴様はここに来て一年も経っておるだろう。それくらいは知っておらんか」

「……すっ、すみません」


 ここでもし「そもそも興味がなかった……」なんて私が言おうモノなら、それがたとえ真実だったとしても、月夜さんに呆れられるか怒られるか……だろう。


「でも、そんな事を聞いてどうするんですか?」

「実はな、私の名前を使って犯罪をおかしている阿呆なヤツらがおるそうでな」


「……!」


 その月夜さんの言葉に、河童は驚きの表情を浮かべた。


「えっ、つっ……月夜さんの名前を使って犯罪をしている……って、そんな命知らずがいるんですか?」


 ――それこそ「あり得ない。信じられない」という様子で『あやかし』である河童がこういう言い方をする……という事は、つまり『月夜さんの名前を使う』という事自体が、かなりのリスクを要するという事を意味している。


 まだそうとは決まっていないのだが、月夜さんがここまで怒っているのだからそれ相応の報復があってもおかしくない……。


「そっ、そんなにですか?」

「あっ、当たり前だよ! だって、月夜さんだよ? こんな大物でなおかつ凶……失礼しました」


 おそらく「凶……」の後に続く言葉は『暴れる』の『ぼう』だっただろうが、月夜さんの一睨みによって遮られてしまった……。


「まぁよい。そこで貴様の出番だ。河童」

「はい?」


「実はその犯罪者共を引っ捕らえようと思っておってな。貴様は川など水の中から犯罪者の情報を取ってくるのだ」

「えぇ!」


 この河童のリアクションはかなり分かりやすい。


 しかし、誰だっていきなりそんな事を言われてもそう簡単に「はいそうですか」とは言いにくい。


 あの神社で会った『狛犬』の二匹は月夜さんに従っていたけど、それは月夜さんが「主だったから」であって、河童の場合は違う。


「うっ、うーん」


 河童はうなり声を上げながら悩んでいる。


「月夜さん」


 ここまで悩んでいるという事は、最悪の事態も覚悟しなければいけない……私はそう思い、月夜さんに声をかけつつチラッと見ると……。


「ふむ、ならば……。協力をすればきゅうりを一日一本くれてやる」

「え」


 月夜さんがそう言うと、河童はすぐに顔を上げた。


「犯罪者が捕まって次の日から一年で……」


「やります! やらせて頂きます!」

「……即決」


 ついさっきまで渋っていたのは何だったのだろうか……と言いたくなるほど、河童は月夜さんが言い切る前にそう言って満面の笑みを浮かべた。


「ぜひ、この河童にお任せ下さい!」

「……では任せよう」


「はい!」


「…………」


 その姿は完全に『エサに釣られている』様にしか私には見えなかった。


 しかし、この程度で上手くいくのであれば、月夜さん的には軽い提案だったのかも知れない。


「ではっ!」


 さらに河童はテンションが上がったのか、敬礼までして河童はそのまま川へと姿を消していった――。


「……月夜さん」

「……私とてまさか、あそこまで簡単に釣れるとは思ってはいなかったのだが……」


 河童が川へと帰った後、私は思わず月夜さんに声をかけたが、どうやら月夜さんもこの反応は予想外だったようだ。


「まぁよい、上手くいったのであればそれに超したことはあるまい」

「……そうですね」


 これで『陸』と『川』の情報収集はいいだろう。


 しかし、どれも普通の人間にはマネ出来ない。そもそも彼らを『見ること』すら出来ない人間にとってはまさか、こんな事になっているなんて思いもしないだろう。


「さて、今日のところはこんなところでよかろう」

「……え、今日のところは?」


「フン、この程度で終わると思っておったか? たわけ! この程度まだまだ甘ったるいわ!」

「えっ、あっ……すっ、すみません」


 月夜さんはそう言って腕を組んだ。


「当然、やるからには徹底的に追い詰めなくてはな」

「…………」


 そう言って笑う月夜さんに、私は少し恐怖を覚えつつも、月夜さんに連れられ、この日はそのまま家路についたのだった。

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