16.長寿 ちょうじゅ


 私が思い描く『河童かっぱ』と言えば……きゅうりが好きで頭にお皿があり、肌の色は緑色、もしくは深い緑っぽい色……なんてごくごく普通のモノだと思う。


 後、もう一つ特徴を付け加えるとするなら見た目は『子供っぽい』というところだろうか。


「……」


 ただ『子供っぽい』とは思っていたとしても、それは『服装が……』とかいう意味ではない。


「んー? あれー? つっきーさん?」

「……」


 しかし、私の方を見ている月夜さんに気がついたのか、その水面から上がってきた『それ』は……服を着た『人間の様な者』だった。


 その上、服装は和服でなおかつ水浸しだ。


 ただ、その肌の色は『緑』でなおかつ頭頂部に髪は生えておらず、その代わりにツルツルの『お皿』の様なモノが見える。


「はぁ……この時期の水はやーっぱりちょっと冷たいなぁ」

「……」


 まぁ、夏ならまだしも今は『春』だ。


 人間なら、この時期の水が冷たいのは分かるけど……年のほとんどを水中で過ごしているような『河童かっぱ』に言われるのは、なかなかない経験だと思う。


 そう言えば、私が小学生の頃読んだ『妖怪を扱った図鑑』に書かれていた特徴に目の前にいる『河童かっぱ』はよく似ている。


 いや「月夜さんが『河童かっぱ』って言ったのだから信じろ」と狛犬たち……特にコフさんにそうから言われそうだ。


 しかし、私は『河童かっぱ』そのものを見た事がない。


「……」


 でもそこにいる『河童かっぱ』は、体格は子供のようで、全身は緑色または赤色。頭頂部に皿があり、そのお皿は円形の平滑で毛はなく、水に濡れている。


 ちなみに、皿が乾いたり割れたりすると力を失う、または死んでしまうらしい。


 そして、口は短いくちばしで、背中には亀のような甲羅が、手足には水掻きがある――。


 だからまぁ、頭を通さないといけないTシャツは頭のお皿の関係で向かないのだろう。それに、そもそも『河童かっぱ』自身が洋服を着ているイメージがないのだが。


「……」


 ちなみに、甲羅の部分は上手いこと避けられているところを見ると……よく出来ている……とは思うが、果たしてこういった裁縫は一体『誰』がしているのだろう。


 もしかしなくても、自分でしている……のだろうか。


「……」


 裁縫道具片手に一人チクチクと裁縫に従事している河童かっぱの姿……なかなかシュールな光景だ。


「……貴様」

「?」


 なんて色々と考えていると……突然私たちの前に現れた『河童かっぱ』に対し、なぜか月夜さんは肩を震わせている。


 当然、月夜さんが『恐怖』とか『怯え』とかそんな『怖い』という感情で肩をふるわせる事はないだろう。


 では、一体なぜ月夜さんは私が気がつくほど肩を震わせているのだろうか?


「あっ、ヤバッ」


 どうやら河童はその『理由』に気がついたらしく、きびすをかえして水に戻ろうとしたのだが……。


「私の事はきちんと名前で呼べと言っておろうが! このたわけが!」


 突然、月夜さんは大声で思いっきり拳を握りしめ、いつの間に移動したのか、河童の目の前に現れ、そのまま振り下ろした。


「あー……」


 そういえば、月夜さんの事を『つっきー』なんて言っていた様な……。


 私は驚きもせず……というか、そもそも『河童かっぱ』自体に驚いて、その言葉すらサラッと聞き流してしまったくらいだ。


 でもまぁ、月夜さんが『自分自身の事をあだ名で呼ばせる事』なんてさせるはずがない……か。


 そりゃあ、相手が自分より『格上』とか『目上』であれば話は違うかも知れないが、少なくともこの『河童かっぱ』は違うだろうとは思っていた。


「……」


 いや、そもそも月夜さんよりも『強い』とか『目上』なんているのだろうか……。


「……いっ、痛いよ。月夜さん」

「フン、貴様が最初からちゃんとそう呼べばよかったのだ」


「……」


 そういえば、私が『妖狐ようこ』と呼んでいたのも気に障っていたのだから、どうやら月夜さんにとって『自分の名前』はそれほどまでに大切なモノなのだろう。


「はぁ、それでわざわざ何しに来たんですか? 珍しく……いや、初めてみましたよ『人間』を連れているのなんて」

「そんな事、貴様が気にする必要はない。理由がなければ来ない事も分からない貴様ではあるまい」


 月夜さんは腕を組み、河童に言い返した。


「まぁ、当然何かしら『理由』があるだろうなってくらいの見当はつきますよ。僕だってあなた方ほどではありませんが、結構長い時間を生きていますし、それ相応の付き合いもありますから」


 河童も河童で大きなため息をついた。


「貴様とはなんだかんだと付き合いある。だが、貴様程度で『長い時間を生きている』とは言えんな」


「えー、そりゃああなた方と比べると僕なんてまだまだですけど、それでも『妖怪』とか『あやかし』の中では結構長生きですよ? 僕」

「フン、どうだかな」


「……」


 コレは一体何の『意地の張り合い』だろうか。


「まぁ、どうでもよいわ」

「よくないですよ! どれだけ長生きなのかっていうのは『あやかしたち』にとっては一つのパロメーターなんですから!」


 どうしてそこまで意地を張っていたのか全く分からなかったが、河童かっぱがそう訴えかけた事でようやく理解した。


 ――なるほど。ただの力比べでは『あやかしの強さ』は測れないと言うワケか。それならば、彼が必死になる理由も分かる。

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