14.個人 こじん
「はぁはぁ……」
この時の私はとにかく、サッサと目の前を行く月夜さんを追いかけるのに必死だった。
だから、いつの間にか外灯に照らされ、綺麗に舗装された道から外れている事に気がつかず、ふと周りを見渡して、ようやく気がついたくらいだ。
「――ここだ」
その場に立ち止まった月夜さんに、勢い余って当たりそうになりながらもなんとか横にそれた。
「こっ、ここ……ですか?」
「ああ」
月夜さんがそう言っているのだから、どうやらここが『目的地』で間違いないようだ。
「…………」
ただ、私は目の前に広がる『光景』に驚きが隠せない。
そう、私の目には『すごい勢いで水が流れ、水面を打ち付ける滝』が映っており、その滝のダイナミックさは思わず身が竦んでしまうほどだ。
「どうした、滝を見るのは初めてか?」
「はっ、はい」
この時ばかりは私も素直に肯定した。
「そっ、そうか」
月夜さんは、あまりにも私が素直に肯定してきたものだから面食らっていたけどが、この時の私は全然気にしていない。
私はここまで立派な『滝』を見るのは、せいぜいテレビ中継かテレビの自然をテーマにしたモノで見た事がある程度だ。
それこそ小さな話し声なんてかき消されてしまうほどの水の勢いや、水面に打ちつける水が跳ね返り、
「ふむ、そこまでこの『滝』が気に入ったのか?」
「きっ、気に入った……と言いますか」
――しまった。少しはしゃぎ過ぎてしまった。
私は、隣に月夜さんがいる事も忘れ、目の前にある『滝』に対し、思わず子供っぽくはしゃぎ過ぎたことにようやく気がついた。
「何、気にするな。何か物体を通して平面的にしか見た事の無いモノを立体的、なおかつ体験出来るというのは実によい事だ」
「そっ、そうですか?」
「ああ、どうやら貴様はこういった木々が生い茂っているいわゆる『森』や『山』には自主的に近寄らないようにしていた様だからな」
「それは……まぁ、さっき月夜さんが言った通りの状態でしたから」
例えば、学校行事で『山』や『森』に行くような事があれば、基本的に休んでいた。
それこそ、風邪を引くようにワザと髪を乾かさなかったり、お腹を出して寝たり……なんて事を自分でしていたくらい……。
そりゃあ、母さんや父さんに言えれば一番良かったのだろう。
しかし、母さんも父さんもそもそも私に興味がなかったし、いきなり「黒い塊が見える」なんて言っても信じてくれなかっただろうし、下手をすれば「興味を引きたいだけ」と思われかねない。
そんな風に言われるのが耐えられなくて、私はずっと言えずに一人で対処してきたのだ。
「ふむ、それが一番の『自己防衛』になる……か。さきほども言った通り『見える人間』は少ない上に血筋が関係している。だからこそ、誰かしらに相談することが出来る」
「それは……血筋。つまり、その人の両親かもしくはその親戚などの中で『見える人』がいるから……という事ですか?」
そう問いかけた私に対し、月夜さんは小さく「ああ」と呟いた。
「だからこそ、そういった血筋では人間は一人で抱え込む。本人はそうしたいワケではないが、下手な事を言えば何を言われるか分からないからな」
「…………」
もし、私が小さい頃。それこそ小学生くらいの時に「あそこに『黒い塊』見えない?」なんて言ってしまったら、どうなっていただろうか。
「人間は自分と違う、周囲とは違うという『個人』を受け入れられるかどうかというのは『人間』だからとかは『関係ない』という結論になる」
「…………」
それこそ『自分次第』という事を言いたいのだろうか。ものっすごく分かりにくいが、どうやら月夜さんなりに元気づけてくれようとしてくれたみたいだ。
「さて、ここに来たのはこの『滝』を見に来たワケではない」
「え」
「たわけ! 貴様を喜ばせるためにここに来たわけではない。言ったであろう? 時間は有限であると」
「いっ、言いましたが」
「それならば、ここに来たのも当然『理由がある』という結論になぜ行き着かぬ」
「いっ、いやぁ……さすがに分かりますよ?」
あわてて訂正した。
さすがの私もそれくらいは分かる。ただ、ここで立ち止まったからてっきりここが『目的地』だと思ってしまっただけで――。
「ふむ、では貴様は勝手に早合点してしまった……というワケだな? たわけめ」
「……」
何も言えない。現に早合点してしまったのは何も間違っていないが、ただその『たわけ』というのは余計だと思う。
「目的地はここから少し下ったところにある。ついてくるが良い」
「あっ、はい」
私はそう返事をし、その返事が聞こえたのか聞こえなかったのか分からないが、またもサッサと歩き出した月夜さんの後をついて行った。
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