河童

13.能力 のうりょく


 今の時間は、普通の家庭ではちょうど夕飯を食べている頃だろうか――。


「……あの」


 相変わらず月夜さんはサッサと先に行ってしまうが、一応私がギリギリ小走りすれば追いつけるスピードで歩いているのは……せめてもの心遣いなのだろうか。


 まぁ、そのおかげでこうして話しかけることも出来るんだけど。


「なんだ、つまらぬ事ではなかろうな」

「えっ、あっ……」


 ただこんな言い方をされてしまうと、どうしても萎縮する。


「……冗談だ」

「…………」


 月夜さんはそう言ったけど、やはり一度そう言われてしまうと……ふと思いとどまってしまう。


「なんだ、言ってみろ」

「いえ、そんなたいした事ではないのですが……私って『普通』とは違うのかな……って思ってしまって」


 初めて……会った時。


 いや、幼少期に会っているから、正確には『再会』という表現の方が正しいのか……何にしてもその時、私を『中途半端なアンテナ』と表現していた。


 ただ、そんな言われ方をすると……どうしても「私は『普通の人』とは違うのか」と思えてしまうのだ。


「娘。いや、貴様ら人間はどうしてそこまで『普通』がいいと思うのだ?」

「え?」


「……その『普通』に固執する辺りが、貴様ら『人間』の悪いところだ」

「そっ、それは……」


 言われてみれば、確かに人々は周囲からの『視線』や『評価』というモノを異常に気にする。


 それは私に限った話ではないだろう。


「ふむ。しかし、貴様がその事を気にする事によって自衛にも繋がるだろう。それを踏まえれば……まぁ『探知能力』について教えてやってもよかろう」

「あっ、ありがとう……ございます?」


 どうして、この人は普通に教えると言うことが出来ないのだろうか……。


 私だって、教えてくれるのなら……と、それこそ『普通』にお礼を言いたいところなのに、こう言われてしまうと……ちょっと引っ掛かりを覚える。


 でもまぁ、月夜さんがこの調子だから、私は「おかげでちょっと言い方がおかしい感じになって、普通に言えなかったじゃない」と、心の中で苦笑いをしていた。


「そもそも、私たちを『探知』つまり、私たちの『存在』を見つける。もしくは気が付く『力』の事を指しており、貴様ら人間はこの『力』に関してだけ言えば、基本的に『両極端』に分かれる」

「両極端……ですか、それはつまり……」


 少し考えたが、その答えに私はすぐに行きついた。


「……そう。つまり、私たちの存在に『気がつく』か『気がつかない』か……その二択しかないという事になる……通常はな」

「…………」


 そう言いながらも『通常は……』という言葉を言った時、月夜さんは私の方をチラッと見た。


 通常であれば、その『二択』のみ。それなのに、月夜さん曰くこここそが『中途半端』と言った理由らしい。


「……それじゃあ、私はただの『出来損ない』って事になるんですね」


 そう言いつつも少しくらい笑えれば、よかったのだが……正直、まるで自分を否定している様に思えてしまって、悲しくなる。


「……はぁ」


 月夜さんは黙って私の姿を見ていたけど、おもむろに「実に残念だ」と、言わんばかりに盛大なため息をつきながら、額に手をあてて……。


「……全く。そこは自分を否定するのではなく、その『二択』に入らなかった自分の希少さに目を向けるべきだろう」

「えっ」


 突然、そんな事を言ってきた。


 当然、私は驚いていたが、それ以上に今まで生きてきた短い人生の中でそんな風に言われたことがないから、余計に驚いた。


「ふん、何が『中途半端』だ」


 ――いや、あんたがさっき自分でそう言ったんでしょ。なんていうツッコミはここでは無視しつつ……。


「さっきも言ったが、人間が私たちに対する『探知能力』は『ある』か『ない』かの二択。一見すると『ある』人間の方が良さそうに聞こえるかも知れんが、そう簡単な話ではない」

「……と言いますと?」


 月夜さん曰く、探知能力のある人は、その『力』とも呼べるモノが強すぎるあまり『あやかし』と『人間』の区別がつきにくいらしい。


 つまり、その『探知能力のある人』にとっては『見えているモノ』でも、実際はその見えているモノが『あやかし』で『見えていない人』にはその『姿』自体気が付かない。


「その結果。見える人間は気味悪がれ、周囲に上手く溶け込めず、浮いてしまう……なんて事になりがちの様だな」

「そう……なんですね」


「その上、人間で『力のあるヤツ』はそう多くない。しかも『力のある人間』というのは、私たち『あやかし』の立場からしても狙いやすい」

「……」


 それは『動物』にも似たような感じらしく、力のある人間と『目が合った』つまり『気が付いてくれた』というだけで『あやかし』はその人間に狙いを定めるらしい。


「その結果、周囲にも影響を与えてしまうのだが、そういう『力のある人間』はその対処法も知っているような家柄の人間が多い。つまり、血筋というヤツだ」

「なっ、なるほど」


 つまり『神社』などそういった『あやかし関係』に詳しい人たちが『力を持ちやすい傾向』にあるらしい。


「そして娘。貴様は『弱すぎるあやかし』は論外として『弱いあやかし』はどうやら『黒いもやがかったモノ』に見え、私の様に『強いあやかし』は普通に見えている様だ」

「そう……みたいですね」


 改まって言われると、自信がないのだが、現に月夜さんの姿は普通に見えている。


「つまり、貴様はその『弱いあやかし』に気が付いた瞬間に『自己防衛』が出来る。あやかし……しかも、弱い奴は大体総じて足が遅いからな」

「えっ」


 それは知らなかった……あの『黒い塊』鈍足だったのか。


 でも、言われてみれば、あの時は私が足をもつれて倒れてしまったワケだし、そもそも子供だった。


「そもそもこういった『森』や『山』に近づかないのが一番よいが、ここに住んでいてはそうも言ってられんだろう」

「あっ……ははは」


 ただ私は『苦笑い』をしつつ、月夜さんから視線をそらした。


 しかし、月夜さんの言う通りだ。この地域に住んでいて『森』や『山』に近づくな……というのは、無理な話である。


「全く、なぜここまで――――」

「……え? 何か言いましたか?」


「ふん、気にするな。ただの戯言ざれごとだ」


 月夜さんから視線を外した一瞬、何やら呟いたような気がしたが……。


「そう……ですか」


 本人がそう言っているのなら、まぁ気にしなくてもいいだろう……と思った。


「……早くくぞ、時間は有限だからな」


 そう言って、結局ほぼ走っているのと変わらないスピードまで上げた月夜さんの後をまたも私は必死に追いかけた。

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