7.提案 ていあん


「……」

「ふん、私の美貌に見惚れて声も出ぬか」


 確かに、目の前に姿を見せたその男性の姿は美しい……が、それ以上に私はその『姿』に見覚えがあった。


「……」


 この尻尾に耳……そして、黒い長髪にこの口調――――。


「まっ、まさか……」


 私は思わずそう叫んでしまった。


「……」


 しかし、男性は特に驚く……といった表情もせず、むしろ「今ごろ気がついたのか」と言わんばかりにため息をついている。


「いや、だって……」


 その『髪型』どころか、あるはずのモノがなければ、自然とその対象から除外してもおかしくない。それに、あの時の私はまだ小学校に入学する前だ。


 多少の思い違いや忘れてしまっていても、仕方がないだろう。


「まぁよい、今はそんな事より娘。貴様の用件を聞こうではないか」

「はっ、はい」


 ただ、どうやらこの人は、私の知らない内に『敬語』を使わせている。


 それは、この人が持つ『雰囲気』と『態度』によるモノで、こういうのが人を惹き付ける力の『カリスマ性』と言うのだろうか……。


 なんて思いつつも、私は事の発端と現状を説明した。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「……なるほど。現状は理解した」

「……」


 尻尾をフワフワと動かしながら、その人は小さく頷いた。


「だが、一つ言うなら私に『見知らぬ少女』をかどわかす趣味はない」

「え」


「確かに貴様の言うとおり、あやかしの中には『少女』を食らうヤツもいるが、そういうヤツらに対しては私が目を光らせている事もあって、そもそもここにはおらん」

「…………」


 どうやらこの『妖狐ようこ』は、あやかしの中でもかなりの『上位』に当たる存在の様だ。


「しかし、娘……」


 その妖狐はジーッと私を見つめると――。


「貴様、随分と中途半端なヤツよな」


 そう言いながら、妖狐は器用に元の姿に戻り、軽くため息をついた。


「……は?」


 突然そんな事を言われても、全然意味が分からない……し、なぜため息までつかれているのだろうか。


「貴様は、私の姿やこの蔵を見ることが出来ている」

「それは……まぁ、そうですね」


「しかし、貴様はこの『結界』までは気がついていない。それはつまり、娘。貴様は『強いモノは視認出来るが、微弱なモノは分からない』という……」

「…………」


 一体、何のことを言っているのだろうか。それに『結界』とは一体?


「そうだな、貴様はこちらで言う『性能の悪いアンテナ』という感じだ」

「……アンテナ」


 こんな和風な人物から『アンテナ』という単語が出てくる自体、なかなか面白い……が、まさか『性能の悪い』という言葉までオマケでついてくるとは思っていなかった。


「ふん、何をそんなに落ち込んでいる。そもそも普通のヤツらはそもそもこの蔵すら視認出来ん。そもそも微弱なモノが完璧に視認出来ていないのは自分が昔から知っている事であろう」

「……」


「まぁ、貴様の事は良い。そんな事よりも……」

「はい?」


 突然、妖狐はワナワナと体を震わせている。


「えっ、あの」

「私の名を使って罪を犯す輩がいるとは……何とも腹立たしい!」


 そのまま怒りを露わにした。


「……!」


 私としては「いや、まだそうとは決まっていないからそこまで怒らなくても」という気持ちだった。


 だが、私の言葉に妖狐は「気に食わない」という様子でプイッと、私から視線をそらした。


「ふん。人間というヤツは受け入れがたい問題が起きると、何かになすりつけたくなる性分だ」

「そっ、それは……」


 私は「そんな事はない」と強く言い返せず、むしろ悲しいことに否定が出来ない……とすら思ってしまった。


「今はまだいい……が、娘。貴様が私に会いに来たように、貴様と同じように考える輩が出て来てもおかしくはない」

「…………」


 この一連の誘拐事件が最終的に『神隠し』によるもの……という事になりかねないと、妖狐は言っているのだろう。


「じゃあ……あなたはどうするおつもりなんですか?」


 それはもちろん、現在警察が全力を持って事件に当たっているはずだ。


 私も自分の名前が犯罪に使われたら、そりゃあ……この妖狐の様に怒るだろう。だが、いくら怒ったところで出来る事なんてなさそうに見える。


「ふむ、そうだな」

「……」


 妖狐は何やら考え込むように自分の顎に手をあてると――。


「よし、私自身で犯人を捜そうではないか!」


 突然「いいことを思いついた」という感じでそんな事を言い出した。


「……はっ?」

「何を呆けている、貴様も手伝うのだぞ?」


「いっ、いやいや!」


「何を言っている。私の名を使おうとしている輩をこの私自身が一網打尽にしてやろうと言っているのだ」

「いや、いくらなんでも一般人に……しかも、未成年に出来る事なんて何もないって!」


「しかも、貴様の友人も救うかも知れぬぞ?」

「ぐっ……」


 それを言われてしまうと……私も答えに困る。


「……」


 それが分かっているからなのか、妖狐は何やらニヤニヤとこちらの様子を窺っている……というのが分かってしまう。


「はぁ……分かりました。私も出来る限りの事をさせて頂きます」

「ふははは! 当然であろう!」


 大声で笑っている妖狐を尻目に、私は盛大なため息をつきたかった。


 しかし、彼の気持ちも分かるし、私も本当は……どうにかしたかったという気持ちがどこかにあったらしく「彼に提案されてよかった……」なんて思ったのは、あえて口に出さず、胸にしまった。


「……」


 ――あえて口には出さなかったけど、どことなくニヤニヤされている気がして……私は彼としばらく視線を合わせられなかった。

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