6.邂逅 かいこう


 そして、山には入ってすぐに「失敗した……」と思った。


 私は『都会っ子』というワケではない。それでも、ここまで『田舎』という場所で育っていない。


 だから、この『春の山の怖さ』というモノを全く理解していなかった。


 ここには見たこともない花や緑がたくさんあるが、それだけたくさんあれば、さぞかし『花粉』はたくさん舞っているだろう。


 決して私は『花粉症』ではないものの、なぜか鼻がムズムズしているように思える。


「……」


 昔の様に来た道を忘れる……なんてヘマは今さらしないが、あの時以来かなり久しぶりに入るから当然『不安』もある。


「……何? これ」


 山に入り、少し歩くと……そこには立派な『蔵』がそびえ建っている。


「ひょっとして……蔵?」


 ただ、コレがいつ出来たモノか……までは分からないけど、その古さを見ると……少なくともここ数年で出来たモノではなさそうだ。


「……」


 当然、バッチリ施錠もされている。


 正直、ここで暮らすようになってからも『蔵』なんて実際、この目では祖母の家にあるモノ以外見た事がない。


 そして、なぜか人はこういう『珍しいモノ』を見てしまうと、どうしても『触りたくなって』しまうらしく……。


「…………」


 私は無言のまま、その蔵の壁を触ろうとした――。


「!」


 その瞬間、何かが弾ける様な『音』と共に青白い火花の様な『光』が走った。


「っ!」


 私はその音と光に驚き、思わず手を引っ込めると、今度は何やら草むらから『人』がこちらに向かって来ているのが見えた。


「え……」


 見えた……と思っていたのもつかの間、その『人』はあっという間に私のすぐ目の前に現れ、私の喉に閉じた扇を突きつけた。


 扇を突きつけてきたその『人物』は着流しを華麗に着こなし、黒く短い髪をした『若い男性』だった。


「答えよ、娘」


 そして、こう私に問いただし、扇を持っている反対の手は、私の手首を握っている。


「…………」


 しかも、かなりの力を込めているらしく、簡単には逃げられそうにない。


「貴様はどうしてここに来た。どうなるか分からずに来たのか?」

「――違う」


 それに、私は元々『目的』があって『トラウマ』があるこの山に入ったのだ。今さら恐怖で引き返すつもりなんてない。


「……友か?」

「……!!」


 なぜ分かるのだろうか。


「……」


 私はここに来た『目的』について一言も言っていないはずだ。


「ふん、その様な事。わざわざ聞くまでもないわ」

「……」


 その口ぶりはまるで「私の考えている事なんて言われなくても分かる」と言われているようだった。


「たかが年を一周した程度の付き合いしかないヤツを果たして『友』と呼べるのか? わざわざこんな山にまで来る事なのか? ほとほと『人間』というヤツは分からん」


 この言い方からして目の前にいるのが『人間』ではない様に感じる。


 それに、この言い方はこの人自身が「人間が嫌い」だからこその言葉の様にも感じてしまう。


 でも、今はそんな事。どうでもいい……私は、それ以上にこいつに言いたい事がある。


「あんたに……」


 この人の言うとおり、たかが『知り合ってその程度』だったとしても、私にとっては『大事な友人』だ。


「あんたに何が分かるのよ!」


 こんな言い方をされて腹が立たないワケがない。


「ほう、随分威勢の……ん?」


 なぜかこの人は私の怒った表情を見て、言いかけた言葉を止めた。


「もしや貴様……」

「?」


 私の顔をのぞき込むように自分の顔を近づけたかと思うと、すぐにパッと顔を離した。


「……気が変わった」

「……」


 それだけ言うと、そいつは扇を仕舞い、私を解放した。


「貴様の話を聞いてやろうではないか」

「え……」


 急にどうしてそんな事を言い出したのか分からない。何か思うところがあるようには見えたけど……。


「……」


 正直、言ってやりたいことはたくさんあるが、話を聞いてくれる気になったのなら……それが一番いい。


 それに、私も勝手に人の蔵を触ろうとしたのだから、まぁ……私も悪いという事にしておこう。


「……して娘よ、貴様はどうしてここを訪れた」

「あっ、えと……あの。ここに『この土地の伝承になった人物』が……えと『妖狐ようこ』がいるかも知れないと言われてきたのですが」


「ほう……なるほど。しかし、娘。そやつとはもう会っているおるぞ?」

「……え?」


 そう言われて辺りをキョロキョロ見渡したが、それらしき『人物』というのはいないように思える。


「……この、たわけ! ここにおるではないか!」


 怒りながら……というより、その人はそう言いながら拗ねた様な表情を見せた。


「え……あっ、あなたが?」


「では、他にどこにいるか聞こうではないか」

「うっ……」


 確かに、この山の中でそもそも『人物』と呼べそうなモノ自体、ここにはいない。


「まぁよい。貴様の様な人間はその目で見なければ分からんだろうからな」

「……」


 言い方はともかく、確かにその通りである。


「ふん、ではその節穴でとくと見るがよい!」


 その言葉と共に、その人物を包み込むように光が瞬き……。


「……!!」


 私の目の前には大きくフワフワな尻尾と、さっきまで短髪だったはずの髪が長く伸びた……さきほどの男性が立っていた。

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