5.困惑 こんわく


「……??」


 その日、私はいつもいるはずの席にエリカの姿がない事に気がついた。いや、そもそもいつもであれば駅の前で電車を降りた私に声をかけてくる。


 しかし、今日はそれがなかった。


 最初は「先に行っている?」と思っていたが、席に姿がない……それならば、今日は休みなのだろう……と思っていたが。


「…………」


 ちょっと「水くさいな……」と思ってしまった。


 たとえ風邪を引いて休んでいるにしても、連絡先を知っているのだから「今日学校休む」の一言くらいくれても良かったのに……と。


 でも、連絡も出来ないほど辛い風邪なのかも知れない。それを考えると、逆に申し訳ない気持ちにもなる。


「とりあえず……」


 私は一言「大丈夫?」とだけ送る事にした――が。


「あれ?」


 特に何事もなく昼休みを迎えたが……なぜか送ったメッセージに返信はなく、それどころか『既読』すらついていなかった。


「おかしいな」


 いつもであれば、速攻で既読がついて返信も送ってくる。それに、返信が出来なかったとしても、既読くらいは付くはずだ。


 見ればすぐに付くのだから……。


「……」


 そこから私は『違和感』を覚えた。


「ねぇ聞いた?」

「聞いた聞いた! 私たちの学校の人が『神隠し』にあったんだって!」


「えっ、あれってただの『言い伝え』じゃないの?」

「どうやら違うみたい」


「しかも、一人だけじゃないんだって」

「えー」


「…………」


 まるで何かで図ったかのようなちょうどいいタイミングで、そんな会話をしている人たちの声が聞こえてくる。


 しかも、その会話を聞いた限り巻き込まれたと思われる人は『一人』だけではなさそうだ。


「それで、まだ『神隠し』か分からないけど『行方不明』になっている子と知り合いとか仲のいい子たちに色々話を聞いているらしいよ」

「へぇ……」


 多分『行方不明になる前の足取りを掴むため』に聞いているのだろう。それは容易に分かるのだけど……。


「いっ、いやいや……」


 一瞬だけ頭に過ぎった『悪い予感』を振り払うように私は首を左右に振った。


 この時になっても私はまだ「ただ風邪で寝込んでいるからかも」と思っていたのだ……。


『一年三組、椎名咲月さん。至急、職員室まで来て下さい。繰り返します。一年三組――』


 しかし、そんな私に対し、無情にもそんな放送が学校中に鳴り響いた――。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 入学して一年以上経つが、さすがに『校内放送の呼び出し』で職員室に行くのは小学、中学を通してコレが初めてだ。


「……失礼します」


 職員室に着くとさっそく担任の先生に手招きをされ、空き教室について行くと――。


「椎名咲月さん……ですね?」

「はっ、はい」


「初めまして。私、こういう者です」

「あっ……」


 そう言って私の前に掲示したのは『警察手帳』だ。


 何度かテレビドラマで見たことはあったが、こうして実際に見せられるのは初めてである。


「実は、この学校に通っている『結賀エリカさん』が昨日の夜からいなくなり、警察に届け出が出ています」

「…………」


 その時、驚きよりも正直「やっぱり……」という気持ちの方がまさってしまった。これだけ『違和感』があるのだから……と、思ってしまう。


「しかも、彼女だけでなく何名か昨日から行方不明になっているらしいのです」

「……そうですか」


 それもさっき教室で聞いた話で知っている。


「それで、前日の彼女の足取りを調べているのですが……」

「……分かりました」


 そう言って私は、昨日のやり取りについて話した。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「……それはそれは大変な事になったねぇ」

「うん」


 家に帰ると、祖母もどうやらこの『神隠し騒動』についてどこかで聞いたらしく、心配そうに尋ねてきた。


「本当に『神隠し』なのかな」

「……どうだろうねぇ」


「…………」

「…………」


 無言のまま俯いていると……。


「そんなに気になるなら、その『伝承』の元になった場所に行ってみるかい?」


 そう私に尋ねてきた。


「え……」

「……咲月にとっては『トラウマ』のある場所にはなるけどねぇ。でも、もしかしたらその『伝承』の元になった『人物』に会えるかも知れないからさねぇ」


「……おばあちゃん。もしかして?」

「はっはっは、あくまでもしかして……の話じゃよ」


 祖母は「もしかして……」と繰り返し言っているが、どうもその口ぶりは「その『伝承』の人物はこの家の裏にある森の中にいる」と断言しているようだった。


「……」


「ただ夜の森は危ないから、行くならお昼か学校から帰ってすぐ行くんだよ?」

「えっ、あ……うん」


 まるで私が「そうするだろう」という事が分かっているのか、祖母はそう言い、私は思わず条件反射的にそう返事をしてしまった。


「…………」


 でも、正直なところ。


 この時、私の心の中は「たとえいなかったとしても、行くだけなら……」という気持ちと「前みたいな事になったらどうしよう……」という迷いの気持ちが渦巻いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る