4.過去 かこ


 私には、エリカに話していない過去がある。


 そりゃあエリカにだって私に話していない事くらいあるだろう。それこそ『親しき仲にも礼儀あり』だ。


 その中の一つ。あれは……小学校に入る前の話だ。


 私は不注意で祖母から「入ってはいけない」と言われていた『山』に入ってしまい、突然『正体不明の物体』に襲われた。


 今となっては『それ』の正体を分かるけど、その時は何も分からずただただ怯えるだけの私を『彼』は助けてくれた。


「…………」


 それこそ『九死に一生を得る』出来事の中で私は『彼』と初めて出会った――。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「お母さん……どこ?」


 どれだけ歩き続けても一向にお母さんの姿は見えない。それどころかついさっきまで見えていたはずの家まで見えなくなってしまっている。


「ここ……どこ?」


 どうやら私は外で遊び、帰る途中で道を間違えてしまい、そのまま知らないうちにその『山』に立ち入ってしまったらしい。


 でも、その時の私は「間違えた」だなんて思っておrず、それこそただいくら歩いても歩いても辿り着かない……くらいにしか思っていなかったくらいだ。


「……」


 そうしてウロウロと歩いていく内にだんだんと緑が深くなり、辺りが暗くなってきたところでようやく「もしかして、迷った?」と思い始めていた。


「……」


 ただ一言だけ言うなら、私はこの時。決して自分から山に入ろうとしたわけではない。


 なんて今となっては思うが、この時の私はウロウロ……というより、オロオロ……と辺りを見渡しながら歩いていると……。


「……うわっ!」


 ふとした瞬間、ズルッと足を滑らせた。


「あっ、危なかった……」


 幸い、一瞬滑った程度で転ぶこともなく、なんとかその場で踏ん張り、体勢を整えた。


「……」


 実はこの日、昨日降った雨が嘘だったかの様に雲一つない素晴らしい快晴ではあった。


 しかし、森深いところではまだ地面が乾いていなかったらしく、そのぬかるみにどうやら私は足を取られたようだ。


「……」


 それに、輝いていた太陽が見えなくなるほど、薄暗くなるというのは……普通に最初に通った道を戻っているだけではありえない。


「……ひっ!」


 そんな状況で自分の近くにある草むらがちょっとでも揺れると驚く。


 しかも、こんな状況で、心細い思いをしている子供にとっては、ちょっとした物音にも敏感に反応してしまっても仕方がない。


「だっ……誰かいるの?」


 恐る恐る……揺れた草むらに向かって声をかけたが……。


「…………」


 何も聞こえてこない。


 もしかしたら相手は『動物』かも知れない……とか『虫』だから鳴き声もない……とか、今となれば色々な予想も出来る。


 だが、その時の私はまだ小さく、そんな事は考えられるほど余裕もなかった。


「……怖いよぉ」


 心細い気持ちだけでなく、何も安心が出来ない状況だとこの時聞こえた物音で怯え、私はその場から動けなくなってしまった。


「……っ!」


 あてもなく歩き回ったせいか疲れたこともあり、その場で座り込み、泣き続けたからなのかもう涙も出ない。


 そうして、動けなくなっている私に『それ』は草むらの中から突然現れた――。


「っ!」


 目の前から現れた『それ』を前に私は――叫び声が出せなかった。


「キシャ―!」


 その禍々しいもやの様な……真っ黒なオーラの様なモノをまとった蛇の様なモノが草むらからものすごい勢いで伸び……襲い掛かろうとしてきた。


「っ!」


 私は咄嗟に思わず顔面に両手を出して防御、そして両目をギュッと閉じ、その場でしゃがんだ。


「……?」


 しかし、くるはずの『攻撃』も『衝撃』も……なにもない。その事実に驚きと怯えを感じながら恐る恐る目を開けると……。


「……え」


 思わず私は目の前に広がっている光景に目を見開いた。


「だっ、誰……?」


 私の目の前にいたのは――なぜか『狐の面』を付けた『男性』だ。


「…………」


 どうやったのか分からないが、男性の手には木製の……キレイな細工が施されている『扇』が握られている。


「……」


 そして、私を襲って来ようとした『黒い蛇』の様なモノはグッタリとしている……様に見えたら……。


「あっ……」


 そのまま音もなく消えてしまった――。


「……おい」

「あっ……はっ、はい」


 声は低く……しかし、声色と雰囲気からなぜかその人は怒っている様に感じてしまう。


「早くここから立ち去るがよい」

「えっ、あっ……はっ、はい」


 その声に私は一瞬ビクッとさせ、立ち上がろうとした……が――。


「あっ……あれ?」

 

 すぐにでも立ち上がりたいのだが、私の気持ちに反してさっきまでの緊迫した状況から突然解放されてどうやら腰が抜けてしまったらしい。


「……全く、腰が抜けて力も入らんのか」


 男性は呆れたように小さく息を吐くと……。


「えっ……?」


 突然男性が私を抱き上げ、いわゆる『お姫様だっこ』の状態になった。


「えっ、え?」


 あまりに突然の事に状況が分からず、混乱している私に男性は「はぁ……」とさらに深くため息をついた。


「コラッ……暴れるでない」


 いや、この状況で『暴れるな』という方がおかしいと思う。


 この男性が私の知り合い……というのであるならまだしも……ついさっき会ったばかりの名前すら知らないのだから多少の警戒心を持たれても仕方ないと思って欲しい。


「……まぁ良い。舌を噛まぬ様に気をつけよ。噛んでも知らぬぞ」

「え?」


 小さく呟いたかと思うと……男性は地面を思いっきり踏みしめ――。


「!!」


 本当に『風の様』な早さで森を駆け抜け――私は……。


「……!」


 あまりの早さに叫び声すら出せず、必死に男性の背中にしがみつき、家に着いた頃には……。


「おい、貴様の住処はここか?」

「……」


「……全く気絶しているとは、なんと惰弱なヤツだ」


 私は目を回して、グッタリとのびていた……らしい。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 こんな『過去のトラウマ』があるから、昨日『桜祭り』で教えてくれた『狐祭りの伝承』で言っていた『あやかし』に関してはとても人ごとに思えない。


「それにしても、神隠しかぁ」


 ただ『神隠し』となると、私もちょっと胡散臭く感じてしまう。


「……寝よう」


 そして、その『桜祭り』が終わった次の日……エリカは忽然と姿を消してしまった。

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