三周年のウエディングドレス

葉月りり

第1話

 ウエディングドレスを着た花嫁はみんな美しい。親戚の結婚式に何度か出席したことがあるが、いつもはそんなにきれいな人だと思わないのに、まるで女優さんのようにきれいになってしまうのは、ウエディングドレスにはなにか魔法のような力があるんじゃないかなと思う。最近は地味婚流行りで、ウエディングドレスに思い入れのない子も多いけど、私は小さな頃からいつかは・・・と憧れていた。


 初めて、親戚以外の結婚式に出席した。高校の頃からずっと仲良くしてくれた友達の結婚式。彼女は仲間内では一番可愛くて男子にも人気があった。当然花嫁姿は輝かんばかりに美しくて、羨ましいを通り越して感激してしまった。鎖骨の浮き出た白いデコルテ、ほっそりとしたウエスト、シフォンを幾重にも重ねて、ふんわり広がり裾を引くドレス。髪に飾った生花に縁取られた美しい顔立ち。私もああなりたい! 素直に思った。ぽっちゃり系の私がそうなるには相当な努力がいるだろう。顔立ちは無理でもせめてこのウエストをなんとかしたい!

 結婚式は和やかに滞りなく進み、両親への感謝の言葉にしんみりした後はお楽しみのブーケトスがあった。彼女が放った丸く白いブーケは長いリボンを引いて、私の懐に飛び込んできた。びっくりしている私に花嫁は

「次は由紀子の番だよ! 楽しみにしてるよ! 私も呼んでね!」

彼氏はいたけど、プロポーズどころか結婚の話さえしたことがなかった私は

「えーっ! まだ無理だよー!」

と、困りながら笑っていたが、そのブーケがまだまだみずみずしいうちに私の妊娠が発覚した。


 私も彼もまだ就職して一年。貯金なんかほとんど無いし、仕事さえまだ一人前とは言えない。この状況でデキ婚。彼は最初はびっくりしてたけど、

「由紀子と結婚することは嬉しいことだよ。順番が違っちゃったけど、二人でしあわせになろう」

と、なんの迷いもなく結婚に向けて準備を始めた。慌ただしくアパートを決め、家財を整え、婚姻届もアッサリ受理された。そして、

「今は結婚式はできないけど、三年後、三年経てばお腹の子もちゃんと歩けるようになっているだろうからさ、三人で盛装して結婚式を挙げようよ。それまで頑張って働いて貯金するよ」

なんの区切りもなく始まった結婚生活だけど、新しい命がもう存在しているのだから、とりあえずこの子を守って行かなくてはならない。彼と二人、結婚三周年を楽しみに頑張って生活していこうと思った。


 でも、つわりは思ったよりひどく、ギリギリまで働くつもりだったのに、ベッドから起き上がれない日もあった。思ったより早くお腹も大きくなって、こんなもの? と不思議に思っていたら、検診で双子だと教えられた。予定にない妊娠、初めてのお産で双子。もう覚悟を決めた。私は会社を辞め、ただ双子が無事に生まれることだけを願い、何も期待せず、効率も考えず、起こったことに一つずつ対処していくことにした。

 そこからはもう怒涛の日々。つわりに耐え、何度かの流産、早産の危機を乗り越え、出産の感動も一瞬のこと。

女の子の一卵性双生児だったので、男兄弟しかいない彼と彼の母親は大喜び。なにくれと世話を買って出てくれた。嫁姑の関係がどうのこうのなんて言っていられない。借りられる手は全部利用した。


 彼も大変だったと思う。毎日のように残業をこなし、家に帰ってきても夕飯が用意されていないことも度々。休みの日もゆっくり寝ていられない。そんな彼に私は愚痴まで聞かせて、しょっちゅう落ち込んでは引っ張り上げてもらっていた。

 そんなぐちゃぐちゃな生活でも双子は日に日に可愛らしくなってきた。でも、お揃いの服を着せてママもおしゃれしてお出かけなんて夢。服は洗ってあれば上等、髪はひっつめ、自分のことなど構う間も無く、ただ双子の健康を守るだけの私を彼は呆れることなく気にかけてくれた。そして徐々にお互いをパパ、ママと呼ぶようになっていった。


やがて双子は二歳になり、夜はきちんと寝るようになり、足取りもしっかりして手間がぐっと減ってきた。が、言葉が出るようになってきた双子はイヤイヤ期に入ってきた。喧嘩もするようになって、私の体は楽になったが、気持ちがイライラしてしまうことが増えた。つい大きな声を出してしまうこともあって、そのあとひどく落ち込んだ。


双子が二歳になったということは、もうすぐ結婚三周年だ。毎日毎日髪振り乱して双子と格闘している私に結婚式なんかできるんだろうか。ウエディングドレスなんか着られる気がしない。楽しみにしてたはずなのにちっともときめかない。なんかめんどくさくなってきちゃったなあ。


 そんな時、パパがニコニコして預金通帳を出してきて広げて見せてくれた。そこには七桁の数字。

「えーっ! この二年ちょっとでこんなに⁈」

「うん。結構頑張ったよね。でさ、相談なんだけど、このお金、結婚式なんかに使わないでー」

「え? 結婚式なんか?」

「え? あ、ごめん。あの」

「パパにとっては三年前の約束なんかどーでもよくなっちゃったんだ!」

大きな声を出したら、涙がブワっと出てきた。

「私はそれを支えに今まで頑張ってきたのにーーーー」


ごめん! ごめんパパ! これは八つ当たりだ。どうでもよくなっているのは私。何もかもめんどくさくなってる私は、頑張ったパパが誇らしげでちょっと意地悪したくなっちゃっただけ。


 双子がお昼寝しているのをいいことに泣きじゃくる私に

「ごめん。悪かった。俺、こんなに頑張ったことなかったから、なんか欲が出ちゃってさ。ここまで貯金できたんだから、もっともっと頑張ってマイホームを! なんて思っちゃったんだ。ママの気持ちも考えずに先走っちゃったな。」

私はパパの首にしがみついて泣きながらただ、ごめんなさい、ごめんなさいを繰り返した。

パパはボサボサの髪に涙でぐしょぐしょの顔を見て、

「そうだよな、ママが一番頑張ってるんだよな」

といって私の髪を撫でてくれた。そして

「ママ、久しぶりにさ、美容院に行ってきなよ。ひっつめた髪の勇ましいママもいいけどさ、あの子らが寝てる間に変身するのもいいかもよ。俺、ちゃんと面倒見とくよ」

そうだ、もう年単位で美容院に行ってない。これは結婚式なんてどの口で言うというレベルだ。


 もうカルテなんか無いかもと思いながら、よく通っていた美容院のドアを開けたら、私の担当だったスタイリストさんはちゃんと私を覚えていてくれた。

「すごい久しぶりですよね。たしか、お産でしばらく来れないからってショートにして以来。無事産まれたんですねー。おめでとうございます。なんか、子供一人産んで・・え? 双子? 二人産んで、綺麗になったみたいですねー」

やだ、なにこれ、こんなあからさまな営業トーク、あり?

「随分お痩せになったですよね。ほら、この顎のラインなんかシャープになって、すごくいい!」

スタイリストさんは私のボサボサの髪をふんわり持ち上げて

「アップにしたらすごく素敵ですよ!」

ひっつめ髪と大して変わらないと思うのにアップにされた私の顔の形は、ほっそりとしたたまご型だった。毎日見ていたはずなのに、自分はポッチャリ丸顔だと思い込んだまま自分の顔形の変化に気づかなかったの?

「でも、髪も肌もカッサカサですよね」

「確かにちょっとね。でも、そんなの若いんだもん、ちょっとお手入れすればすぐ綺麗になりますよ」

何かが胸の中でキラッと光ったような気がした。

ショートカットにするつもりで来たけど、やめた。奮発してパーマをかけて、ちょっと高い位置でハーフポニーにまとめてもらって、少しメイクもしてもらった。


 見たことのない髪型の私に、最初はキョトンとしていた双子も、

「ママ、お姫さま〜」

と喜んでくれた。パパも「おっ」と言う顔をしている。私は

「パパ、もういいよ、結婚式なんか! もう少ししたら、私も働く。四人で楽しく暮らせるお家、私も欲しい! でも、わたし、ウエディングドレスは着たい。写真だけ、四人で盛装して。ね、おねがい!」


 貸し衣裳は値段に糸目をつけずに一番気に入ったもの。ヘアメイクは私にキラキラを思い出させてくれたいつものスタイリストさん。パパのヘアスタイルもやってもらった。ドレスアップした私を見て

「ママ・・・いや由紀子、すっごくすっごくきれいだよ。ホント、なんか、ほれなおしちゃうなあ」

そして、ポケットから小さな箱をとりだした。蓋を開けて見せてくれたのは小さいけれどキラキラ輝く石の入った指輪。

「泣くなよ〜。泣くなよ〜。せっかくきれいににしてもらったんだからな。これは小遣い切り詰めて買ったものだからさ、小さくて申し訳ないけど」

彼の気持ちが嬉しくて嬉しくて、でも、泣かない。私は今、女優・・・のはずだから。


 写真は青空のスクリーンの前でタキシードの彼と肩を出したデザインのウエディングドレスの私、そして二人の間に薄いピンクのドレスに背中に羽をつけた天使が二人いるワンカット。教会風のセットの前で彼が私の指に指輪をしようとしているところをもうワンカット。

 不思議なことにいつもはイヤイヤ全開、キャーキャー、ピーピーうるさい二人がドレスを着せた途端、急に大人しくお行儀よくなってしまったこと。カメラマンさんの指示も素直に聞いている。シャッターを押すときにはとびっきりの天使の笑顔。もしかしたら、女の子はみんな産まれた時から女優なのかもしれない。


 三年経てばあの小さな赤ん坊がしっかり歩く。人の心だって変わって当たり前。でも、私はこの二枚の写真を見れば、いつだって今の気持ちに戻れるだろう。おばさんになっても、おばあちゃんになっても。

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三周年のウエディングドレス 葉月りり @tennenkobo

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