愛と罪

かめかめ

愛と罪

 月日が経つのは早いもので、妻が亡くなって今日で三年目。言い換えれば僕が妻の暴力から自由になって三周年目の記念日ということだ。

 DVというやつを受け始めたのは結婚して三週間が過ぎてからだった。

妻はもともと気が弱く依存体質で、一人では生きていけない弱い女性だった。僕はそんな妻を一生かけて守ろうと結婚を決めた。僕が側にいて支えれば彼女もいつか一人で立つことができるだろうと思っていたのだ。

 だが、妻の弱さは異常だった。僕が家から出るのを必死になって止めるのだ。仕事に出かける時でさえ泣いてすがりついてきた。家で一人、僕を待つことすら彼女にとって責め苦でしかないのだ。僕は毎日、妻を振り切って出かけるしかなかった。泣き叫ぶ声を聞くたび罪悪感に駆られた。これでは彼女を救うどころか寂しさを与えるために結婚したようなものだ。

 そんな日々を過ごすうちに妻の様子が変わった。思いつめたように鬱々として僕と目を合わせることもない。僕が出かける時に、やはり涙は見せたがすがりつくことはなくなった。ただ恨めしそうに僕を睨むのだ。その変わりようがたまらなかった。僕は妻をこんな風に変えてしまった自分が許せなかった。

 

 そしてある日とつぜん、妻の暴力が始まった。最初は無言で殴り掛かってきた。急な残業で帰宅が遅れた時だった。玄関のドアを開けると、妻が真っ青な顔で立っていて僕を見るなりこぶしを握り締めて肩を思いきり殴りつけた。何度も何度も殴られながら僕の罪悪感はますます募った。気の弱い妻がこんなに激しい怒りの感情を見せるなんて信じられなかった。悲しかった。悔しかった。不甲斐ない自分は妻に殴られても当然だと思った。僕は妻のしたいようにさせていた。

 妻の暴力はエスカレートしていった。今でもフライパンで殴られて折れた肋骨が痛むことがある。雨の日など特にそうだ。妻が脅えるほどに嫌っていた雨、その暗い空が僕の気持ちを淀ませて古傷をうずかせる。僕は妻と同じくらい雨に脅え、雨を嫌うようになった。

 僕はいくら殴られてもしかたないと思っていた。僕を殴ることで少しでも妻の気持ちが安らぐならそれで良かったのだ。だが、妻が本当に求めていたのは僕に鬱憤をぶつけることではなかったのだ。僕からの言葉を、強い感情を求めていたのだ。たとえそれが怒りでも憎しみでも、彼女にとって必要だったのだ。気づくのが遅すぎた。ある晩、彼女は包丁を握った。僕は死を覚悟した。僕では彼女を幸せにできない。ならば僕がこの世を去れば彼女は新しい出会いを迎えることができるだろう。

 だが、刃は僕ではなく、彼女の首筋に向かって突き刺さった。鮮血が飛び散った。切り裂いた喉だけでなく、彼女の口からも血がしたたった。真っ赤な血を浴びて僕は呆然と立ち尽くした。


 今日はそれから三周年目の記念日だ。妻の遺影に花を供える。今日も雨だ、古傷が痛む。僕は彼女の暴力から自由になった。だが妻が残した傷は僕の罪悪感を苛み続ける。僕が犯した過ちの記録が積み重なる。三周年、四周年、五周年、そのたび僕は自分の罪を数え続ける。彼女を本当には愛せなかった自分の罪を責め続ける。いつまでも。

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