Lyricism or Hirosism

七瀬鳰

Lyricism or Hirosism

 



 莉々りりの描いた

 赤い生命体。




 それはそれは

 丸く

 まりのように

 丸く

 コクヨのクレパス

 いまだ

 使い慣れて

 おらぬらしく

 毛羽立つ輪郭

 まさにマリモ。




 高いところから

 落としても

 弾みそうにない

 マリモ。




 それはそれは丸いマリモ

 に

 ヒジキのような

 いびつな

 赤い毛

 9本。




 目をこすって

 数えて

 みたのだが

 なるほど

 9本。




 その

 9本の毛が

 落書きの太陽を

 ほうふつさせる

 角度で

 マリモの周囲に

 放射状に

 まばらに

 生えておる。




 9本の

 毛を持つマリモの

 瞳は

 ドット

 で

 口は

 弓なり

 で

 うっすら

 笑んでおる。




 9本の

 縮れ毛を持つ

 マリモ

 不敵な薄ら笑い

 浮かべておる。




 それが

 全体的に

 赤く

 赤いマリモだろうか

 ただの太陽だろうか

 と

 今朝がた

 剃ったはずなのに

 もう

 ぞりぞりとしておる

 顎を

 右手の

 親指の腹と

 人さし指の腹で

 囲いながら




「ぬう」




 ヒロシ

 うなりも

 唸ったり。




 そこでヒロシ

 あぐらの居住まい

 すくと正し




「これは

 なんだ莉々」




 画用紙を掲げ

 尋ねてみれば

 莉々

 それはそれは

 勇ましく




「名前は

 ないのだヒロシ」




 同じく

 あぐらの上半身

 にわかに

 踏ん反りかえらせた。




 マリモでなく

 太陽でもなく

 名もなき物体であると

 それはそれは

 勇ましく

 にわかに

 勝ち誇る。




 いつの間にやら

 子パンダ

 の

 ごとく

 見違えるほど

 大きくなっていた

 その

 華奢きゃしゃな体

 目一杯に

 踏ん反りかえらせ

 武者もののふ

 の

 ごとく

 勝ち誇る。




 微笑ましくも

 おそろしい

 にわかな

 成長にある

 娘に向けて




「お陽さま

 の

 ように

 見えるのだが」




 ヒロシ

 戸惑いをかしつつ

 尋ねれば




UMA未確認生物だヒロシ」




 莉々

 途方もない検索ワード

 打ち出して

 こくり

 うなずく。




「タコ

 では

 ダメなのか」




 なお

 おずおずと

 問うも




「駄目もなにも

 UMAは

 UMAであり

 それ以上も

 それ以下もないぞヒロシ」




 保育園の

 年中生とは思えぬ

 語彙ごい

 そして

 大人

 顔負けの

 勇ましさで

 父を

 叱りつける。




「名もなき星を

 月と呼んだら

 学問が

 成り立たんぞヒロシ」




 もっともなことを

 ようやく

 生え揃ったばかりの

 八重歯に乗せ

 実の父を

 叱りつける。




 叱りつけられた

 実父・ヒロシ




「では

 莉々が

 名づけてみてはどうか」




 実父としての

 一縷いちる矜持きょうじ

 奥歯につめこみ

 保育園児の

 実の娘に

 投げかけた。




 すると

 実娘・莉々




「あたし

 保育園児だ。

 保育園児に

 そんな権限

 ないぞヒロシ」




 ここぞとばかりに

 おのれの

 弱い立場

 ひけらかし

 さらり

 言ってのける。




「そ

 そうか」




 さて

 どうしたものか

 と

 ヒロシ

 大いに

 逡巡しゅんじゅん




 会社より

 帰宅して早早

 よもや

 見たこともない生き物

 得意気に

 見せつけられるとは

 夢想だにしておらず

 しかも

 この生き物

 名前もないらしく

 よって

 レビューしづらい。




 と言って

 感想のひとつも

 漏らさぬでは

「親として」

 とか

「情操教育」

 とか

「嫁にくれてやるまでは」

 とかいう

 霊験れいげん

 あらたかな意味合いで

 いかがなものか?

 みたいな

 胸のうちに巣喰う

 PTA的な価値観が

 黙っておらず。




 やむなくヒロシ




「そうか。

 うむ。

 よく描けたな莉々」




 いかにもな

 上から目線の感嘆符

 優しく

 娘へと

 さし出してみた。




 ところが

 そんな

 さり気なさ

 演じる父に対し

 莉々




「あぁ

 そのような祝辞は

 特に

 ほしかった

 わけではないのだヒロシ」




 すまんなヒロシ

 と

 素っ気ない。




「お

 おぉ」




 では

 なんのために見せたのだ

 と

 尋ねたい衝動に

 駆られたが

 なにせ

 最近の

 この娘のこと

 どのような禅問答

 もしくは迷宮

 提供プロデュースして寄越すか

 もはや

 見当もつかぬ。




 思いかえせば

 赤子の時分

 初めて

 口にした日本語は

「マパ」

 であり

 どちらのことなのか

 と

 妻とは

 ほぼ離婚する勢いで

 たいそうモメたが

 あの日の

 家族討議など

 ほんの序章

 で

 あったかのような

 それはそれは

 あんまりな

 娘の成長。




 褒められれば

 素直に

「あいあとう」

 と

 舌足らずな感謝

 口にしていた娘が

「それはだなヒロシ」

 と

 親を呼び捨てにし

 あげく

 天文学的な講釈

 垂れるようになったのは

 はて

 いつからのことで

 なにがきっかけであったか。




 ヒロシの目頭

 熱くなる。




 しかし

 泣いては大黒柱の恥

 強く

 胸に戒めて




「ちなみに

 それは

 食べられるのか」




 まさにマリモ

 を

 指さして問う。




 娘の力作に対し

 とっさに

 食用の可否を

 問うたこと

 すぐさま反省するも

 莉々

 思いがけず神妙に




「人は

 なんでも喰らうぞヒロシ」




 こくり

 うなずいた。




「コンクリートの

 塊を

 ペーストにして

 濾過ろか

 くりかえし

 加熱殺菌

 するなどして

 スープ状にしたものを

 これからの芸人たちが

 やいのやいの

 と

 喰らっていたぞヒロシ」




「な

 んだそれは」




「テレビジョン

 で

 放映

 されていたぞ」




「大

 胆な

 アプローチだな」




「良い子は

 決してマネをするな

 と

 テロップが入ったぞ」




「入る

 だろうな」




「大人の

 ラグジュアリィ

 とやらを

 垣間見たぞヒロシ」




「どえらい

 ものを

 垣間見たな」




 すると莉々

 小指のような

 人さし指で

 天を指し




「いずれにせよ」




 保育園児が語るに

 あるまじき接続詞

 インサートし




「イルカや

 クジラも喰らえば

 ウシまで喰らう

 これこそ

 人が

 人で

 あるための

 営みの作法だぞヒロシ」




 どこぞの

 教祖のトーンで

 説く。




 熱い目頭

 こらえつつヒロシ




「ウシは

 食用として

 定着しているが

 イルカや

 クジラは

 そうも

 いかないのではないか」




 問う。




 しかし

 この教祖

 廓然大悟かくねんたいごの微笑みで

 こう切りかえす。




田畑でんぱた

 耕すための

 欠かせないパートナー

 それが

 古来日本における

 ウシだったのだぞヒロシ」




「でん

 ぱた」




「パートナーは

 平然と喰らい

 イルカや

 クジラでは

 物議を

 かもすのだぞ

 欧米の連中は」




「かも

 すのか」




「パートナーのかたちは

 人それぞれ

 尊重されるべきだ

 と

 たっとぶくせに

 ウシは

 骨の髄まで

 しゃぶりつくすのだ欧米人は」




「たっ

 とぶ」




「おまえが言うな

 と

 日本人はもっと

 声

 高らかに

 シュプレヒコールを

 あげるべきなのだヒロシ」




「春闘

 の

 ようだな」




 あんがい

 春闘の意味

 知っていそうな園児・莉々




「ちなみに」




 颯爽さっそう

 ちなませ




「カラスは

 人間でいう

 3歳児の知能を

 有するのだそうだヒロシ」




 豊かな蘊蓄うんちく

 ひけらかす。




 もはや

 座礁ざしょう

 しかかっている

 大黒柱キャプテン・ヒロシ




「なかなか

 賢いなカラスは」




 おのれの操舵そうだ

 ままならず。




 すると莉々

 タレ目を

 きりり

 凄ませる。




だまされては

 ならんぞヒロシ。

 3歳児を

 賢いと

 褒めそやしたら

 古稀こきは神だぞヒロシ」




「こき」




「あたしは

 イルカよりは

 年下やも

 知れんが

 カラスよりは

 年上だぞヒロシ」




「ギリでな」




 いったい

 なんの話だったか

 見失い

 かけている

 父をさし置き




「しかしながら

 賢さと

 食の是非は

 イコールとはならず

 ならば

 カラスも立派な

 食用対象と

 なるうるわけだヒロシ」




 莉々

 威風堂堂と

 つづける。




「あたしは喰らいたい

 あたしは喰らいたくない

 というのが

 ゆいいつの

 正しい回答なのだぞヒロシ」




「そう

 なのか」




矢車菊やぐるまぎく

 モーツァルトに

 耳を澄まさないと

 はたして断言できるのかヒロシ」




鎮魂歌レクイエム

 聴くのかも

 知れないな」




「オイスターの

 IQが

 500でないと

 どう証明するのだヒロシ」




「貝だけに

 生まれ変わらないと

 わからないことだな」




 ヒロシ

 色色と

 うまいことを

 言ったつもりだったが

 莉々

 ことごとくスルー。




「オイスターバー

 とやらを経営するほど

 しゃぶりつくすのだぞ欧米人は」




「やたら

 欧米を嫌うな莉々は」




「例えば

 繁殖の合理性においては

 人類の

 ずっと上をいく彼らを

 やれ

 賢いだの

 やれ

 賢くないだの

 人間の基準で

 選別したがる

 そんな人間どもが

 いちばん

 賢くないと思わんかヒロシ」




「だってにんげんだもの

 と

 開きなおるぐらいだからな」




「賢さが

 食の是非を測る

 物差しであるのならば

 そのような

 馬鹿で

 愚かな人間こそ

 最も

 喰らうに値する

 生き物だという

 理屈に

 なってしまうぞヒロシ」




「理屈の

 部分ではな」




 そこで莉々

 小さな空気の塊

 ひゅうと飲みこみ

 わずかに

 発酵させてから

 ヒロシに向けて

 吐き出した。




「賢い

 とは

 なんぞやヒロシ」




「ぬう」




 娘からの

 文学的リテラリィな挑戦

 そこそこ予想は

 しておったが

 挑まれたら挑まれたで

 やはりヒロシ

 唸りも

 唸ったり。




「そ

 れは

 だな」




 それでもヒロシ

 父として

 裏切れぬ思い

 要するに

 自尊心プライド

 守るために

 話のスジ

 かんがみる。




「人間を

 基準とする

 自己満足

 なのだろうな」




 そんな

 父の決死の奮闘を

 ふん

 鼻息で迎える娘。




「つまり

 人間サマを

 自惚れたい

 と

 いうことかヒロシ」




「まぁ

 否めない

 だろうな」




「しょせん

 イルカも

 カラスも

 人間が

 人間サマだと

 勝ち誇るための

 好都合なフラグ

 と

 いうことかヒロシ」




「そう

 いう

 ことに

 なるのかな」




「そんな

 賢くない

 人間サマどもが

 人間基準の賢さを

 売りにして

 喰らう

 喰らわない

 を

 常識セオリー化したところで

 説得力は

 ナッシンだぞヒロシ」




「Nothing」




「とどのつまり

 多種への愛護精神は

 人間という

 種族への自尊精神に

 他ならず

 ただのエゴイズム

 綺麗事

 茶番

 飯事ままごとであり

 ちゃんちゃらおかしい

 お話

 なのではないかヒロシ」




「語彙」




 ではなく

 さが

 の

 ほうが

 摂理に

 適っていると

 思わんかヒロシ」




「人間も

 摂理の

 一部

 だからな」




「喰らいたいか

 喰らいたくないか

 という

 性

 こそ

 生き物にとっての

 食のすべてである

 と

 そう思わんかヒロシ」




「するっと

 話が

 戻ってきたな」




 もはや

 応答するだけで

 手一杯な

 ヒロシを察してか

 莉々

 ここでようやく




「では

 パンダはどうだヒロシ」




 やわらかく

 迷宮の

 奥深くへと

 誘導。




 どうだと

 問われても




「クマ

 だからな」




 やはり

 応答するより他に

 術のないヒロシは




「食って

 食えない

 ことは

 ないのかな」




 と

 つづけた。




 すると莉々

 待ってました

 と

 言わんばかりに

 父の語尾

 遮って




「冴えているぞヒロシ

 読解力が

 あるではないかヒロシ」




 大絶賛。




「マタギのふところ

 カタギの胃袋を

 あたためたのが

 クマなのだぞヒロシ」




いん




「クマは

 喰らって

 パンダは

 喰らわんのかヒロシ」




「まぁ

 かわいらしいからな」




 しょせん




「そうだヒロシ。

 しょせん

 そういうことなのだヒロシ」




 そういうことで

 あるらしい。




「愛護精神だか

 なんだか知らんが

 あたしは喰らいたい

 か

 あたしは喰らいたくない

 の

 それだけでよいのだ。

 そうして

 喰らいたいものを

 喰らいつくし

 なんなら

 絶滅

 させればよいのだヒロシ」




「過

 激」




「愛護を叫んだとて

 サバンナで

 臓腑はらわた

 引きずり出されている

 インパラの痛みが

 和らぐ

 わけではないぞヒロシ」




「アニ

 マル

 プラネット」




「原義

 人類は

 獅子よりも残酷で

 愚かしい

 生き物だぞヒロシ。

 だからと

 恥じ入ることなく

 原義に準じて

 ありのままに

 生きるべきなのだぞヒロシ」




「べき

 なのか」




「世の民はみな

 ありのまま

 とかいう価値観が

 大好きだぞヒロシ。

 自然体

 とか

 素直に

 とかいう価値観も

 大好きだぞヒロシ。

 欧米人は

 特に好きだぞヒロシ。

 それでいて

 愛護などという矛盾

 を

 叫ぶのだから

 どうやら欧米人は

 だいぶん阿呆あほうだぞヒロシ」




「なんの

 怨みが」




「神の名における愛護

 という正義を掲げ

 国際基準グローバルスタンダード

 という名の国を立ちあげ

 くみせぬ国が

 あると見るや

 平然と

 国境を跨ぎ

 その国の

 いにしえの文化を

 片っぱしから

 壊して回るのだヒロシ。

 やってることは

 某テロ組織と

 変わらんぞヒロシ。

 テロとは戦うべき

 ではなかったのかヒロシ」




「風刺」




「人間もまた

 生き物だぞヒロシ。

 議論だの

 批判だの

 ツイートだのと

 反動物的な優越

 に

 引きこもらず

 他の生き物になら

 食について

 ありのままに

 自然体に

 素直に

 していればよいのだヒロシ。

 たとえ

 根絶やしになったとて

 それもまた

 自然の摂理。

 生き物全体の

 ゆいいつの

 かけがえのない宿命

 であることに

 違いなどないのだぞヒロシ」




「し

 しかし

 しゅ

 のこしたほうが

 よいのではないか」




 すると莉々

 どこでおぼえたか




「てぃってぃっ」




 かなり舌足らずな

 舌打ち。




「食物連鎖の摂理は

 どこに置いてきて

 しまったのだヒロシ」




 保育園児の娘に

 舌打ちされた

 父のハート

 もはや

 風前の灯。




 むろん

 この娘

 憐れなる父を

 忖度そんたく

 することはなし。




「イルカは

 プランクトンをも

 ひと飲みにするぞ。

 オイスターの

 大好物だぞ。

 イルカが増えたら

 オイスターバーが

 火の車になるぞ。

 経営が破綻するぞ。

 自然界まで破綻するぞ。

 なにがヴィーガン菜食主義者だ。

 あいつら世話ないぞヒロシ」




 はははは

 小さな八重歯で

 呵呵かか大笑。




「ヴィーガンどもの

 おもてなしを裏切り

 イルカはみな

 ありのままに

 自然体に

 素直に

 大好物ばかりを

 喰らってるぞヒロシ。

 ざまぁないぞヒロシ」




「皮肉」




 これから

 国際社会の大海原

 わたっていくのだろう

 この未来ある童女




「なかんずく

 ヴィーガンどもは

 摂理に後ろ向きで

 宿命にもと

 背徳的で

 生き物の

 風上にも置けない

 まことの悪だぞヒロシ」




 鎖国を

 言祝ことほぐトーンで

 やれやれ

 と

 嘆く。




「あまつさえ

 ヒステリィの塊で

 頭の回転も

 悪く

 賢いイルカ

 でも

 喰らって

 彼らにあやかるべきだ

 と

 推奨して

 いるようなものだぞヒロシ」




 やれやれだぞヒロシ

 と

 華奢な首

 器用に振ってみせる。




「し

 し

 しかしだな莉々」




 ヒロシ

 最後の力

 ふりしぼり




「人類以外の

 すべての生き物が

 絶えたら

 結局

 我我は

 ヴィーガンに

 なる

 しかないのではないか」




 父の意地を

 とくと見せる。




「宿命が

 書き

 換えられる

 の

 ではないか」




 すると莉々

 にやり

 悪魔の微笑み。




「読みが

 甘いぞヒロシ」




 この父の

 預かり知らぬ

 低い声で




「まだ」




 こう

 問いかけた。




「まだ

 残って

 いるではないかヒロシ」




「な

 にがだ」




「ほら

 残って

 いるではないかヒロシ」




「ま

 ま

 ま

 さか」




 が

 残って

 いるではないかヒロシ」




「り

 く

 つ」




 刹那

 ヒロシの額に

 重たい重たい

 脂汗あぶらあせ




「本

 気か」




 なにせ

 愛娘が

 よもやの発想。




「本気で

 言って

 いるのか」




 愛娘が

 人として

 ならぬ発想。




「人

 を

 食べろと」




 ヒロシの涙腺




「共

 喰い

 しろと」




 決壊寸前。




 しかし莉々

 いっこうに

 おもんぱからず




「人は」




 悪魔の

 微笑み

 を




「なんでも喰らうぞヒロシ」




 いっそう

 深く。




「ウシも喰らわば

 イルカも喰らう。

 コンクリートまで喰らう」




 小さな指で




「だいたい」




 赤いマリモ

 つまみあげ




「これが喰えるのか

 と

 問うたのは

 ヒロシだぞヒロシ」




 細い上半身

 ずいと寄せる。




「娘の

 力作だぞヒロシ。

 共喰いよりも

 おぞましい

 探求心だぞヒロシ」




 遥かな下から

 鋭いタレ目で

 める。




 みごとな読心術で

 思っただけの反省

 すっぱ抜かれたヒロシ




「あ

 あうう」




 失神寸前。




 さらに莉々




「娘の力作

 いや

 娘の心を

 喰らおうとは

 もはや

 人食主義カニバリズム

 凌駕りょうがするぞヒロシ」




 ヤクザの

 取り立てのように

 追い討ちをかけ




「見あげた

 親だぞヒロシ」




 はやし立てる。




「いいぞヒロシ!

 生き物の

 かがみだぞヒロシ!」




 なにぶん

 父としての大失態

 指摘されただけに

 ヒロシ

 しつけと称し

 叱咤しったするには

 遠くおよばず

 たまのような脂汗

 拭うことも

 ままならず

 して

 利口になった娘を

 ねぎらう余裕に

 恵まれようはずもなく

 ただただ

 ふ

 ふ

 ふ

 と

 浅い呼吸

 くりかえすばかり。




 かろうじて

 頭の中に

 めぐらせていたこと

 と

 いえば

 あの保育士か

 あの同級生か

 もしやあの妻か

 と

 娘を

 このようにした真犯人

 列挙すること

 しきりであり

 しかし

 それを愚考とも

 気づかれぬほど

 ヒロシはもはや

 神経衰弱の

 ピーク。




 なるほど

 種の根絶やしを

 口にし

 終末的な共喰いを

 示唆しさ

 あげくのはてには

 父の失態を

 嘲笑う。

 娘にこれをされ

 なお

 冷静沈着ラショナルな思考

 できたのならば

 そいつはすでに

 人間ではない。




 ヒロシは今

 虚無という名の絶望

 その

 底なしの胃袋に

 五臓六腑

 ずるり

 ずるり

 ずるり

 と

 喰らわれておる。




 ずるり。




 わからぬ。




 ずるり。




 娘が。




 ずるり。




 わからぬ。




 ずるり。




 と──




「ふ」




 夢幻の奈落より

 じっと

 睨めておった

 幼きUMA




「実に

 不味そうだぞヒロシ」




 桜色の唇

 弓なりにしなわせる。




「実に

 不味そうな顔を

 しているぞヒロシ」




「ま

 不味そう」




 きょとん

 目を丸くする父に

 莉々

 子守唄ララバイ

 聞かせるがごとく

 囁きかける。




「この

 得体の知れぬ

 生き物は

 そんなにも

 不味いかヒロシ」




 かえでの掌

 マリモでなく

 平たい胸に

 あてる。




明日あすにはもっと

 得体が知れず

 明後日にはずっと

 知れなくなる

 それが子供の

 成長らしいぞヒロシ」




「せい

 ちょう」




「愛護精神

 なんぞでは

 計り知れんのが

 我が子の

 成長らしいぞヒロシ」




 甘く見るなよヒロシ

 と

 つけ加え

 莉々は

 つづけた。




「あたしはどんどん

 UMAに

 なっていくのだぞヒロシ。

 この

 UMAの不味さ

 知ってなお

 喰らいたいと思うかヒロシ」




「喰」




「愛護だの

 正義だの

 口にして

 くれるなよヒロシ。

 人間以外が

 絶えた時

 あたしを

 喰らいたいか

 喰らいたくないか

 ヒロシの性で

 ヒロシの心で

 ヒロシのまなざしで

 選んでくれよヒロシ」




 切切と

 滔滔とうとう

 沁沁しみじみ

 この園児は

 この娘は

 莉々は

 父を

 諭すのだ。




「最初

 このUMAは

 喰えるのか

 と

 尋ねたが

 答えはただひとつ

 ヒロシが

 どう思うかだぞヒロシ」




 であるならば




「あぁ」




 ヒロシの答えも

 ただひとつ。




「喰えんな」




 こんな

 不味い気持ちでは




「喰えんよ」




 こんな

 砂を噛む思いでは




「喰える

 はずもあるまいよ」




 すると

 ほぉと息を




「そうか」




 うなずく莉々。




「そうか」




 タレ目をつむり




「そうかそうか」




 わずか

 満足そう。




 多かれ

 少なかれ

 子は

 見違える。

 見違えていく。




 よちよち歩き

 その

 親の知るセオリーなど

 どこ吹く風

 言葉をおぼえ

 悩みを抱え

 尊大になり

 横道へ

 遠慮をして

 歯向かいもする。




 どんどん

 遠くへ離れ

 ますます

 わからなくなる。




 なにしろ

「子育て」

 とは言うが

「親育て」

 とは言わず

 いっぽうは

 前へと進み

 いっぽうは

 遅れを取り

 両者

 並んで駆けるなど

 夢のまた

 夢。




 ヒロシもまた

 日日

 痛感していた

 はずなのだ。

 愛娘の

 微笑ましくも

 畏ろしい

 見違える成長

 を。




 甘く

 見ていたのだ。




「まずいなぁ」




 つぶやいて

 顔をしかめる。




「うまくない」




 親

 というヤツは




「うまくいかない」




 はたして

 そういうものだ。




 しかし

 なんとなし

 ヒロシの胸は

 燦燦さんさんとして

 晴れやかだった。




「うまく

 いかないものだな」




 誰が

 喰らうものか

 喰らってやるものか




「まったく

 甘くはない」




 その

 ゆいいつの答えに

 気づかれたのだから。




「で」




 晴れやかなまなざしで

 ヒロシ

 娘をとらえる。




「莉々のほうは」




 賢い

 タレ目の愛娘。




「この父を

 喰らいたいと思うか」




 ますます

 UMAな愛娘。




「あたしか」




 ぺいっと

 マリモを放り

 腕を組んで

 莉々




「あたしは」




 不意に

 意地悪そうな笑み。




「なにしろ

 うまくいったからな」




 弓なりの

 UMAの笑み。




「打ち

 ひしがれるヒロシは

 なかなか

 うまかったぞヒロシ」




「ぬ」




「美味だったぞヒロシ。

 病みつきだぞヒロシ」




 ヒロシが得たのとは

 また異なる

 そのロジックに




「ぬう」




 ヒロシ

 唸りも

 唸ったり。




「今後とも

 喰らってやるぞヒロシ。

 甘く見るなよヒロシ。

 覚悟しておけよヒロシ」




 そう言い放ち

 ぺん

 唸る膝を

 楓が叩く。




 ──ヒロシ

 娘に試された。




「いやはや」




 人を喰ったような

 愛娘。




「こりゃあ」




 喰わせ者の

 愛娘。




「いっぱい

 喰わされたな」




 それが証拠に

 幼き莉々は




「冴えているぞヒロシ。

 そういうことだヒロシ」




 踏ん反りかえって

 威風堂堂と




「喰らいたくも

 喰らいたくなくも」




 夕べの最後を

 結ぶのだった。




「人は

 なんでも喰らうぞヒロシ」




  【 劇終 】



 

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