第4話 鬼祓い



「たかが人如きが、私に傷を付けるとは……。その罪は万死に値する。お主は生きたまま臓物を食らってやるぞ」

 男が厭らしく癖のある笑みで倒れた一弥を眼下に見据えて少しずつ近づいてくる。

「お前は何だ……」

 一弥かずやは力の無い声で男を見据えて言った。

「ほう。俺かよ。最期に教えてやろう。俺は昔の戦で何人も切ったこの太刀……そのモノよ」

 男は手に持った太刀を振って言う。

「お前は付くも神の一種か……」

「おおよ。俺は業物わざものでなあ。これで人手を回ってどれだけ切ったか、もうわからぬよ。人間の血は美味しくてなあ。戦が終わっても忘れることなど出来んかった。どれお前の血の味は……」

 男は怪訝そうな顔になる。

「ぬう。馬鹿な……。貴様。この味は人間ではない。もっと別のモノだ」

 慌てる男をしり目に

「ふう。貴様の正体を聞かせてもらった」

 一弥はスーっと立ち上がった。

「しかし、お前のおかげで式を一鬼いっき、無くしてしまった。昔。僕が助けたヘビだ。僕が油断したからだ。でもこの子が守ってくれた。もう、貴様に助かる見込みは無い!」

 怒りの炎が一弥の背で燃え上がった。

「おのれ、影式かげしきか。それで勝ったと思うなよ。貴様は今の攻撃を凌いだに過ぎん。何度でも殺してやるわ」

 そう叫ぶと男は太刀を構え迫ってきた。

影式とは術者が仮に無意識でも契約をしていれば命に危険が迫っていてどうにもならない時に一回だけ身代わりになってくれる式神だった。

 今の攻撃は心臓を狙っていた。もし、契約をしてなかったら死んでいただろう。

 だが自分の式神しきがみは死んでしまう。

 これは一弥の修行不足――油断が招いたモノだ。

 一弥は一心に男の太刀と短槍で切り結び始めた。

「ほう、切り結ぶつもりか。だが先ほどの結果と変わらんわ」

 男は力任せに振り回してくる。

 しかし、一弥は滑らかに男の重い斬撃をいなしていた。男――太刀は当惑しているようだった。

「なぜ、当たらん。なぜそんなに滑らかにいなせるのだ」

 男が喚きながら太刀を振った。

「お前。真剣相手に竹刀で戦ったことが有るか。俺は細い竹の枝でも真剣をいなせるのだ」

 一弥の瞳は細められ、その身体が舞うように動き始めると静かに鈍い光を描き始めた。

「そんな事が出来るか」

 男の顔は焦りを見せ始めた。

「出来るさ、現にやっている。流石は妖刀だ。それまで切っていたであろう人の血や油など一片も無い。お前は何百年も前の作なのにまるで刃毀れもない新品同様だ。それは貴様が全て吸っていたからだ。おそらく貴様は死んだ人間から血を一滴残らず飲み干すのであろう。しかし、それが仇になったな。途中から妖しいと睨んでいたのさ」

一弥はそういうと男から太刀を跳ね上げた。男が虚空の太刀に駆け寄ろうとする。しかし、妖刀に操られた男の屍に息吹きと共に拳を突き出す。すると男の屍は吹き飛ばされた。

 一弥はゆっくりと地面に直角に突き刺さっている妖刀に近寄っていった。

「ま、まて、なあ、良いことを思い付いた。俺を使えよ。真名を教える。それで使役しろ。そうすれば、お前は百人力だ。いや千人力だ。だから俺を使え! 使ってくれ!」

 それは慟哭のように響いた。

「わるいが、お前の名に興味はない」

 一弥は静かに柄を短創でふたつに割った。そして太刀の作名を見て、一弥がその作名を唱えると静かに『きん』と短く呟いた。

 するとその妖刀は煙のように消えていった。

「本来。人でも物でも寿命は決まっている。それをお前は越えようとしたんだな。その媒体に人間の血を何回も使って生まれ変わってきたのだ。本当はお前はもう何百年も前にこの地上から一切の物質さえもちあわせてはいなかったんだよ」

 そう静かに呟いた。


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