第3話 一弥、鬼と逢う。

 一弥かずやは狩衣に着替えてりんの部屋の四方にしめ縄を張ると結界を張った。

 それを確認している顔には汗が流れ少し緊張していた。

「すいません。私が眠らないとその男の霊も現れませんのでお先に御休みいたします」

 そう言って凛は寝床に入った。

 一弥は彼女の部屋の障子を閉めた。彼女の部屋は美しい日本庭園が面していた。一弥は黙って庭に面する廊下に腰掛けて男を待つ。娘の父は傍らで月を眺めていた。

「今日は満月ですな。こんなにも月の光が強い」

「まったくです。こんなに美しい夜は好きなだけ眺めていたいものです」

 一弥は月の光が庭先の木々にあたってきらきらと煌めいて見える。こんな夜に男を待たねばならない事に少し不満があったが、その代わり凛という可愛らしい娘にも会えた事はうれしかった。だた、それはこの夜を無事に乗切ったらの話であろう。

 夜半過ぎ時刻も丑三つ刻にもう少しの時刻に近づいた時であった。急に庭の空気が変わる。庭の一部がゆらゆらとまるで水面のように揺らめいて見えた。

 此処に異界の門が開かれたようだ。

 異界の門とは霊が実体化し、鬼のように肉体を持って出てくる時に現れる現象だ。

 不意に一弥は息吹きを行う。

 精神を研ぎ澄ます事で神道では息吹と呼ぶ。

 扉が開くと異界からの負のエネルギーが稲妻のように周りの者を取り囲み金縛りにしていまう。

 凛の父親はもう金縛りに遭い、既に目しか動かすことが出来ない様だ。

 一弥は懐から符を出すと苦無くないに刺して地面に投げた。それらは門の目前に突き刺さった。それらは二対が均等に地面に刺さり紫の光を放って繋がっている。

 それは簡易の二本結界であった。まず、これで相手の力を試す。

 果たして異界の門には男が立っていた。噂どおり鎌倉の御家人のような姿をしている男は一歩ずつ歩を踏み出した。その途端、男の足は二本結界にかかる。

 バシ、バシ。

 二回ほど木を割るような音がした。

 直後、苦無に付いていた符は、ぼっと燃えて消えてしまう。結界は直ぐ破られた。

 一弥は舌打ちした。これは厄介な敵だと察したのだ。

 いくら簡易の結界であれ、その男が意に介さないところを見るとかなりの技量の鬼だとわかる。

 それに男は話の通りに大きな太刀を腰にぶら提げていた。

「お前は何者だ。なぜ彼女を連れて行こうとする。お前はお前の世界に帰れ」

 すると男が一弥の顔を見て言った。

「なぜ、邪魔をする。貴様は何者だ。貴様から名乗れ」

「貴様に名乗る名は無いが、僕は、この娘の『まもりと』だ」

 そう大声で男に言った。

「ほう。まだそんな者が存在していたとは。貴様らの祖先に有った事が有るぞ。皆、食ろうってやったわ」

 そう言って微かに笑った。

 一弥は黙って男を見据えている。いつでも動ける体勢だ。

「何もいわんのならこちらから行ってやろう。貴様を殺せば貴様が作ったであろう邪魔な結界も消えるだろうて……」

 男はスーと地面を滑らかに統べるように一弥の目の前にやって来た。

 刹那、太刀が大蛇の鎌首のように飛び出した。

 その軌道は一弥の脳天を狙っていた。

 グサリ。

 男の太刀は庭に面した廊下に深々と切り込まれた。

「ぬう。上か。いや、うしろ……か。」

 一弥は跳躍して男の太刀を躱していた。男を飛び越え庭の中央に降り立った。しかし、男の反応は驚くほど早い。今度は横一線に男が薙ぎ払おうとした。

 ガギ。ギリ。

 一弥は懐から太い槍を出した。それは短く切った先端だけの手槍だった。

 その槍で両手に重ね持って受け止める。

 だが、男の怪力にボンと宙を舞う。

 後方に十メートルほど飛ばされた。

「くぅ。こいつとんでもねぇ」

 そう言い放つと一弥は見事に着地した。 

 一弥は言葉に思わず地が出たが直している余裕などなかった。

「く、化け物め」

 そう一弥が罵ると男はニヤリと笑っている。

 そして笑顔のまま音もなく距離を詰める。

 だが、一弥はもう男と間合いを深く取っている。

「まず、あの太刀を何とかしなければ殺られる」

 そう呟いて懐から、また符を素早く取り出しだすと、言霊をとなえた。

「ふるべ ゆらゆらと ふるべ」

 そして符を手のひらに乗せてフッと息を掛けた。

 すると符が燃え出し男の本に飛んでいく。

 符は手から離れると大きな火の玉になって男に向かって行く。

「火遁か。所詮、下賎の者が使う術だ。小僧、逃げるか!」

 男はそういって太刀で火の玉を真っ二つに切り裂いた。

 同時に真っ二つになった玉は凄まじいく発光した。日の光が急にこの場に降り注いだようだ。周りは見えなくなった。

「ぐう。くそ何処だ」

 男は視力を奪われた。

 男の後ろで赤い発光が見えた。刹那、男は前方に吹っ飛んでいた。

「ぐ、小僧!」

 男が立ち上がるのを見て一弥は言った。

「お前の言う通り最初のは火遁の術だ。その後は本当に焔の術。確かに大した術じゃないけどまともに喰らえば効くだろう」

 見ると男は背が大きく焼けていた。太刀を手には持ってはいない。

 一弥は最初の発光で実を隠し、背後から攻撃したのだ。

 相手が太刀を落としたのが更に状況を有利にした。その太刀はもう一弥の手の中にある。先ほどの間に拾ったのだ。

「この餓鬼が‼」

 男は先程よりも早い速さで手を振り乱して迫ってくる。

 さっきまでの余裕はもう見られない。

「もう。お主に逆転はない」

 僕は地面に男の太刀を突き立てると、二本の槍を懐から出した。すると男が突進するのを止めてまたニヤリと癖のある笑みを見せた。

「どうした。掛ってこい」

 僕は挑発する。しかし、男は乗ってこない。

 なぜだ? 答えは直ぐに分かった。

「馬鹿が。死ね」

 男がそう言い放った。すると突き立てた太刀が妖しい青白い光を放ち音もなく一弥を切りつけた。

 く、この距離では避けきれない。

 鈍い音が四方へこだました。

「ぐは。ううぅ……」

 一弥は地面に崩れ落ちた。


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