第2話 一弥、依頼主に会う。

 

 そこは遠目に見てはわからなかったが大きな屋敷であった。

 僕は昨日覚えた地図から此処であろうと半ば確信していた。大きな門の前に立ち声をかけると中から家の人がすぐに出てきた。

「どうも、良く来てくださいましたなぁ」 

 見た目、五十過ぎの女性は雇われている人のようだった。

 一弥かずやは客間に通されると初老の男が出てきた。

 どうやら此処の主人らしい。

「夜分にこんな田舎へお呼びしてまったく申し訳ない」

「いえ、私は父の言い付けで来ただけですから。本来ならば父がこなければならなかったのですが……」

「あの藤倉さんにこんな大きな息子さんが居たとは。こんなに立派な方ならお宮の方は安泰ですな」

「いえ、僕などまだまだ修行が足りませんので家業を継ぐとは決まっておりません。妹も居ますので父は養子を取るかもしれませんよ」

「謙遜しなくてもよろしいですよ。御父上が此処に自分の代わりにこさせたそれだけで充分信頼されておられますよ。貴方もかなり鍛えているんじゃ有りませんか」

「はあ、まあ一通りは。でも父には全然敵いません」

「それはそうでしょうな。昔、貴方の御父上の荒行を見ましたが、まさに鬼神を思わせるような激しいモノでした。あんなに笑顔が似合う方ですのに……」

 一弥は笑った。

 そして今回の依頼も只ならぬことではいかとも思えた。

 此処の主は父の本当の顔を見たことが有るのだ。それだけに今回の依頼は危険が付きまとうものだと僕は再認識した。

「で、依頼の方は」

 一弥は単刀直入に聞いた。

「今日の依頼は娘の事なのですが一晩、娘の傍らで守ってもらえませんか」

 主は唐突に言った。

「何か来るのですか?」

「はあ、何と申しましょうか。出るのです。男の幽霊が」

「幽霊?」

「はい。幽霊です」

「どのような感じですか。」

「はあ。見た目は若い男です。着物を着ていましたが、侍のようでした」

「なぜ、侍だと?」

「はい。男は腰に刀をつけているのです。それは大きな刀でした」

「刀はどの位の物でしょうか……。」

「えっと、たぶん、あれは四尺ほどはありましたなぁ」

「それは鎌倉から南北朝時代の武士ですね」

「なぜ解るのですか?」

「はい、鎌倉時代の武士は一対一で馬上で切り結ぶのが習わしですから、そのように長く大きな太刀は戦国時代のような集団戦の中では使いにくい。それに戦国期なら、もっと長い長槍を使えば良いですからね」

「博識ですな」

「いえ、僕は大学で民俗学を学びたいからたまたま知っていたに過ぎません」

「さすが藤倉先生の息子さんだ」

 主は感心したように肯いた。

「それで彼の目的は?」

「男は娘に日に日に近づいて来るのです。娘は眠ると石のように重くなって動かすことが出来ません。それで御父上に相談したのです」

 一弥は父からはそんな事を聞いてはいなかった。自分で判断して行動しろというのが父の信念で『どんな事でも安易に答を求めるな、まずは自分で考え行動しろ』がの口癖だ。

 一弥は思った。

 鎌倉時代の武士かそれとも落人か判断がつかなかったが太刀が有るのが厄介だと、まったく親父にも困ったものだ。親父殿は息子が死んでも良いらしい。

 まあ、そんな風だから装備は使える者はほとんど持ってきたし、そういう知識も昔から身につけた。親父は使えるモノはどんなモノでも使えという。こだわっていては、それに囚われてその時の最高の判断が出来ずに結局、簡単な事で死んでしまう、それだけは避けろ。と言うのである。

 そんな事を考えていると主の娘が客間に出てきた。

 その娘はとても可愛く見えた。

 彼女は椿の花模様が華やかな着物を着ていた。

 目元はすっきりしていて目は大きく長い眉毛は凛としてその小さい口には薄く紅がさしてあるように赤かった。

「娘のりんです」主が言った。

 すると娘も

「凛と申します」

 と恥ずかしそうに頭を下げた。

「こちらこそ。僕は藤倉一弥と申します」

 一弥は立ち上がりながら言った。

 凛と呼ばれた娘の顔に見とれていたからであった。

 このような少女を今まで見たことが無かった。

 本当に箱入りのお嬢様と言った感じだ。

 もはや大和撫子というものは花の名前にしか存在しないと思っていた。

 だが実際に見てみると日本の美徳とか美意識は確かにすばらしいものが有ると思った。

「では、凛さん。寝ている時の記憶は有るのですか?」

「いえ。まったくわかりません。けれど夢を見るのです。其処には私が草むらに座っていますとそこに若い侍が近づいて、『私と一緒に来るのです』といって私の手を引いていくのです。私は始め抵抗しましたが近頃はだんだんと、もといた場所から離れていってしまう。そんな夢を見るようになってから、男の幽霊が出るようになったのです」

 凛は顔をしかめて恐ろしそうに語った。

「そうなのです。娘がそんな夢を見たといった時から夜中に私が縁側を歩いていると男の幽霊を目撃したのです」

「ふむ。これは凛さんがその霊か何かに魅入られてのでしょう。このままでは危ないかもしれません。相手の主体は見てみないことにはしっかりとはわかりません」

「どうすれば良いのですか」

 主は必死にすがって来た。

「本来は場所をかえるか。それとも男の霊が来るのを防ぐかどちらかです」

「防ぐとは?」

「それにはいろいろ有りますが一般的には四方に結界などを張り入れぬようにします。それから僕が寝ずの番をして、その男の霊と対峙してみましょう」

 ふたりはお願いしますと頭を下げた。

 一弥はこんな風に言ってみたものの実戦は初めてだった。おそらく相手はかなりのものだろう。それなりの修行はしてきたものの果たして自分の術が何処まで効くのかが心配になった。

 なにが一晩だけ寝ずに番をするだけだ! 

 たしかに一弥は霊を見るだけなら始めてではない。しかし、実体化している者には有った事が無い。

 素人の父親が見えると言うことは、既に実体化しているは疑いの無い様だ。

 またそう考えた方がいい。

 楽観主義は死を招く。

 悲観主義は生を招く。

 これも親父の言葉であった。

 これらは、実に危険な者であるのだ。親父の話では同業者で首をもがれたモノがいると話していた。

 その時、一弥は思った。その話は嘘だと思ったがどうやらこれらの話は本当らしい。なんせ親父が受けた依頼だ。それは僕と、その男との戦いが避けられぬものである事を意味すると。






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