作品からのラストメッセージ
* * * * * * *
どうも皆さんこんにちは。作者の一考真之です。
『女神に捧げた氷戦(アイストラグル)』The Finale『その歩みは、善き結末へ』までの話を読んでいただき、本当にありがとうございます。
1話辺り5000文字前後、合計60万文字越えの作品にお付き合いくださったことは非常にありがたいことで、その上で読者様方の人生の僅かなスパイスとなっていれば幸いです。
いつもnoteの方に残している後書きに関しては、活動報告の方にURLを置いてあるので、そちらからアクセスしていただければ、と思います。
……では、なんでこんな投稿があるのでしょう?
そう思った読者様も、そうでない読者様も、お時間が許すならば、もう少し作者の言葉に付き合いください。
物語というのは、もちろんあれこれ想像すること自体に意味があると思いますが、知られることにもきちんと意味があると思います。作中でも、エースの行動は知られないまま、空白の時間として語られたこともありましたし、知られない物語は、推測でどうにでもなります。反対に、きちんと分かった部分は、それが本筋として語られていくことになります。
物語に『完結』の2文字がついた後の作品は、おそらく読者様方の頭の中で自由につづられていくこともあるでしょう。作者である僕の頭の中では、今もアイストラグルの話は自由につづられながら続いています。
実はこの先に、もう1つだけお話を用意しました。
ただこれは、この『女神に捧げた氷戦』の1ファンでもある僕、一考真之が示しただけのお話です。
The Finaleを読んだ方で、あの終わり方に納得している、満足しているなど、いい印象を持たれている方は、僕としてはここでブラウザバックすることをお勧めします。当然読んでいない方も、作者的にはブラウザバックを望みます。
こんなところまで足を運んでいただいたことはありがたいのですが、この先にあるのは、蛇足になりえるかもしれない話です。
ここまで来てしまったからには、そういうわけにもいかないのかもしれません。
ですが、作者である僕の願いとしては、読者が納得できる終わり方で読み終えてほしいのです。冒頭の話は、そのための言葉でした。
あなたが知ったエースたちの物語の結末に納得しているのであれば、そこが終わりであるとしたほうがいいのかもしれません。
終わりに後があるならば、それはカーテンコール、あるいはエンドロールでしょうか。そこで席を立つ人は少ないのかもしれませんが、許されてはいるはずです。
長くなってしまいましたが、作者の言いたいことは『ここで引き返すも、先に進むも、今この文面を読んでいる読者様が決めてください』ということだけです。軽い気持ちで決めてもらっても構いません。
そして、もしも、この先を読まれるのであれば――この物語がお気に召すものかは分かりませんが、最後の最後まで、お付き合いいただければ幸いです。
『君が見せた全てに報いを。これは、女神が示した、終わらずに続く物語』
* * * * * * *
教室を後にし、生徒玄関から外に出ると、思ったよりも夕陽は眩しかった。
サウゼル魔導士育成学校の白塗りの校舎は、夕陽に照らされるとよく映える。生徒の間でもよく知られている事実だったが、今日のこの光景は、寂しさをより際立せていた。
しばらくの間、校舎に目を向ける。
過ごした日々が、少しずつ記憶の奥の方へと押し込まれる。この学び舎で過ごした濃密な時間は、最近のものこそすぐに思い返されるが、遡れば遡る程記憶は曖昧になる。
これから先に、フローラとの思い出が積み重なることはもうない。大切なものは残っても、全ての記憶を抱えられるわけではない以上、小さなものからどんどんと零れ落ちていく。
叶うのであれば、もう一度、フローラの隣を歩きたかった。横を歩きながら、他愛ない話をして、笑いあって……そんな穏やかな日々を、願っていた。
だが、彼女を北の地まで連れていくことは出来ない。理解と気持ちにずれがあるように見える彼女を、エースの思いだけで連れていくことなど、エースには出来るはずもなかった。
間接的にとはいえ、自分のせいでフローラが苦しむことなど、もうあってほしくはない。幸せに歩める道は、自分とではなくともたくさん残されている以上は、ここで身を引くのが最善の選択なのだろう。
そう理解して、自分で決めたはずが、エースの心には寂しさが募る。
どうして、何も為すことが出来なかったのだろうか。
もっとフローラと話していれば、彼女は『ずれ』に苦しまなくて済んだのではないか。
そうすれば、自分はもう少しフローラと歩く時間を得られたのではないか。
帰り道を1人歩く最中に、後悔が生まれ出る。
気を紛らそうにも、今日はミストにヒールとメールを連れて帰ってもらっているため、1人で歩き続けるしかない。思考に意識を少し割きながら歩いた道は、それなりに長いはずが、今日だけは少し短く感じた。
そして気づけば、自分がいる場所からやや先に、木々が作る道の終わりが見えていた。
「あ……」
道の先に、見慣れたフォンバレン家が小さく見える。
もう、『いつも通り』は帰ってこない。
少しの準備をした後、エースとミストは、お互いにこの地を旅立つ。人生で始めての、別離の時が来る。
次この辺りに来るのは、いつになるか――そんなことは、全く分からない。そう考えているから、フローラとの縁も自分から断った。
「やぁ」
突然、懐かしい声が宙から聞こえてくる。
「……久しぶりだな、フェアテム」
「そうだね。久しぶりだね」
そう言って振り向くと、ちょうど宙にフェアテムの姿が出来上がったところだった。
「何しに来た」
「君に会いに来たのさ」
「なんで今更」
「むしろ今だから、というべきか。まぁ、実はちょくちょく、君のことを陰から見ていたんだけどね」
前半で生じた疑問は、最後に添えられた言葉で不快感に代わり、隠しきれないそれが表情へと現れる。
あまり誰かに見せたくない表情も見られていると考えれば、それは自然なことだった。
「感想を一言述べるなら……実に、面白かったよ」
「はっ、そうか。そりゃよかったな」
嫌味にしか聞こえないフェアテムの言葉を、エースは鼻で笑い飛ばす。
ある意味ではエースの人生をめちゃくちゃにしたのはフェアテム。そう思うと、まともに会話する気すらも起こらなかった。
「約束を心の礎にして神の力も借りて成した結果何も得られず、事件の後に悩み続け、立ち直ったはいいが――結末はともかく、中身は濃いだろうよ」
「ああ、確かに濃かったね」
「ふざけるなよ」
あっさりと言われた言葉に、エースの口から反射的に怒りが出る。
「結局、お前の嘘で俺の元には何も残らなかった」
フェアテムのお陰で、皆を救えたことは理解している。
しかし、フェアテムのせいで、その後の道のりにて苦しむことになったのもまた事実。
そう思うと、フェアテムを目の前にしたエースがそう言うのは、自然なことだった。
その様子を見ていたフェアテムは、静かに口を開いた。
「本当に、そうだろうか?」
「なに?」
少し声の雰囲気が違って聞こえる言葉に、エースは感情の中の怒りの割合を抑えつつ聞き返した。
「君が救った世界が残っていて、君が救った人たちが残っている。何も、というのは、君が見えていなさ過ぎるのではないかな?」
――そんなことは、分かり切っている
サウゼル魔導士育成学校という、自分たちの過ごす世界を救って、自分にとっての大切な人たちを救った。
そのことに間違いはない。だが、フローラの記憶がなくなり、幸せな未来が潰えた今、エースにとっては比喩表現だとしても、何も残っていないという言葉に間違いはない。
「まぁ私は確かに『エース・フォンバレンとフローラ・スプリンコートの過ごした記憶』を、『エース・フォンバレンの所有物』として奪った。そこは認めよう」
こみ上げてくる怒りが、歯の擦れる音を鳴らす。
そんなことを今聞いたところで、エースにとっては、何にもならない。認めたところで、何も返ってこない。
そう思っていたのだが。
「だが、そこには条件付きで記憶を元に戻すという約束もあってね。フローラには、『エース・フォンバレンという人間が、記憶を失くした自分とこれから辿るであろう未来』を予想してもらったのさ」
初耳の情報に、エースの中の溜飲が少し下がる。
フェアテムと会うことを自分から避けていた上、フェアテムの方からも夢で会いに来ることはなかった。そうなれば情報が入らないのは当たり前ではあるが、そんな条件があったのであればもっと早く知りたかった、とも思う。
そう考えた時には、怒りの感情は薄れていた。
「当たれば、記憶が戻ると?」
「そうだね」
「何故、それを今になって言うんだ?」
フェアテムの言葉自体は理解できるが、そのタイミングは、エースにとってはあまりにも不可解過ぎた。何も残らなかった、という発言の後に被せてくることに、意味がないとは、エースには思えなかった。
「あえて言うならば……『君の物語は、彼女が繋いだ』といったところだろうか」
答えをぼかした、フェアテムの言葉。
もちろん、理解できるはずもなかった。しかし、エースの理解を待たないままに、言葉は続いていく。
「彼女は君のことをよく知っていた。だから、彼女は道を続かせることが出来た。今度は、君の番だろう」
「今更何を……」
既に自らの手で切ってしまった縁を、戻すことなど出来るはずもない。
自らが言葉を示したのなら、そこに責任を持って貫き通す以外の選択肢は、エースの中にはない。
「切った糸は、結び直そうと思えば結び直せる――私からの、最後の助力だ」
そんなエースの考えを見透かしたのか、フェアテムはそう言うと、珍しくふっと笑った。
「では、もう私は去るとしよう」
「いや、おい待てよ!」
「君たちの行く末に、幸多からんことを」
最後にそう言い残して、フェアテムはその姿を消した。理解の追いつかないままに、エースはその場に立ち尽くす。
「どういうことだ……?」
フェアテムの言葉がぼかされ過ぎていて、エースの理解は追いついていなかった。
戸惑いながらも、荷物を持ち直して、これまで進もうとしていた方向に行くことくらいしか、エースの行動の余地はない。
と、思っていたその時だった。
「くるぅ!」
鳴き声と共に、ヒールとメールがやってくる。
「おお、なんだ、迎えに来たのか?」
「くるぅ!」
「くるるぅ!!」
ヒールとメールは、エースの言葉に反応した後、今来た方向へとゆっくりと進んでいく。
ひとまず進んでいくと、彼らは何故か家を通り過ぎていった。
「ん、どこへ行くんだ?」
エースの問いかけを聞いて、2匹は宙をくるくると舞う。
「……?」
手招きでもしているのだろうか――そんな風に思ったエースは、家の傍に荷物を置くと、2匹が向かう方へとついて行った。
2匹の行き先は、森の中だった。このまま歩いていけば、学校に着く方の道へと、2匹は誘う。
何故こちらへ、という思いが湧くが、その真意を2匹に問うことは出来ない。
彼らは鳴くことは出来ても、話すことは出来ない。故に、その行動に付き添って理由を確かめるしかない。
まるで何かに導かれ、そこにエースを向かわせようとする理由を、目で見て確かめる必要がある。
気づけば、森の中をそれなりに進んでいた。もうしばらくすると結界を抜けて、手順を踏まなければ踏み入ることが出来ない位置までたどり着く。
すると突然、ヒールとメールが、急に止まった。
「ん、どうした?」
ヒールとメールは、エースの声に反応せず、周囲を確認している。
その後に、ヒールとメールがエースの方を向いた。何もかもが分からずに、首を傾げながら、エースは2匹を見つめる。
「「くるぅ!!」」
いつもエースの言葉に反応する時よりも、少し力強い声で鳴いたヒールとメール。
直後、2匹が、そのまま上に向かって飛んでいく。枝や葉を器用に抜けて進む姿は、すぐに見えなくなった。
「え……」
急に置いてけぼりをくらったエースは、数秒間ポカンとしていた。
ここに連れてきて、自分たちはどこかに行くという動作の真意など、分かるはずもない。
戸惑いの中で、しばらくの間エースは木々の静かな音を聞いていた。
その中に、足音が混じって聞こえてくる。
誰かがこちらに近づいてくることを示しているのは間違いない。その足音が刻む速度は、走っているように思える。
少しして、そこに現れたのは――
「えっ……!?」
先ほど、別れを告げたはずの、フローラだった。
「はぁ……はぁ……」
息を切らして立っている姿は、近くにある松明のお陰か暗くなっていく森の中でもよく見える。
エースが保健室に預けてきた後、かなり急いできたことは分かる。
だが、別れを告げ、その場では何も言わなかったフローラが何故このタイミングでエースを追いかけてきたのか。
セレシアに説得でもされたのだろうか――そんな推測を立てていると、呼吸が落ち着いてきたフローラが、ようやく口を開いた。
「記憶、戻ったよ」
「……えっ?」
一瞬、その短い言葉の意味を、正しく認識できなかった。
「君の事、全部思い出したよ」
フローラが言っている言葉の意味を理解したのは、二言目の中身でだった。
考えてみれば、この場所は、行き方を知っていなければ来ることが出来ない。記憶をなくしたフローラにセレシアが教えたのか、とも思ったが、セレシアが教えたにしても、急ぎながら一回目で来るのは難しい。
そう考えるならば――
「嘘じゃないよ」
エースの思考の続きと、フローラの言葉が一致する。
「君と出会って、過ごした日々を全部覚えてる。もちろん、大襲撃事件の日――君が命をかけて救ってくれたことも、それがなんで言えなかったのかも」
慰めから来る嘘ではなく、本当にフローラは記憶を取り戻したのだという確信を、エースは今まさに得ていた。
「記憶の戻った私なら、一緒にいてもいい?」
優しい声色のその問いかけに、エースは肯定の意を示そうとして、口をつぐんだ。
――自分は、彼女を幸せに出来るのだろうか
――また彼女に、依存してしまうのではないだろうか
――自分の言葉を覆すことで、『記憶があるから愛している』ことになりはしないだろうか
様々な考えが、エースをそこに縛り付ける。迷っているうちに問いかけから少し時間が経ち、ようやく出せた答えも、首を横に振ることだけだった。
「そっか」
エースの反応を見て、フローラは少し伏し目がちにそう呟く。
「だったら、私を諦めさせて」
「……っ!!」
「フォンバレンくんの偽りのない言葉で、私が納得できる理由で諦めさせて。じゃなきゃ、私も君も、きっと後悔する」
そう言うフローラは、真剣な表情をしていた。おそらくは本当に納得できなければ、彼女はここから動かない。頑固になった彼女を退かせるためには、相応の理由を出す必要がある――
そう考えた途端に、エースは言葉を発せなくなった。
依存すること、幸せに出来る確証がないこと、自分から切り出したこと――自分が持ちうる可能性を理由としても、フローラは全てに回答を用意してくる。そう思うと考え直さなくてはならず、声を出すタイミングを失う。
しばらくの間、そこにやりとりは生まれなかった。沈黙が2人の間に生まれ、空間に行き渡っていく。
「やっぱり、そうだよね」
再び発せられたフローラの優しい声が、空間を支配していた沈黙を溶かしていく。
「何も言わずに離れていくのも、記憶がなくなった私とでも一緒にいてくれるのも、君が望むのならそれでいい。でも、私に別れを告げてまで離れていった君の言葉には、絶対に本心じゃない何かが挟まってる気がした。違う?」
「……全部本心だと言ったら?」
「そうだったら、私もちゃんと諦める。だけど、絶対に違うって思ったから、私は追いかけてきた」
己の考えを確信しているフローラの姿に、エースは、ごまかすためのすべての反論が意味を持たないことを悟った。自分が悩んだ末に出した答えが軽いと思っているわけでは決してないものの、この場では首を横に振って違わないことを示すことしか出来なかった。
「分かっちゃうんだな」
「ずっと、君を見てきたからね。私が神様から記憶を取り戻せたのも、そういうことだよ」
現に目の前に、記憶を取り戻したフローラがいる。それが証拠なのに、自身が記憶を失くすと分かった未来をフローラが完璧に予測して出せたことは、エースには信じられなかった。
一体どこまで、フローラはエース・フォンバレンという人間のことを分かっているのだろうか。
「全部は分からないけど、君の事、見聞きしてきた分は分かるよ」
また、エースの考えていることを見透かすような言葉。少しだけ、エースの目は見開かれる。
「自分勝手っていうけどとても優しいし、追い込まれれば自分に平気で嘘をつくし、約束したらきちんとやり通すし、でもそのためにボロボロになるのもいとわないし――もっと細かくていいのなら、まだまだ、並べられる」
嘘の苦手なフローラが見せる、自信のある笑みと口ぶり。
それほどまでにエースの姿を見て、覚えていることは嬉しく、それを疑うことなど出来るはずもない。
「……本当に、叶わないな」
熟考した理由を並べ立てた上で、別れを告げて――
それでも何かが違うと、記憶を取り戻して追いかけてくるフローラを見て、エースの口からそんな言葉がこぼれ出る。
「本当に、君は強い。俺なんか、比べ物にならないくらいに」
自分の行動の理由を他人の感情に求めた自分より、自分の行動に求めたフローラにそう思うのは、エースにとっては自然なことだった。
だが。
「ううん、違うよ」
フローラは首を横に振った後、そう言った。
「私が辛い時や苦しい時は、君が寄りかからせてくれた。本当に強いのは、寄りかかることなく歩いて行こうとする君の方」
「そんなこと――「あるよ」」
エースがよく使う否定の言葉――『そんなことない』を言い切らせないように、フローラが自身の言葉による肯定を被せる。
否定の言葉は続けられず、肯定の言葉だけ、さらに続いていく。
「1人で突き進んで、全部何とかしようとして、本当に何とかしちゃう君はとっても凄くて――でも今は、ちょっと怖い」
「なんで?」
「それで壊れそうになった、あの日があったから」
フローラが言うあの日――エースが学校生活で唯一懲罰房に放り込まれた出来事の、4日後。
思い返せば、確かにあの日の自分が相当酷い状態だった。その状態を見たフローラが面と向かって『怖い』と明言するほど、いつもの有様と変わっていたのだろう。
「そんな風になってほしくないから、私はずっと君の隣にいたい。いつでも君が寄りかかれるように、ずっと隣を歩いて、時々笑いあって、ちょっと喧嘩もして、悩んだときは一緒に立ち止まりたい」
優しい声で、静かに放たれる願い。穏やかな表情と共に、エースの心を揺らす。
「だから聞きます。私はもう一度、君の隣を歩いてもいいですか?」
その問いかけへの答えとして、どんな否定の言葉も、続けることは出来なさそうだった。エースの言葉に対して、フローラはその純粋な想いを基にして返してくる。
彼女はおそらく、エースがするであろう全ての反論を潰して、納得させるつもりでいるのだろう。拒んだとしても、その理由が全て本心でなければ彼女はここから動かず、すべてが本心で出来た拒む言葉などエースに吐けるはずもない。
それはとても、幸せな詰み方だった。
「どうして――」
「……?」
「どうして君は、俺のことを、そんなにも迷いなく追いかけられるんだ?」
自身の中から否定と反論の文言を取り除いて、出てきた問いかけ。根本たる真っ直ぐな想いがどうして生まれ、これほどに強いのかを、エースは知りたかった。
その問いかけに対して、考える素振りを少し見せた後で、フローラがゆっくりと口を開く。
「それはね、私が君のことが大好きだから」
「そして、君が私のことを、ずっと愛し続けてくれてたから」
「大好きな君が、記憶を失くしても、ずっと変わらずに愛し続けてくれる――それはとても素敵で、世界にまたとない幸せなんだよ」
そう言ったフローラの顔は、とびきりの笑顔だった。嘘など微塵もないその姿で、さらに言葉は続く。
「だからね、フォンバレンくん――ううん、エースくん。今度はあなたの幸せを、願いを、その隣で一緒に叶えさせて。私はそのために、追いかけてきたから」
それは、一度捨てた願いだった。叶わぬこともしょうがないと思って、見ないふりをしていた。
それを、フローラに拾い上げられて、もう一度示されて。
持ち続けた想いが自分の幸せであると、他でもない彼女に言われて。
その願いを隣で叶えさせてと、他でもない彼女に言われて。
「フローラ」
「なぁに?」
「この先ずっと――最後の最後まで、俺と一緒にいてくれますか?」
そうして、ようやく自分から口にすることが出来た願い。他でもない大好きな人に励ましてもらって、やっと声に出来た言葉。
今だけは、自分の弱さを受け入れられる気がした。
「はい、喜んで」
そんなエースの言葉を、フローラが受け入れ、そして微笑む。
少し遅れて、感情が追いついてくると共に、エースの目からは少しずつ涙が流れ出す。溢れ出す感情がせきとめていたものを壊した時にはもう、拭ったくらいでは止まることを知らない奔流となっていた。
そんな風に1人泣くエースを、フローラが正面から抱きしめる。
あの日、記憶のないフローラに優しく言葉をかけられた時と同じくらいに、エースはひたすらに泣いていた。ずっと抑え込んでいたものが一気に解き放たれて、涙に乗って零れ落ちる。
「エースくんは今、幸せ?」
近くから、優しい問いかけが聞こえてくる。暖かな感触に包まれながらのそれは、感情をもう一度揺さぶる。
「ああ、幸せだよ……!」
泣きながらでは、まともに声を出せているかどうか怪しかった。
「うん。だったら、追いかけてよかった」
エースの答えに対するフローラの言葉にも、涙の色がにじむ。
2人はお互いの温かさに浸るように、しばらくの間抱きしめ合っていた。
間違って、傷付いて、考えて、決断して。時間と共に、前に進んでいき――確かに一度は終わってしまった、少年と少女が共に行く道。
それは、お互いに願い、叶った幸せによって、再び未来に続いていくのであった。
The Fermata 女神が示した物語
女神に捧げた氷戦
Completely End
女神に捧げた氷戦(アイストラグル) 一考真之 @KZM-Fourth
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