全て動画で予習しました。

美澄 そら

全て動画で予習しました。



 佐竹は運がいい。お菓子に付いてるシールはいつもキラキラだし、宝くじは三千円必ず当たる。だから今回も、普通のこととして、つい小鳥のマークのSNSで呟いた。

「やっぱオレって最高にツイてる!」

 そうしてコンビニを出ると、三人の男が立ちはだかった。

「よぉ、佐竹。ご機嫌じゃねぇか」

 のっぽの五十嵐先輩。

「見たぜー、お前マジで最高にツイてんな!」

 ちびの遠藤。佐竹とは中学からの付き合い。

「……一人占めとはいかんな」

 デブ……ではなく横も縦もでかい大鳥先輩。

 佐竹はブルーのボディバッグをぎゅっと抱きしめると、覚悟を決めてから背負った。

「ごめん、先輩方。でも、これはオレが当てたヤツなんで!」

 佐竹は、五十嵐と遠藤の間を抜けると、一気に加速した。

 コンビニの駐車場を抜けて、右折。歩道を駆ける。

 幸い近くの高校生はまだ部活に励んでいるのか、姿が無い。

 歩道には人影が無いため、全力で走れる。

 後ろから、「待て!」と声がするが、知ったものか。

 佐竹は二つ目の信号を右に曲がる。神社に続く、緩やかな傾斜になっている。

 運動神経云々に関してはそんなに悪くないとは思うが、三人の内に佐竹よりも足の速い人物がいる。のっぽの五十嵐だ。

 さすが陸上部に所属していただけはある。すでに佐竹の背後まで迫ってきていた。

 ――くっ、このままでは追いつかれる。

 目の前には小さな神社がある。規模は県内でも小さなほうであるが、その歴史は古い。

 佐竹は坂の途中にある一の鳥居の前で立ち止まると、五十嵐と対峙した。

「覚悟は出来たか、佐竹」

「いいえ、できてません」

 佐竹はオーバル型の眼鏡を押し上げて、笑って見せた。

「オレに譲れ! 佐竹ぇ!!」

 五十嵐は大きく両腕を広げた。スピードはあるものの、動きは直線的だ。

 佐竹は五十嵐に背を向けると、思いっきり鳥居を蹴り上げて、五十嵐の頭上を跳び越えて、その腕から逃れた。

 空振りをした五十嵐は、前のめりになってよろけている。

 ――今の内に!

 坂道を駆け上がる。神社の横を抜けて、更に走る。

「それでオレを倒したつもりかぁ!!」

 ――くっそ、しつこいなぁ!!

 神社の裏手の、手付かずなのか緑が生き生きとした小さな林の横を抜けると、古びたアパートが見えてきた。

 佐竹は、アパートの外階段を駆け上がる。五十嵐も数メートルと離れずに付いて来る。

 五十嵐は佐竹が二階に行ったことで追いつめたと思ったのだろう。走ってくるスピードが明らかに落ちていた。

「追いかけっこは終わりかな、袋のネズミちゃん」

「追いつめた気になってますね、五十嵐先輩」

 佐竹は五十嵐が階段を上りきったところで、落下防止用の柵によじ登った。

「バカ! 二階とはいえ落ちたら怪我するぞ!」

 そう言って佐竹に手を伸ばす――が。

「大丈夫っす。これでも、三ヶ月くらいパルクールの動画を観たんで」

 佐竹は恐怖心を感じないのか、柵から勢いよくジャンプすると、体を転がして衝撃を殺しながら、アスファルトに着地した。

 五十嵐の叫び声を背に、佐竹はアパートを後にした。


 住宅地を駆けていくと、塀の影から遠藤が現れた。

「うわっ! びっくりした!」

「佐竹、毎回お前ばっか当選してずるいぞ!」

「それは運の無い自分を恨めよ!」

 遠藤は五十嵐ほど走るスピードは無いけれど、一定の間隔でずっとついて来る。

 ――家まで付いて来る気か?

 遠藤は佐竹の家を知らない。撒いて家に帰れたら安心だ。

 けれど、障害物になりそうなものが何も無い住宅地の真ん中だ。どうやって撒こうか。

 そうこうしている内に、交差点に来てしまった。

 曲がろうか、渡ろうかと悩んで一瞬立ち止まる。すると、制服姿の学生が、道路の向こう側に見えた。一人二人ではなく、十人以上の集団だ。

 佐竹は自分の服装を見て、いけると察した。

 まだ、遠藤とは少し距離がある。息を整えて――。

 信号が変わる。学生達が渡りだす。佐竹は、自転車の集団の中にうまく潜り込むと、まるで友人の一人かのように振舞った。

「あー、昨日のやつ見た?」

「まじめしゃちょーの?」

「あれマジやべーよなー」

 一体なんの動画だろうか。あとでチェックせねば。

 手櫛で適当に髪型を変えて、なるべく遠藤の死角になるように背の高い子の後ろを歩く。

「やべーやべー」

 幸い上下真っ黒なジャージのお陰で、学ラン姿の中に上手く溶け込めている。

 学生の話しにたまに同調することで、周囲からも違和感を感じさせないようにする。

 この完璧な作戦のお陰で、小柄な遠藤は見失ってくれたらしい。

 佐竹の名前を呼ぶ声はどんどん遠くなっていった。

 ……とはいえ、来た道を戻る形にはなってしまった。暫く学生の集団に身を隠したあと、そっと横道に逸れた。

 ――ふう。スニーキングミッションのゲームの動画を観ていてよかった。

 そして、細い道を辿っていくと、お寺の前に出た。

「待っていたぞ、佐竹」

 そこにはラスボス然した大鳥がいた。

「……大鳥先輩」

「恥じを忍んで言おう」

 大鳥はその場にぴしっと正座をすると、これまたぴしっと頭を下げた。

 それはそれは、綺麗な土下座だった。


「オレに、まなみんのデビュー三周年のライブチケットを譲ってください!」


 まなみんとは、今流行りのアイドル声優だ。三ヶ月前、大鳥に勧められてから、佐竹も今やすっかりまなみんのファン。もとい、まならーである。

 まなみんとの出会いを作ってくれたきっかけ、それは大鳥だ。

「いや、むりっす」

 だが、そんなこと、今はどうでもいい。

 一人のまならーとして、三周年ライブに行きたいのだ。行かねばならないのだ。

 ――当てたのはオレだ!

「許せ、佐竹。お前とは戦いたくなかったが、愛する女のためだ!」

 大鳥が立ち上がる。佐竹より一回り大きな体躯が、怒りでさらに大きく見える。

 繰り出されたパンチが、風を切り、佐竹の頬を掠めた。

 大鳥はその見た目のままに、重いパンチを持っている。

 食らえば、吹っ飛ばされるレベルだ。

 佐竹は息を整えると、軽く膝を曲げて、攻撃を待った。

 ――大丈夫。動画で予習した。

 今日のような事態になったら、どうやって大鳥を倒すか。

 すっかり辺りは夕陽に染まっている。

 もう、これ以上にないシチュエーションだ。

 大鳥の腕が、ムチのようにしなって飛んできた。

 佐竹はそれを上手く逸らす、大鳥のがら空きになった懐に体を滑り込ませて、腕を引っ張るようにして背負い投げをした。

 どっすん、と大きな音がした。

 仰向けに倒れて、「無念、無念」と泣く大鳥の横で、佐竹は静かにガッツポーズを掲げた。


 ――三周年ライブ、動画で予習して行くからね。まなみん。


 夕焼けに染まっていく街並み。遠くでカラスが鳴いている。





おわり






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全て動画で予習しました。 美澄 そら @sora_msm

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