拉致監禁3周年

violet

私の匂いは良い匂い

「パンパカパーン! 君を拉致監禁して、本日で3周年となりました! わーい、おめでとう!」


 などとほざく彼は、まさに三年前に私を拉致し、現在も彼の自宅の一室に監禁している張本人だった。


 私は椅子に座っていた。両手を背もたれのところで拘束されている。両足は椅子の足に固定されていた。


 彼の所為で私の人生はめちゃくちゃだ。せっかく大手企業に就職し、恋人までいたというのに。


 彼は会社の同僚だった。ある日、私に告白してきた。しかし私には長く付き合っている恋人がいたので断った。すると彼はあろうことか翌日に私を拉致し、今に至る。


「すう、はあ。うん、今日も君は良い匂いだ」


 そんな訳がないだろう。本当、彼は気が狂っている。


「へへ。実はね。君の大好きなショートケーキ、買ってきたよ」


 そう言って彼は隠すように持っていたケーキの箱を私に見せつける。


「おお。それは私が特に気に入っていたあのお店のショートケーキではないか。犯罪者のくせに上出来だ。ささ、私に差し出せ」

「お皿に乗せるから、待っていてね」


 彼は白い皿にショートケーキを乗せると、私に差し出した。


「今日で3周年。結局、警察は来なかったなあ」


 ショートケーキを食べながら彼は言う。


「おかげで私を三年間独り占めできたわね。良かったじゃない」


 私にとっては良くないが。


「君の両親は、被害届を出していないらしい。本当に、ふざけた親だ」


 彼の言葉に、私は黙る。


 確かに、両親との関係は上手くいっていなかった。そもそも私がお世話になった両親とは、血がつながっていない。だから親の愛情というものは与えられていなかった。私と音信不通になっても警察に届けないのは、予想通りだ。


「僕はずっと君を養ってあげるからね。もう働かなくて良いんだ。あんなブラック会社」


 一流企業をブラックと言い切る彼。はは、さすが犯罪者だ。世間知らずだなあ全く。多少の残業や休日出勤はあるけど、このご時世では当たり前のことだ。セクハラやパワハラだって、そりゃあ無いと言ったら嘘だけど、それでも多分他の会社よりはマシなのだ。


 あ、いや。そうか。彼は同僚だった。会社の実情は彼だって知っているか。


「そうだ。今週のジャンプ買ってきたんだ。一緒に読もうよ」

「良いね。何よりあんたが黙るというのが、特に良い」


 彼は一度立ち上がって私の近くに椅子を寄せ、私に寄り添うように座った。そしてジャンプのページを私にも読めるように広げた。


「君の恋人はどうしているだろうね。今頃、君を血眼で探しているのかな」


 ジャンプを読んでいると、彼はそんなことを呟く。


「そうに決まっている」

「そんな訳ないか」


 と彼は私を一笑に付す。


「だって君の恋人は、君の身体とお金しか興味なかったもんね」

「うるさいなあ。良いところもあったわよ。ちゃんと」


 私は恋人を思い出す。確かに金遣いは荒かった。私は毎月恋人にお金を貢いでいた。身体のことも、まあ、多少は苦痛だった。ただ男なんだから、夜の営みが多少乱暴になってしまったとしても仕方がないし、彼の方が仕事でのストレスが溜まっている以上、私に暴力を振るってしまうことも仕方がないのだ。でも本当は優しいから、私に酷いことをしても最後には謝ってくれたし、お金だって貸しているだけだ。


「まあ僕はそんなことしないから、安心してね」


 私を拉致した彼が、何か言っている。


「まあ、でも……」


 私は部屋の壁一面に飾ってある写真を見た。彼が私を拉致してから今日に至るまで、毎日一枚、私の写真を撮って部屋に飾っているのだ。気持ち悪い趣味だが、しかしそれでわかることがある。


 拉致されたその日の写真は、髪の毛はボサボサで、肌荒れは酷く、顔色が悪い。身体もやせ細っており、まるでゾンビのような状態だった。しかし日数が経つに連れてそれらは改善されていっているのだ。


 確かに、良くしてもらっている。彼の愛情はとても優しい温かさだった。


「ジャンプ、読み終わっちゃったね」


 彼はジャンプをしまうと、今度はノートPCを取り出した。そして動画投稿サイトを開いて、犬の動画を視聴し始める。


「思い切ってさ、犬を飼ってみようと思うんだ」

「おお。それはまた思い切ったわね」


 動画には可愛らしい子犬が映っていた。とてとてと歩く姿は、とても愛くるしい。


「子犬も良いけど、ゴールデンレトリーバーみたいな大きい犬も良いと思うんだ。フリスビーとか投げて遊ぶんだ」


 彼の言葉に、私はつい想像してしまう。彼と私と犬とで、公園で遊ぶ。彼がフリスビーを投げて、犬が走ってそれを取りに行く。私は公園のベンチでその光景を微笑ましく眺めているのだ。


 ああ、良いなあ。そういうの、したかったなあ。


「ああ、そうだ。今日の分の写真、撮らなきゃね」


 彼は慣れた手付きでデジカメを構える。そりゃあ3年間もしてきたことだ。慣れもするだろう。


 ぱしゃりと撮ると、彼はプリンターで写真を現像し、それを壁に貼った。


 私はその写真を見る。写真に私は映っていない。私のものだった、腐った肉片のみが映っていた。


「ねえ。あんたは幸せなの?」


 私は彼に言う。しかし、私の声は彼に聞こえていない。


 私は彼に感謝していた。私は敵しかいない日々を送っていた。両親も恋人も、会社も。全てが敵だった。そんな時、形はどうあれ彼が救ってくれたのだ。


 私は彼が優しくしてくれていたのを、ずっと憶えている。唯一の私の味方。金遣いの荒い糞野郎の恋人になってしまう程ちょろい私が、彼のことを好きにならないはずがなかった。


「あなたが幸せなら、私も成仏できるのよ」


 そう、今日で拉致監禁3周年。


 もう少し、私はこの部屋に監禁されているだろう。

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