ヤンデレ・リターンズ

秋月創苑

本編

 私の名前は大矢芽留める

 今、高校一年。つまりはJAね。

 あら、JCだったかしら? AC?

 JRじゃないことは知ってるわ。

 今時そんなベタなボケは流石にしない。

 JRってジュニアでしょ?

 ドリー・ファンク・ジュニアみたいな。

 私はテリーの方が好きだけど。


 そんなことはどうでもいいの。

 テキサスの荒馬とか、今はどうでもいいの。

 今問題なのは、私の彼の事。

 私の彼、大久保純次。

 私たちは子供の頃からずっと一緒だった。

 幼稚園では、彼はスターだったの。

 トンボを捕まえるのが上手くて、かけっこが早くて、かくれんぼが得意だった。

 かくれんぼの途中、そうそうに飽きて保母さんのところでちゃっかり昼寝の時に読む絵本の予約をしてたりして、全然見つからないこともあったわ。その時かしら、ミスター・ハイドの二つ名を欲しいままにしていたのは。

 絵本と言えば、その頃園に置いてある迷路の絵本が幼稚園児キッズの間で流行っていて、彼はその本の迷路、全て一番にクリアしてたわ。頭も切れるのよ。

 私が砂場にウンコの絵を描いて遊んでた時に、近寄ってきたジュン君が「この迷路難しい! める、すげーな!」って言ってくれた時が、私の恋に落ちた瞬間とき


 ……それも、今はどうでもいいわ。

 危うくジュン君マジックに嵌まって、恋の迷路で有耶無耶になるところだった。


 私はさっきから右手に握っているそれを、もう一度眺める。

 握りしめた手のひらの力を抜いて、ゆっくり広げると、やっぱりそれは変わらずにそこにある。

 残念だけど、見間違いじゃない。

 手のひらにのった、小さな銀の鍵。

 ギザギザした形ではない、シンプルな凸型の先っぽに、細い丸棒がすらりと伸びている。

 持ち手の所には可愛らしいハートの細工がしてあって、そこだけ見ればティースプーンみたい。

 この鍵をどうして私が持っているかと言えば、お昼休みに空になったお弁当箱を仕舞う時に、ジュン君の鞄から落っこちたから。

 私が拾って何かを確認している間に、ジュン君は席に戻ってしまったから、結局何の鍵かは聞けず仕舞い。

 でも、ひとつだけ確かな事がある。

 それは、この鍵はジュン君の家の鍵ではないと言う事。

 もちろん、私の家の鍵でもない。

 ……じゃあ、一体この鍵はどこの鍵なの?


 人気の無い西日差す放課後の教室で、私は一人席に座って鍵と睨み合う。

 遠くで吹奏楽部の練習する音が聞こえてきて、それが余計にもの悲しい。

 ジュン君、早く戻ってきて。

 ジュン君は、他の教室の友達と図書館に本を返しに行ってる。


 きっと何かの間違いだろう。

 おおかたペットの使い魔を解放する為の道具とか、本のカードを封印する杖の仮の姿とか、そんなところに決まっている。

 ジュン君に限って、あ、愛人の部屋の合鍵とか、と、特殊なプレイの為の手錠の鍵とか、てて、貞操帯のか鍵とか、そそんな……。


 ――ガララ


「ごめん、芽留。待たせちゃって悪かった。」

 そう言って、ジュン君が教室に入ってきた。

 何故か、後ろから百合も続いて入ってくる。

 彼女は宝塚百合。中学時代にバレー部のエースだったのに、何故か今はバスケ部のエースをしている。

 ジュン君は彼女を脳筋と呼ぶけど、天然な分、要注意人物だ。何気に胸もあるし。


 近寄ってきたジュン君が私の持つ鍵に目を留め、あっ、と小さな声で驚いた。

 やっぱり、何か後ろめたいのだろうか。

 …もいでやるんだからね!


「あっ!」

 でも、驚いたのはジュン君だけじゃなかった。

 百合も鍵を見て、目を大きくしている。


 ――嘘でしょ。

 何で、よりによって、この天然なの!

 もいでやるんだからね!!


「ちょっと貸して!」

 私がどうやってもいでやろうか思案してる隙に、百合が私の手から鍵を奪った。

 そのまま自分の机に向かっていく。

 ジュン君もその行動の意味が分からないようで、ぽかんとしている。

 まさか、百合のヤツ証拠隠滅を!?


「じゃーん!」

 何とも間の抜けた言葉と共に、百合がアルバムのような本を取り出した。

 立派な装丁の厚い本で、真ん中に留め金が付いている。

 どうやら、その本の鍵らしい。

 私は精一杯のジト目をジュン君に向ける。

 ジュン君、よりにもよってこんな天然女と……交換日記してるの!?

 でも、そんな私のジェラーにも気付かない顔で、ジュン君はじっと百合の動きを目で追ってる。


「あれー、入んないや……。」


「……お前、何でそれが入ると思ったの?」

 あら。

 ジュン君、もの凄く呆れた表情かおしてる。

 なーんだ。私の勘違いか。

 肩の力が抜けた。

 いえ、別に心配なんかしてませんけど?


「ごめん、返すわ。」

 そう言って百合が鍵を返してきた。

 当然よ。ジュン君と私の愛の鍵があんたなんかに使えるもんですか。


「日記を学校に持ってくる辺り、ツッコんだ方が良いのだろうか……。」

 ジュン君がそんな事を呟いてる間に、百合は時計を見て慌てて出ていった。

 エアチェアーがーっ!とか喚いてるけど。

 …何しに来たのかしら。


「じゃ、うちらも帰るか。」

 そう言ってこちらを振り返ったジュン君に、私は当然尋ねる。


「…それより。

 この鍵、何なの?」


「貰ったんだよ。

 欲しかったら上げるよ?」


「貰った?

 …誰に?」

 つい声に険が乗る。


「駅前のケーキ屋。『スイートルーム』だっけ?」


「なんで、そんなとこに?

 ……まさかジュン君。

 他の女と行ったんじゃないでしょうね。

 もいでやるんだからね!」


「何を!?」

 ジュン君が私の向かいに椅子を回して、目の前に座った。


「なんでも開店3周年記念とかで、スイートルームに掛けたノベルティだと。

 キーホルダーになってたんだけど、鎖が切れちまったんだな。」

 そう言ってジュン君は鍵を取り上げて眺める。


「そうなの。

 ……で?

 誰と行ったの?」


「だから、一人だよ。」

 そう言いながら、ジュン君は鞄をガサゴソとまさぐる。


「ほら。」

 そう言って、ジュン君は鞄から綺麗な包装紙で包まれた小さな箱を取り出した。

 差し出されたその箱を、無意識に受け取る。


「俺達も、ちょうど3年目だろ?

 ……その、ちゃんと付き合ってから。」

 ジュン君が恥ずかしいのか窓の方に顔を背けて、ちょうど夕日が横顔をオレンジに染めた。

 私は包装紙を剥がす。

 丁寧に開けるつもりだったけど、気が急いて少し破ってしまった。

 中には、綺麗な箱に入ったとても可愛いチョコレート達。


「……ジュン君。

 ありがとう。」

 こんな時、月並みな言葉しか言えない自分がもどかしい。

 私だけの記念日だと思っていたのに。

 黙ってると泣いちゃいそうだから、無理にでも何か言おうと思った。


「……えへ。

 一緒にもごう?」


「チョコは『もぐ』って言いません。」

 それから、私たちはチョコを一個ずつ食べて、教室を出た。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヤンデレ・リターンズ 秋月創苑 @nobueasy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ